コペンハーゲンはなぜカーボンニュートラル化に挫折したのか── 深読みから見えてきた、各取り組みの「明と暗」
最近よく耳にする「カーボンニュートラル」「脱炭素」といった言葉。
どうせ実現するのは10年、20年先の話で、今はまだ絵に描いた餅でしょう、と思う方が多いのではないかと思います。
実は世界の主要都市として向こう5年の時間軸でカーボンニュートラルの次元に突入しようとしている都市があることをご存知ですか?
その都市はデンマークの首都・コペンハーゲンです。
コペンハーゲンは、
全世界の主要都市に先駆けてカーボンニュートラルを2025年に達成することをコミットしたこと
同目標を2012年、「世界が一気に脱炭素に動いて行ったCOP21 2015年のパリ協定合意の3年も前に先んじて」コミットしたこと
から、カーボンニュートラルの時代を切り開くフロントランナーとしてとても有名になりました。今回この記事では「カーボンニュートラル x デザイン」のフロンティアとしてコペンハーゲンをご紹介したいと思うのですが、狙いはただ単に「ここが先進的ですごい」ということを並べ立てるだけではありません。実はコペンハーゲンは昨年、2025年カーボンニュートラル達成目標を断念する、というセンセーショナルな事件(?)を巻き起こし、その背景からもたくさん学べる部分があるのではと考えたからです。
コペンハーゲンの取り組みの明暗に浸ることで、「カーボンニュートラル x デザイン」の要所の理解が深められればと思い、記事にしてみました。
コペンハーゲンのカーボンニュートラル化、大挫折の背景
昨年8月、コペンハーゲンが「2025年のカーボンニュートラル目標達成」のコミットメントを取り下げるという悲報が世界を駆け巡りました(僕も総合商社時代からコペンハーゲンの事例には憧れのようなものを抱いていたのでショックを受けました…)。
以下は当時のSophie Hæstorp Andersen市長のフェイスブックでの投稿です(とてもがっかりしているのが伝わってきます。というか、めちゃめちゃ怒っている)。市長は2025年達成の旗は下ろしたものの、2028年までにはなんとか達成するゾ…と絞り出すように言っているのが、哀しくも印象的です。
さて、ではなぜコペンハーゲンは目標取り下げに至ってしまったのでしょうか? 経緯を少しだけ見てみましょう。
こちらのレポートを読むと、
当初のプラン(CPH 2025 Climate Plan)では、①エネルギー消費、②エネルギー生産、③グリーンモビリティ(交通)、④市当局自身の取り組み、の4つの分野で二酸化炭素排出を下げ、目標達成することを目論んでいた。が、カーボンニュートラルに向けての削減目標の8割までしか至らなかった
残り2割の削減をなんとかするため、望みをかけたのが二酸化炭素回収貯留( “CCS” )。ゴミ焼却施設 :通称コペンヒル(以下写真)で排出される二酸化炭素をCCSすることで、その2割の最後の「穴」を埋めようとした
だが、CCS設備には10億ユーロ(1500億円!)の追加投資が必要だった。コペンハーゲン市はコペンヒルの運営事業者Amager Resources Center( “ARC” )を通じデンマーク政府の補助資金を受けることで難局を乗り越えようとしたが、ARCが受給資格を満たせないとかで(詳細は不詳)、この策がご破産に…
結果、2025年までのカーボンニュートラル実現の刀折れ矢尽き、残念ながらコミットメント撤回に至った
ということが分かります。
上の顛末は、重要な示唆を与えてくれているような気がしていますので、僕なりにそれを整理してみますと、
ビジョナリーな高い目標設定が世界的にも類を見ない大きな成果を生んだ(世界的フロンティアとしての認知確立に成功→カーボンニュートラルまで2割に迫る削減効果実現)。
素晴らしい進捗があることとコミットした時間軸での目標達成ができるかどうかは別問題、すなわち、タイムリミットに間に合うかどうかは別問題。コペンハーゲンはこのシビアな「間に合わない」問題に最初に向き合った存在(今後2030年以降世界中の「宣言済み」のアクターたちが同じ問題に向き合っていく)。
飛び道具的技術(ここではCCS)や、経済合理性不足をビッグプッシュ的に解決できる政策資金に依存する方法は、前提の変更によって一気に目論見が崩れるリスクがある(=プロジェクトのレジリエンスが低い)
ということではないかと考えます。
と、一見して上の2つのTake awayは別々のことを言っているように見えるかも知れませんが、僕は2つに共通して言えることがある、もっと言えば、一つの概念が「明・光」の側面と「暗・闇」の側面で双方向に出てしまったことが、この混沌の深層にある気がしています。
