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【予備知識ゼロで読める】いま、鉄鋼業界ではなにが起きているのか?①鉄鋼のキホン

「鉄は国家なり」

世界史の教科書にも出てくる、プロイセン王国(のちのドイツ)の首相ビスマルクは先の言葉を残しました。
古くは農具や武器、今では自動車や建築など、今も昔も多様な場面で活躍する鉄鋼。その生産が国の力の源であることを示したこの言葉は、現代においてもその重要性を物語っています。

そして今、世界の鉄鋼業界は大きな変革期を迎えています。
最近の話題は何と言っても日本製鉄のUSスチール買収問題ではないでしょうか。
恥ずかしながら、僕はこのニュースを見るまで鉄鋼業についてほとんど何も知りませんでした…。
ですが、化学を教えている以上、これは避けて通れない話題。
先週の土日を利用して「転職でもするんか?」というくらい勉強したので、そこで得られた知識を全5回にわたってまとめていきます。

第1回「鉄鋼のキホン」では、鉄鋼の特徴、使い道や作り方、鉄鋼業界の抱える課題とその解決策について取り上げます。のちの第2〜5回の内容についても、ざっくりと触れていきます。

第2回「日本の鉄鋼業界」 では、国内3大企業(日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼)をメインに、日本の鉄鋼業の現状や強み、直面している課題について掘り下げます。

第3回「世界の鉄鋼業界」 では、各国の動向について解説します。世界最大の鉄鋼生産国である中国では不動産バブルが崩壊し、需要が変化。また、欧米企業の戦略、さらにはロシア・ウクライナ戦争が鉄鋼市場に与えた影響など、激動の鉄鋼業界を追っていきます。

第4回「日本製鉄のUSスチール買収問題」 では、このシリーズの最重要テーマである買収劇について解説します。2023年、日本製鉄が発表したUSスチールの買収計画は、米国内で大きな議論を巻き起こしました。バイデン政権の反応、USスチール労働組合の反発、そして競争当局の審査など、問題は複雑に絡み合っています。この買収の背景には、日本の鉄鋼業界が直面する課題や、世界の鉄鋼業界の再編の動きが関係しており、それらを整理しながら解説します。トランプ政権に移行して、どんな動きを見せるのか。まだまだ目が離せません。

第5回「鉄鋼業界のこれから」 では、鉄鋼業の未来について考えます。カーボンニュートラルの流れの中で、鉄鋼業は今後どのように変わっていくのでしょうか? CO₂排出削減のための新技術(例えば水素還元製鉄)や、リサイクル技術の進化、さらには各国の政策の影響など、未来の鉄鋼業界の姿を探っていきます。また、USスチール買収が今後どのような影響をもたらすのか、シリーズの総まとめとして考察します。

予備知識は一切いりません!
このシリーズを読めば、鉄鋼業界の全体像を理解し、いま世界で起きているニュースを自力で読めるようになると思います!
知識のある方には、ぜひ僕の理解の浅い部分をご指摘頂いたり、補足説明を頂けると幸いです。

それでは、鉄鋼の世界への旅を始めましょう!

鉄鋼の特徴・用途

って聞くと「固い」とか「強い」とかざっくりそんなイメージないでしょうか?
実際、「鉄の意志」「鉄壁の守り」「鉄の掟」など、“鉄”がつく言葉には、強さや頑丈さを表すものが多いですよね。
もちろん、そうした強さは鉄の特徴ですが、それだけでは「国家」とまで呼ばれる資源にはなり得ないはずです。

ズバリ、鉄鋼の凄さとは
・高い強度と耐久性
・加工のしやすさ
・リサイクル性の高さ

の3つです。


①高い強度と耐久性

もし、あなたの家が発泡スチロールで出来ていたら…ゾッとしますよね。3びきのこぶたですら発泡スチロールは選ばないと思います。
建築物や橋梁、鉄道、船舶、自動車など、過酷な環境で長期間使用される構造物には、強くて長持ちする素材が求められます。
そこで用いられるのが鉄鋼です。

例えば、高層ビルの骨組みには、下のような鋼材(H型鋼)が使われています。よく見るやつですよね。鉄は圧縮や引っ張りの力に強く、しなやかに変形することで地震の揺れを吸収できます。硬いだけじゃダメなんですね。さらに、鉄は加工すれば錆びを抑えられ、長期間その強度を維持できます。
地震大国の日本では、特に重要な資源と言えますね。

「H型鋼」とよばれる鋼材。写真:鋼屋(はがねや)HP

また、自動車には「薄板」という強くて薄い鋼板が使われています。事故から人を守るためには、ある程度の衝撃を吸収する強度と、車内も広く保つ薄さが必要です。実際、最近の車では超高張力鋼板(ハイテン)と呼ばれる特別な鋼材が使われ、軽量化と強度の両立が図られています。

「薄板」は、おもに自動車に用いられる。
(写真:JFEスチールHP)

鉄はただ硬いだけでなく、しなやかな強さもあります。その強度と耐久性から、多くの場面で用いられます。


② 加工のしやすさ

写真:Adobe Stock

一口に「鉄」と言っても、色んな形のものがありますよね。鉄筋、鋼板、ワイヤー、パイプとか。
こうした多様な形状は、鉄の加工のしやすさによるものです。

先述の通り、固くて丈夫なだけの素材なら使い勝手が悪くなります。しかし鉄は、熱を加えると柔らかくなり、自由に形を変えられるという性質を持っているんです。

ちなみに、鉄そのものは融点が1536℃と非常に高いため、昔は火力が出せず加工できなかったそうです。
初めて鉄器を用いたと言われているのは、紀元前16世紀頃にメソポタミア地域に存在したヒッタイト人であると言われています。
それまでは融点の低い青銅を用いていたようですね。
世界史と絡めた話も面白いのでしたいんですが、これはまた別のとこでします。

