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映画「コンパートメントNo.6」
素敵な映画を観た。
舞台は1990年代ロシア。主役のふたりは、どこでもタバコを吸う。スマホもない時代、連絡は公衆電話かメモ。観光地の詳細な情報は、行ってみなければ分からない。
長距離列車のコンパートメントに乗り合わせた男女。フィンランドからの留学生ラウラ(セイディ・ハーラ)は、列車の終点ムルマンスクに、一万年前に書かれたというペトログリフ(岩面彫刻)を見に35時間の旅をする。眼光鋭い、粗野なロシア人の男リョーハ(ユーリー・ボリソフ)は、採掘の仕事を求めてやはりムルマンスクに向かう。
全く反り合わない2人が、道中の小さな出来事を重ねて、徐々に心を通わせてゆく。この辺りは、ネタバレ満載のレビューなどの予備知識なしに、映画館に行くべきだと思う。
ラウラは恋人の大学教授イリーナの気持ちが離れつつあることに気づいている。決して美人には見えなかった憂鬱顔のラウラが、ある瞬間、リョーハに素晴らしい笑顔を見せる。
年齢不詳の、無学で粗野な男にしか見えなかったリョーハが、ある時から、とても初々しい、恥じらいのある、若者の顔になる。
男女間のシンプルなLove story ではない。人間同士の深い共感、親しみによって、ふたりは自分を再発見していく。
微妙な感情の揺らぎをカメラが淡々と追う。
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リョーハは奔走してラウラを連れてゆく
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「他者と出会うことで、自身の内面を知り、自分が何者であるか理解し、受け入れることが出来る」
フィンランドの監督、ユホ・クオスマネンが表現したかったことが、瑞々しい俳優ふたりのキャスティングによって、説得力をもって語られる。そしてロシア最北部の荒涼とした風景が、人間たちの心の動きを、静かに引き立てる。
映画が終わっても、彼らの人生は続く。どのように展開するのか、観た者一人ひとりの想像に委ねられる。ひとつ確かなのは、この出会いによって、それぞれが新しい再生のきっかけを得たこと。
とても後味の良い、幸福感を与えてくれる映画だった。
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プログラムより
この映画がカンヌ国際映画祭でグランプリを受けたのは、2021年。ウクライナ侵攻が始まった後だったら、どうだったろう。監督はフィンランド人だが、舞台はロシア、主人公の1人はモスクワ出身のロシア人である。
映画は正当な評価を受けることが出来ただろうか。主人公を演じたユーリー・ボリソフは、映画祭に招かれたろうか。
ロシアと長い国境を接するフィンランドは、長い苦難の歴史を経て、融和を図ろうとしてきたが、今、NATO加入に舵を切っている。この良質な映画を今、ロシア国内で観ることができるのか疑わしい。
様々な文化的制裁を受けている国で、表現者として、映画人達はどうしているだろうか。政治的な意思表示をすることもあったんだろうか。
素晴らしい演技をしたユーリーの次回作を、いつか是非観てみたいと思っている。
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映画館が、ほぼ満席なのは久々だった。
新宿シネマカリテ 2. 17