その概念とは、「体験価値」です。
ここでの「体験価値」とは、「ヒトが体験することで得られる、プラスアルファの価値」ぐらいの意味で捉えておいていただければと思います。
以前書いたこの記事の中でカーボンニュートラル化の移行には「ヒトの行動変容が鍵になる」という話をさせていただきましたが、「体験価値」とはそのヒトの行動変容を促す、最も大事な「ドライバー」になるものだと考えます。
この体験価値という視点からコペンハーゲンのカーボンニュートラル化の取り組みを眺め、その先進事例の「明」と「暗」の文脈に、浸ってみたいと思います。
最初に明・光の部分から見ていきましょう。
明①:市民の暮らしの体験価値をカーボンニュートラル化で向上させる
先ほどコペンハーゲンはカーボンニュートラルに向けて8割削減を達成してきた(2005〜21年)と書きましたが、そこまでの成果が挙げられた要因はなんだったのでしょうか。
無論個別具体的な取り組みがその実現を支えているのですが、最初に語りたいのはコペンハーゲンカーボンニュートラルシティの取り組みの「思想」の部分です。
市のこの取り組みの原典(原点)である、「CPH 2025 Climate Plan」を見てみましょう。
同文書の巻頭に目を向けると、当時のコペンハーゲン市長Frank Jensen氏が以下のことを語っています。
ここで注目したいのは、カーボンニュートラルという「目標」と同時に、その先にある「目的」をことさら強調していることです。「目的」とは、「成長と暮らしの質の向上」です。具体的に言えば、吸い込む空気が綺麗になること、環境がさらに静かになること、街並みがもっと緑で豊かになることによって、毎日の暮らしがよりよくなること、です。
「地球環境を守ろう、だから今日から変わらないと」というカーボンニュートラル化の語り口と、この語り口だとずいぶん印象が違うような気がします。
こうしたカタチで、極めて「現世利益的」というか、目の前の暮らしのポジティブな変化に焦点を当てていることが、コペンハーゲンの取り組みの特徴と言えるのではないか、と思います(実はこの部分を捉え、コペンハーゲンは「グリーンウォッシング(環境貢献の過大広告)」と度々批判されても来たことも付記します)。
他方で、さすがは成熟した市民社会だなと感じさせるのが、単なる現世利益・夢物語だけでは終わらない点で、実は上の引用文にはこんな続きがあります。
より緑の多いコペンハーゲンの実現には「長く辛い牽引プロセス」、「産官学・営利/非営利を超えたステークホルダー一体での取り組みが必要」と、実現に向けたリアリティが語られます。
市民が得られる「体験価値」をインセンティブとして強調しつつ、行動変容に伴う「コスト」も公正に語り責任ある変化を求める──、僕はこのバランスがコペンハーゲンの成功の大きな基礎的な要素になっているのではないか、と考えます。
というわけでこれがコペンハーゲンの脱炭素化取り組みを支える根っこのところにある「考え方」「思想」の部分でした。
こうしたしっかりとした思想的基礎の上に、様々な個別の取り組みが乗っているわけですが、その個別の取り組みを見ていくために、まずはFactを見てみたいと思います。
以下のグラフはコペンハーゲンの二酸化炭素排出の削減量を示したものです。
特に下のグラフにご注目ください。削減貢献の大きな部分がどこから来ているかと言うと、エネルギー生産(緑色)であることが分かります。また、交通(紫色)も小規模ながら貢献しています。
この記事でもこの二つの要素に光を当てていきたいと思います。
まずは「エネルギーの生産(緑色)」の方から見ていきましょう。
明②:カーボンニュートラル化とグリーン成長ががっちりと噛み合った洋上風力発電
この領域の取り組みの詳細を見てみると、①洋上風力発電を主体とした再生可能エネルギーへの切り替えと、②地域暖房設備の導入とその熱源のカーボンニュートラル化(バイオマス化)が、主たる要素になっているようです。
特に大きな貢献である「洋上風力発電」は、遠浅の海と素晴らしい風況という文字通りの地の利に恵まれた北欧ならではの成果と言えます。ですが、コペンハーゲン(もっと言えばデンマーク)は、「自然の恵だ、ハッピー」という次元には止まりませんでした。
国内の洋上風力の推進を出発点に、デンマークのエネルギー企業・Orsted(エルステッド)を軸に洋上風力産業を成長させていきます。
