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東北新幹線 『THRU TRAFFIC』 (1982)
このアルバムの物語は、
東北新幹線━━━いや、路線ではなく…
NARUMIN(鳴海寛)とETSU(山川恵津子)からなるシンガー・ソングライター・デュオ、NARUMI&ETSUから始まる。2人ともクラシック音楽をルーツに持つが、山川が60年代のグループサウンズやウェスタンポップスから影響を受け始めるのに対し、鳴海はソフトロック、R&B、ボサノヴァの領域に踏み込んでいく。ジャパニーズ・シティポップの必読ガイド本「Light Mellow 和モノ669」掲載後、その驚愕の内容とレア度からファン垂唾のアイテムとして中古レコード市場を賑わせている。このフリーソウル・AORファンを確実に虜にするワン&オンリーの奇跡の作品である。
今回は、そんな東北新幹線の開業日付近となる翌82年にリリースされた彼らのデヴュー・アルバム『THRU TRAFFIC』を深堀りしていく。
始発列車
2人の道は、ポピュラーソングコンテスト(ポプコン)を主催するヤマハ音楽振興会で正式に交わることになる。若い大学生だった山川は、事務員としてヤマハ音楽振興会でアルバイトをしていた。そこでクリエイティブ・ワークス「R&D」部門のスタッフと知り合い、萩田光雄、船山基紀、戸塚修といった著名な作曲家・編曲家と知り合った。ルーティンワークの傍ら、彼らの作った楽譜をこっそり見ては、そのテクニックや手法をメモしていた。
やがて山川は、ヤマハがスポンサーを務める人気ラジオ番組『コッキーポップ』で仕事をするようになり、そこで鳴海寛と出会う。当時、鳴海はまだ高校生だったが、その天性の才能が認められ、テレビのテーマ曲に起用されるようになった。やがて彼のデモテープが山川のもとに届き、山川はその若さで作曲家としての才能を見抜いた。鳴海と山川は後に、女性シンガーソングライター、谷山浩子のバックバンドに参加することになる。鳴海のギターの腕前は先輩の松下誠に認められ、1979年のアルバム『サマータイム・ラブソング』で彼の下で働くことになる。
やがて、シンガーソングライター・八神純子のバックバンド、メルティング・ポットのポジションが空いた。鳴海と山川は、スタジオ・ミュージシャンとして、またバンドのステージ・アレンジャーとして参加した。そんなふたりの仕事ぶりを見ていたヤマハのディレクターが、「ふたりで音楽ユニットを組んだらどうか」と提案。こうして東北新幹線の公式デュオがスタートした。編曲とコーラスを2人が担当し、ギターは鳴海がギブソン・バードランドで、キーボードは山川がストリングスやホーンとともにアレンジを担当した。その他、ピアノに人気アニメ作曲家の羽田健太郎、名ベーシストの後藤嗣俊と高水健司、ジャズ・バンド近藤等則&IMAのドラマー山木秀夫、パーカッショニストの浜口元也、そしてもちろんサックス奏者のジェイク・H・コンセプシオンが参加した。八神純子本人もバッキング・ヴォーカルで参加し、イギリスのシンガーソングライター、ルパート・ホームズとアメリカのシンガー、クリスティン・フェイスも参加した。また、シンガーソングライターの阿部恭弘は、フォークアーティストの佐々木幸男のために書いた曲「セプテンバー・ヴァレンタイン」をアルバムに提供している。
難工事
アルバムのレコーディングは比較的順調に進んだものの、スタッフの入れ替わり、二人とヤマハ・スタジオとの契約の不一致、プロモーション不足など、全体的な制作は難航した。東北新幹線という奇妙なネーミングも、このプロジェクトの挫折が、現実の特急列車の難工事と重なったことに由来する。アルバムは結局1982年6月25日に発売された。しかし、当時のプロモーションはあまり良くなかった。売れ行きはやはり芳しくなく、制作上の不和がヤマハとの関係を悪化させることになった。
ただ、彼らのキャリアにとってこれは重要な出発点となった。同じAORアーティストの山下達郎は、同年、自身の代表作となるアルバム『For You』をリリースしたばかりだった。『Thru Traffic』を聴いた彼は、すぐに鳴海をライブ・ツアーのバック・ヴォーカリストとして誘った。
鳴海は木杉隆夫のバンドにも参加し、不屈の天才シンガーソングライター・Cindyや楠恭介といったアーティストのプロデューサーとしても活躍するようになる。長年ツアーに参加していた椎名和夫が『僕の中の少年』ツアー不参加だったため、彼に白羽の矢が立つことになる。そこが彼の黎明だ。
1989年、山下の『JOY』ライヴ・コンサートに参加したことで、彼の名声はその10年後に飛躍的に高まった。晴海での「蒼氓」でのパフォーマンスは、彼のソウルフルなギター・プレイで最も注目されていると言えるだろう。その後、1994年にはフラスコというバンドで3枚のアルバムを出す。一方、山川はアレンジャー、作曲家としてもジャズ・フュージョンからAOR、アイドル音楽まで幅広いジャンルをこなす。1986年には小泉今日子の楽曲で日本レコード大賞編曲賞を受賞している。
夏に触れる
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本作は鳴海の美しいメロディーとテンションコードを多用した洗練された楽曲、甘くせつないナイーヴな歌声と詞にデイヴィッド・T・ウォーカースタイルを消化した鳴海ならではの素晴らしいギタープレイと、山川印満載のラグジュアリー感溢れる楽曲と曲毎に違った表情を見せる素晴らしい歌声がたっぷり詰まった作品だ。日本が誇る二人の天才によるワン&オンリーの奇跡の名盤といえる。作詞作曲編曲、ヴォーカル、コーラス、ギター、キーボード、プロデュースを自分達で手掛け、一流スタジオミュージシャンも集結してレコーディングした自身の一作であったことがうかがえる。
