マイストーリー#4 ドM人生に試練。いよいよ自分と向き合う時がきたの巻
産休育休、職場復帰
そんなこんなで
超ドMだった私。
結婚、出産を経ても変わらず。
育休中も、
子供になにかあったら親の責任。
私がいい子に育てねば。
常に目をかけて。
完全母乳で、いつも囲い込んでいた。
美容院に行く間に預けても、
ハラハラして落ち着かない。
ちゃんとしなくちゃ。
完璧でいなくちゃ。
楽しいはずの育児が、
なんだかガチガチで、
半分くらいしか楽しめなかったように思います。
(あぁ、もったいなかった。。)
このちゃんと思考は
仕事復帰するとますます高まります。
朝は始業に間に合うよう保育園に送り
(学校の朝は早い)
学校につけばバリバリ指導し
放課後の会議を早退してお迎えにいき
時間制限と闘いながらご飯を作る。
遅くならないよう子供は寝かせる。
そして、共働きなので、
夫と私の家事負担は半々で有らねばならぬ。
不平等だから。
という思考にがんじがらめになり
ホワイトボードを買って、
家事分担表とか作って
キッチンに貼ってた。
ひどいときは、
インスタか何かで見た方法を試して
『家事分担が多い方が、ボーナス多くもらうこと!』とかやってた。
フー怖ーーーー🥶ブルブル
そんなとき、大事件が起きました👿
とんでもない仕打ち
夫婦の関係がいまいち悪かったので、
それをよくしたくて、
色んなセミナーを受けました。
(いわゆるセミナージプシー)
そんななか、
夫婦関係が入り口ではありましたが、
なんでも話せるメンターに
出会うことができました。
メンターの元、学んでいくなかで、
大変なことが起きたんです。
詳細は伏せます。。(伏せるんかい!)
今となっては向き合うべき時だったと思えますが、
もうそのときは悲劇のヒロインです。
なぜ!
わたしが!こんな目に!!
夫のやつ!!
離婚してやる!
頑張ってたのに!
完璧にやってたのに!!!
でもね、わたし、
投げ出さなかったんです。
一回やったるか。
ダメなら離婚すればいい。
どこまでできるか試してみる。
とことん真正面から向き合う!!!
そうやって
いっぱいいっぱい自分と向き合い
自分の思い込みにたくさん気づいていきました。
自分の好きなことは何?
何してる時が楽しい?
旦那さんの頑張ってるところはない?
女と男の違いってこんなあるんだ
相手に自分の価値観押し付けてたなぁ。
自分の考え、けっこう偏ってたなぁ
相手は変わらない。
でも、自分は変えられる。
量子力学も学び、潜在意識も学び
たどり着いたところはここでした。
たくさんの心の鎖に気づけて、
それを外していって
どんどん柔軟になっていった
2017年からの数年間でした。
本来の自分が戻ってきた
そうすると、
本来の自分も取り戻せてきました。
ああ、わたしって
自由がすきだったな、とか。
楽しくワイワイが好きだったな、とか。
そうこうするうちに、
夫婦仲もよくなり
子供ものびのびしてきて
(私がギチギチのときは、子供もギチギチだった。)
家族でいることが、居心地よくなりました。
そして、
自分にとっての幸せって何かなーとか、
考え始めました。
元々好奇心旺盛だったので、
ファッションやジェルネイルや、
あれやこれやも学び、
なんだか人生楽しくなってきました。
仕事がたのしい
そうなると
仕事も楽しくなりだすんですよね。
やっぱり全部繋がっているので。
モンペ様たちは私には心を開いてくれたり。
生徒とも友達みたいに過ごせたり。
ガチガチに縛り続けていた鎖を外して、
のびのびと振る舞えるようになりました。
同僚にも相手は傷つけないように、
言うべきことは言えるようになったので、
とっても働きやすくなったんです。
・
そして、保育園に通わせながら
1-3年まで担任を連続で持つことができ、
とってもかわいい
卒業生を送り出すことができました。
あんなに監視されてると思い恐れていた保護者も、
自分が子供を産んだことで
保護者の気持ちが分かるようになったし
子供を育てたことで、
生徒一人一人が大切に大切に育ててもらってきた愛の塊だなって
改めて思えたので
わたしの教員人生にとって
子供を産み育てたことは
とてもいい影響を与えてくれました。
プラス、
向き合わざるを得ない試練があったからこそ、
しなやかだけど軸もある先生
(と言われました)
に なれたのではないかなと思います。
読んでくれてありがとうございます。
あと2〜3話続きます。
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