北欧の一石油関連事業者にすぎなかった同社は、今や中国を除く世界の洋上風力発電全体の24%のシェアを持つ世界最大最強のプレーヤーになりました(なお、この目覚ましい成長の裏には、デンマークの老舗デザインファーム:Kontrapunktの凄すぎるリブランディングが大きな下支えになっていることも付記しておきます)。
Orstedの人員も2005年の4500人規模から、2021年には8000人規模に成長しているように、(コペンハーゲン全体という意味でのドンピシャの統計が手元にありませんが)ヒトにとって最大の「体験価値」と言っても過言では無い「仕事を作り出す」ということに成功していることが、洋上風力を軸にしたエネルギー生産のカーボンニュートラル化の原動力になったと言えるのではないかと思います。
また、都市コペンハーゲンの経済はこの2005〜21年の同時期になんと60%(!)の経済成長を達成しています(出所)。「暮らしが変わる」のど真ん中の結果を叩き出したのがわかるデータです。
明③:システム思考的アプローチで効果を最大化する自転車都市
最初の緑と紫のグラフに戻り、もう一つの削減貢献の要素である「交通」にも目を向けたいと思います。
交通はここでは微減にしか見えないので、大した成果が上がらなかったのだなぁと見えてしまうのですが、その内実は異なります。2005〜21年の時期にデンマークの人口は50万人から60万人へと2割増加しています。それでもなお削減量が減少していることは、これは並大抵のことではありません。
この交通の取り組みの根幹に位置付けられているのが「自転車」です。
じてんしゃ?と思われた方もおられるかもしれませんが、ど真剣にコペンハーゲンは自転車シティ化に取り組んできた経緯があります。いくつか写真をご紹介します。
コペンハーゲンでは交通のグリーン化として、市民の移動の自転車への移行を推し進めてきました。
少しデータを見てみると、下の表にあるように全体の移動手段の25%を自転車が占め、市民の通勤通学に限っては6割近くが自転車利用という驚異的な統計になっているのが分かります。
ちょっと想像しても、オフィスにくる同僚の老若男女の半分以上がヘルメットにマイバイク姿で通勤してきているオフィスをイメージしてもらうと、それがいかにすごい世界観か分かる気がしませんか。
と、こうして大きな市民の支持を獲得しつつ推進されてきたこの「自転車都市」構想ですが、普通は「さあ、明日から脱炭素のために自転車を使いましょうネ!」と市役所に言われても、「そうは言ってもネ」とまず行動は変わりませんよね。
そこで、市は自転車に乗ってもらうために様々なインフラ整備をしていきます。
例として(先に写真で挙げた)自転車ハイウェイがひとつ。全長115km(出所)の市内外をつなぐ自転車専用ルートとして建造されているそうです。他には、市内では時速20km/hで走る限りは赤信号に引っかからないような信号間隔設計されていたり、数人のまとまったサイクリストが道路に設置されたセンサーの前を通り過ぎると赤信号が臨機応変に青になったり、といったスマートトラフィックの仕組みも絡め合わせて、街全体が自動車中心設計で構築されているそうなのです(ちなみにまるで住んでいたに語っていますが、僕自身はまだコペンハーゲンには行ったことがなく、全て悲しいことに見聞した情報をまとめて記述しています…。うー、行きたい…)。
結果、サイクリストにとっては快適で安全な環境設計(スピードを出しすぎない絶妙な20km/hの基準速度)が、自家用車に乗る人にとっては乗りたくなくなる不便利さの設計が、ハードxデジタルインフラのなかに文字通り「巧妙に」埋め込まれていて、街が目指す方向へとうまくヒトの行動変容を促しながら、総体として「自転車都市」を推進していることが伺えます。(いやー、巧い、すごい…)
まだあるのか、という感じですが、さらに輪をかけてこの自転車都市構想がすごいのは、カーボンニュートラルの文脈でもその取り組みは大きな貢献になるのですが、課題(脱炭素)→施策(自転車)、といった硬直的・直線的な発想ではなく、あくまでホリスティック(包括的)・複線的に捉えた「市民の暮らしの質の向上」という大目的の中に、この施策を絶妙にはめていることです。
すなわち、自転車を市民が活用していくことで、炭素排出の削減効果を期待するほかにこんな効果が期待されているそうです。
心身健康増進効果→社会保障コスト削減・生産性向上
移動コスト減少→可処分所得増加
観光の魅力増加→経済効果(他でもない僕も行きたいと思っている)
税収のインフラ投資→雇用増加・デジタル化推進・海外投資増加
などなど…