なお、レコード盤は今回入手が叶わない(所持していない)ため、CD盤でのレヴューとなる。心からお詫びさせてほしい。
(T1)Summer Touches You :ボビー・コールドウェルのリズムと鳴海の素晴らしいヴォーカル・ハーモニーで始まる、スムーズな夏のグルーヴで始まる。極上のメロウ・グルーヴに乗せた鳴海の甘い歌声が見事にマッチングしたナンバー。間奏部でのジョージ・ベンソンを彷彿させるアコースティック・ギターとスキャットのユニゾン等洒落たアレンジが素晴らしい。
(T2)Up and Down:山川の天使のような歌声、催眠術のようなフルート、タイトなホーン、そして美しいストリングス・アレンジを伴ったグルーヴィーなギター・ソロがフィーチャーされている。鳴海と山川が静かに耳元で 「up & down 」と囁くように、この曲は音楽から一瞬切り離され、とても驚かされる。ストリングスやホーン・アレンジやコーラスのアレンジなどを聴けば、二人のアレンジャーとしてのセンスの良さがよく分かる。
(T3)心のままに:鳴海がクリストファー・クロスの内面を表現し、またもや素晴らしいストリングス・アレンジとアコースティック・ギター、そして魅惑的なヴォーカル・ハーモニーを伴って、リラックスしたヨット・ロックのメロディーを提供する。元々はアコースティック・ギターが専門だったらしい鳴海のアコースティック・ギターの音色やプレイが、この曲の雰囲気にピッタリで心地良い空間を生み出している気がしている気がする。
(T4)ストレンジ・ワイン:失恋を歌ったジノ・ヴァネリ風のソフト・ロック・バラード。ほろ酔い加減で元彼のことを回想する鳴海のソフトで官能的なバラードから始まり、インストゥルメントが盛り上がっていき、最後にはエレキ・ギターのソロに乗せて、許しを請うかのように悲しげに慟哭する。
(T5)September Valentine:美しいピアノ、ゆったりとしたベースライン、天使のようなマンハッタン・トランスファー風のヴォーカル・コーラスが特徴的な、フランク・シナトラ風のジャズ・ラウンジ・バラード。
(T6)月に寄りそって: 鳴海と山川が詩を交わすロマンティックなR&Bデュエット。鳴海のギター・プレイと山川のヴォーカルに痺れる。特に山川のヴォーカルは、ファルセットの使い方などがまるで八神純子を聴いているような気にさせる。25年も前の曲とは思えない。
(T7)Cloudy: マイケル・フランクス風のボサノバを織り交ぜたバラード。アンニュイな山川のヴォーカルが私たちを包み込む。曲調、アレンジ、ヴォーカルのトータル的なバランスが絶妙になっている。決して派手さは無いが、印象に残るナンバーだ。
(T8)Spell: サックスソロ、魅惑的なフルート、そして幽玄で官能的なバックコーラス。鳴海の素晴らしいジャジーなギター・リフが全体を引き締めている。おそらくフュージョンが好きな人も納得する1曲だろう。英語詞のコーラスが入っているが、インスト曲ということもあり、聴かせたかったのは演奏だろう。鳴海のデヴィッド・T・ウォーカーを彷彿させるギターが聴き所だ。ギターもデヴィッドと同じギブソンのバード・ランドを使用。
(T9)Last Message :50年代風のラブ・バラード。山川はフロントに立つことが嫌いと語っているが、曲によって色んな表情を見せるヴォーカルは本当に素晴らしく、何故歌わないのだろうと不思議な気がするくらい素晴らしいナンバー。
終点(あとがき)
数年前の私なら、『Ride On Time』がシティ・ポップのアルバムの中で一番好きだと言っただろう。それ以来、私の好みは成熟したと言っておこう。とはいえ、このアルバムがお気に入りでないというわけではない。しかし、ノスタルジーというフィルターの眼鏡を外した今、シティ・ポップの輝きのピークを象徴する他のレコードを発見した。どの曲も、イージー・リスニング・ミュージック・シーンのさまざまな派閥を象徴しており、それが完璧に表現されている。『ストレンジ・ワイン』や『Summer Touches You』ではジノ・ヴァネリやボビー・コールドウェルのAOR感覚をブレンドし、『月に寄り添って』ではビル・チャップリンのエッセンスを取り入れ、『September Valentine』や『Last Message』ではグレート・アメリカン・ソングブックから数ページ抜粋している。
ヴォーカルについて触れないことはできない!エクスクラメーションマークなんて普段は使わない。だが、ここにこの記号を使うことには価値がある。鳴海&山川の歌唱は超・一流だった!鳴海の深みのある声は、松下や芳野藤丸のような滑らかさを持っているが、どんな高音も決して恐れない。山川の歌声はとても幽玄だが、必要なときには拗ねたように聞こえる。
『THRU TRAFFIC』は日本のAORの最高峰であり、個人的に最も好きなシティ・ポップ・アルバムの一つだ。"新幹線"というスピード感のある名前とは裏腹にアルバム全体を通して、スロウからミディアムのナンバーを集め、極上のメロウ・サウンドを響かせてくれた本作。ジャケットの美学から様々な音楽スタイルに至るまで、すべてが極限まで洗練され、微笑みと気品に満ちている。もしあなたが熱烈なシティ・ポップ・ファンなら、このアルバムはマスト・アイテムだ。
━━最後に、故・鳴海寛氏に心からの追悼の意と最大の敬意を。