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映画 ノーマル・ハート

「男と男、極限の愛」が、テーマ。

今回は、ぜひ鑑賞してほしい映画です。

秩序を保つには、正確な情報を知ること。
批判するならば、解決策も提示しよう。
冷静な判断と、迅速な対応。リーダーは必要である。
思えば、何を基準に「ノーマル」なんだろうか?
そんなことを、ずっと考えてきたように思う。

葛藤の先で、得られるものはあるか…

コロナでの自粛中に、いろいろ考えることがあった。

先日、エイズ活動家で、劇作家でもあるラリー・クレーマーさんが亡くなった。80年代に奇病のウィルス(エイズ)で、仲間が次々と発症していく状況に、警鐘を鳴らし、乗り越え救うべく、敢えて挑発的な発言をして、注目を集めることで世に訴え、社会を動かそうとした。GMHC(Gay Men's Health Crisis)を設立、代表を務め生涯かけて、ゲイの社会的偏見と闘った。

揺らぎそうな時ほど、人は強さを増す。

この映画は、本人の自叙伝的作品で2014年公開。
エミー賞作品賞、ゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞。

(とても穏やかな笑顔)

世の中は、おおまかに、マジョリティ(多数派)と、
マイノリティ(少数派)に分かれて成り立つもの。

同性愛者の立場は、どうか?

マジョリティから見れば(相対的に)異質であり異端と捉えられる、そのため差別、迫害、あるいは日常生活を送る上での不平等などが生じやすい。
(実用日本語表現辞典より)

社会的少数者(しゃかいてきしょうすうしゃ)または社会的少数集団(しゃかいてきしょうすうしゅうだん)、社会的少数派(しゃかいてきしょうすうは)とは、その社会の権力関係において、その属性が少数派に位置する者の立場やその集団を指す。 欧米の「マイノリティグループ」(英語: minority group)の考え方を輸入したものであるが、日本語では単に「マイノリティ」と呼ばれることもある。
(Wikipediaより)

(直訴するが、追い出される)

(友人達の、突然の死)

劇中"ウィズ・コロナ"の渦中な現代と重なるシーンもあり、さまざまな差別や偏見、同調圧力、陰湿ないじめ、ネット上での匿名での言葉の暴力、人間全般の集団心理を、浮かべずにはいられなかった。

本来なら、理解出来なくても、違いを認め合うことは出来る。
好きとか嫌いじゃない、その上で歩み寄ろうとすることの尊さ。
人間には創造力(想像力)があることを忘れてしまっている。

近年、【創造力(想像力)の欠如】が根本的な原因だと思われる出来事が、増えていると感じる機会が多いのは、気のせいではないと思う。

深く物事を考えなくても、ルーティンでそれなりに暮らせる。世の中が忙し過ぎて、そもそも気づいていても、深く考える時間がない。面倒で触れたくない。
世間の常識から、外れないようにすることが最優先で、彩りが少ない暮らしになるとしても、ある意味、楽で安全ではある。

でも、固定している自身の思考が全てだろうと疑いもせず、正解だと思い込んでいたら、異なる思考に対して、否定をし、受け入れることすら出来ない。

誰かが呟いていた。「グローバルスタンダードの前に、もっと考えることがあるだろう?」と。

そもそも人間らしく生きることとは…?
進行形でどのようにすれば、「ノーマル」の領域に到達出来るんだろう?


内容を少し、

冒頭から、浮かれて欲望のままの、ゲイパーティーが、陽気(妖気)に始まる。

(これ以上…ストーリーを追いたくないかも…)

そこで気付いた。

自分は、まだ、偏見を持っているのだと。

(そんなことない…)

(理解出来なくても、違いを認めていたはず…)

愕然とした瞬間。

差別とは、実は、日常の小さな思いの中に、含まれる毒だと知る。

【ニューノーマル】を組み込まなくてはならないのは、紛れもなく自分だった。

(マット・ボマーが、ハンサムで美しい)

(もう一枚、サービス)

人を愛することに、性別は関係がなく、
そして、改めて、無意味なこと。

どのような境遇であっても、愛は不変で、普遍的。

「男にだって、人を愛する心がある」

「でも、それを牽制し、虚勢を張ってしまう」

このシーンが印象的で、ここ数日間、頭を回っている。

自分とも対峙して、何度も噛みしめる。

「うまく使うのよ、万人に愛される必要はない」


(死が別つときも)

ちなみに、映画は、HBO(テレビ映画)です。

製作総指揮にはブラッド・ピットも名を連ね、
ジュリア・ロバーツも、出演しています。

最後まで引き込まれました。

最後に、ラリー・クレーマーさんの生前のエピソードを…

1988年、アンソニー・ファウチ氏(米国のエイズ研究の権威で、現在、米政府の新型コロナウイルス対策を率いている方。米国立アレルギー感染症研究所長)に対して「無能な愚か者」で殺人者だと罵ったということがやたらとクローズアップされていますが、『UNITED IN ANGER –ACT UPの歴史-』で描かれているように、それくらい言わないと動かない(仲間がどんどん死んでしまう)ほど、当時の政府のエイズ対策はひどかったのだということをご承知いただきたいと思います。のちに二人は和解し、2002年にファウチ氏は「米国の医学界には二つの時代がある。ラリー氏前と後だ」と語るくらい、ラリーの功績を認めています。ラリーの訃報に対してもファウチ氏は「あの物言いを受け流せさえすれば、ラリー・クレイマーの言うことは至極筋が通っており、とても優しい心を持った人物だとわかる」と述べています。

【翻訳編集】 AFPBB News


ファウチ氏の言葉には、相手との違いすら認めようとする【創造力(想像力)】と敬意を表する【愛】がある。人間らしくて、素晴らしいと思います。


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