ひとつの「因果」を単線的に構想するのではなく、一つの「因」から10個の「果(体験価値)」を生み出し、さらにそれらがフローとして価値循環するように繋ぎ合わせ、総体としてのエコシステムをデザインしており、これぞまさにシステムデザインの真骨頂といった仕上がりです。が、それをさらりと「自転車都市」という誰にでもわかるコンセプト、誰にでも参加できるコンセプトを出発点に描いているところが、本当にすごいと思います。
ご参考まで、BIOTOPEでもインパクトのあるアクションをクライアントの皆さんと考えるとき、必ず使うのがこのシステムデザインの発想で、その一つがシステムダイナミックス図であり、Community Capitals Framework=7つのコミュニティ資本モデルだったりします。その道具を使って、システム全体に一つの介入(自転車都市をつくる)が影響を与える様子をクイックに表現してみましたのでよろしければ見てみてください(Quick & Dirtyなものですが、ご参考まで)。
暗:体験価値の無いカーボンニュートラル化(二酸化炭素回収貯留)
さてさて、最後に暗の方も見ていきましょう。
ここまで見たきたような素晴らしい取り組みの数々をしてきたコペンハーゲンですが、それでも2025年というアグレッシブすぎるカーボンニュートラル目標を達成するためには、まだ埋まらない削減量の穴(残りの2割)がありました。
そこで、コペンハーゲンが最後の望みを託したのが、二酸化炭素回収貯留(CCS)だったことは前述の通りです。CCSとは、排出源の設備から出る二酸化炭素を、ほかの気体から分離して集め、地中深くに貯留・圧入する、というものです。
ただ現状は、普段の生活からの単純なるコスト増になる二酸化炭素回収コストの「壁」を超えられず、現在の4000円/tonのCCSコストはを1000円/ton程度まで下げていく必要あると言われており(出所)、現状は政策補助金のような強大な政治的Push無くしてはプロジェクトが成立しません。
さらに、地下に貯留するといってもどこに?という問題があり、 “NIMBY(Not In My Back Yard=うちの裏庭はやめてくれ)” 問題を惹起する性質を孕んでいます。(これは体験価値の視点からすると、「最低な状態」の一種だと考えます)
もちろん、カーボンニュートラルを達成するのが目標である以上、CCSのコンセプトはロジックとしては間違ってはいません。が、僕はこのアプローチは、政策補助金が規模経済を獲得するまでの谷を登りきれない可能性が高いのでは、と私見ながら思うのです。
その理由は、その技術があまりにも一般の生活者(ヒト)の生活感覚からかけ離れていること、この記事の言葉で言えば、創出する「体験価値」が少なすぎる・わかりにくすぎることから、結局マスの民間投資の矛先が、よりわかりやすい領域(例、EVや太陽光)に向いてしまい、投資不足の悪循環構造を抜け出せずスケール獲得に至らない、と考えるためです。
コペンハーゲンの失敗も、本来ずっと大切にしてきたカーボンニュートラルの先にある市民の「体験価値」の視点を捨てて、目標ありきの飛び道具的な技術に飛びついたこと、と言えるのでは無いでしょうか。
無論、そうせざるをえないほど時間軸で追い込まれてしまったこと、失敗は許されぬほどカーボンニュートラル・ブランディングに入れ込んでしまっていたこと、という構造的問題を自らが作り出してしまったことは論を俟ちません。
まあ、言うはやすし、外野はいつだって言いたいことを言うもの。
というわけで、少しだけフェアでありたいので、一人のカーボンニュートラルに関して考える者として「自分ならどうするか?」を考えてみると、僕ならばコペンハーゲンらしく市民の「体験価値」をわかりやすく説明するために、「カーボンリサイクル」デザインをしていくと思います。
カーボンリサイクルとは、CCSを含むより広い概念として、二酸化炭素を悪者扱いするのではなく「資源」として新たな意味づけを与え、それすらもサーキュラーデザインの対象としていくアプローチです。
僕の大好きなスパークリングウォーターやソーダ飲料も資源・二酸化炭素で生まれているように、その切り口から生活者に新たな価値を生み出すカタチや物語を作っていくことで、この街らしい、ヒトの顔と姿が見えるカーボンリサイクルの「物語」を描いていくことを考えるのでは無いかと思います。
終わりに:「カーボンニュートラル x デザイン」の可能性
以上、今回は「カーボンニュートラル x デザイン」の事例として毀誉褒貶に包まれたコペンハーゲンの事例を「体験価値」という切り口から分析してみました。
これからも、シリーズとしてその他の事例を取り上げながら「カーボンニュートラル x デザイン」の可能性を探索?していきたいと思います。
参照:
text by Kazumasa Yamada