さて、本題に戻りましょう。
鉄の主な加工技術は次の3つです。
・圧延(あつえん)
鉄をローラーで薄く延ばして板や棒にする。
・鋳造(ちゅうぞう)
溶かした鉄を鋳型に流し込んで好きな形にする。
・鍛造(たんぞう)
熱した鉄を叩いて強度を高める。

これらの加工技術により、鉄はさまざまな形に変えることができます。この汎用性の高さこそが、鉄が「国家の力」とまで言われる理由のひとつなのです。
強いだけでなく、柔軟な対応力もある事が魅力となるのは、人間も同じかもしれませんね。


③リサイクル性の高さ

写真:(株)神田重量金属HP

こんな光景、テレビなどで見たことないですか?
物々しい雰囲気の、鉄スクラップの山です。

これは何をしてるかというと、使用済みの鉄スクラップをクレーンにつけた巨大磁石で選別している様子です。

ということで、鉄の3つめの強みは高いリサイクル性です。実際、世界の鉄の約30%はリサイクル材から作られているとも言われており、日本では鉄スクラップのリサイクル率が80%を超えています。鉄がこれほど効率的にリサイクルできるのは、性質が変化しにくく、何度でも再利用できるという特性があるからです。

鉄スクラップは電炉(でんろ)と呼ばれる設備で溶かされ、新しい鉄鋼製品として生まれ変わります。電炉については後ほど。

これは環境負荷の低減にも貢献します。鉄鉱石から新しい鉄を作るには、大量のエネルギーとCO₂排出を伴います。でも、スクラップを再利用すればその負担を大幅に減らすことができる。このため、持続可能な社会の実現において、鉄のリサイクルは重要な役割を果たしているというわけです。


これらの3つの特徴が合わさることで、鉄は単なる「固くて強い素材」ではなく、社会の基盤を支える不可欠な資源となっています。そして、この鉄をどのように生産し、どのように活用していくかが、各国の産業や経済の発展にも直結しているのです。

ド迫力!!鉄鋼の製造方法

鉄の製造って
ド迫力!!大火力!!
ってイメージありませんか?

日本製鉄HPより

こういうやつです。
巨大な設備、ドロドロに溶けた真っ赤な鉄、まるで地獄の釜のよう――
もはや怖いと思う方もいるでしょう。

実際、鉄の製造はとんでもない熱量を必要とします。先ほども述べた通り、鉄を溶かすには1500℃以上の温度が必要。これはマグマを超えるレベルですね(約1300℃)。そんな超高温の世界で鉄が生み出され、私たちの生活を支えているのです。

鉄の製造方法には、大きく分けて「高炉(こうろ)」「電炉(でんろ)」の2種類があります。それぞれの特徴を見ていきましょう。

高炉:鉄鉱石から新しい鉄をつくる

「高炉」とは、鉄鉱石を溶かして新しい鉄を生み出す方法です。鉄鋼業と聞いてまず思い浮かぶイメージが、まさにこの高炉です。

理系の方なら、化学で鉄の精製について習いますね。まさにアレです。
酸化鉄を還元し、酸素を取り除くことで単体の鉄を得るのです。

では、そんな高炉を使った製鉄のしくみを確認しましょう。

高炉の仕組み
①鉄鉱石・石灰石・コークスを投入
原料となる鉄鉱石(Fe₂O₃)、溶けやすくするための石灰石、燃料となるコークス(高温で炭素を多く含む炭)を高炉に投入。
②超高温で鉄鉱石を還元
コークスを燃やして約2000℃の高温にし、鉄鉱石から酸素を取り除いて鉄を取り出す(還元反応)。
③銑鉄(せんてつ)を取り出す
こうしてできたドロドロの鉄(銑鉄)が炉の下に溜まり、そこから流し出される。
銑鉄には約4%の炭素が含まれ、硬いが脆い。
④鋼(こう・はがね)に加工
取り出した銑鉄は炭素が多く含まれていて脆いため、転炉と呼ばれる装置で余分な炭素を取り除き、強靭な「鋼」にする。

こうしてできた鋼は、とても品質が高いため、自動車や建築物に用いられます。
日本の3大企業(日本製鉄、JFE、神戸製鋼)もこの高炉で鉄を生産しており、日本の鉄鋼が高品質と言われる所以にもなってます。

しかしその反面、先ほどのコークスが元となって大量のCO₂を排出します。
またこれは後述しますが、高炉は「一度止めたら終わり」とも言われるほど、再稼働が難しい設備です。つまり、需要が低下して売れなくなっても、なかなか稼働を止めるわけにはいかないのです。

高炉での作業の様子を映した九州製鉄所のこちらの動画も、ぜひご覧ください。
見てるこっちまで緊張してきます。世界を支えるべく、過酷な現場で働く作業員の方々には頭が上がりませんね。

電炉:スクラップから鉄をつくる

鉄を溶かす方法は、高炉だけではありません。もう一つの重要な製法が「電炉」です。
電炉は、黒鉛電極を挿し、そこに超高電流を流すことで高熱を発生させ、鉄を溶かす仕組みになっています。
その温度は、実に5000℃〜6000℃!なんと太陽の温度にも匹敵します。

電炉の仕組み
①鉄スクラップを電炉に投入

古い建築資材や自動車のボディなど、不要になった鉄を集めて炉の中に入れる。
②電気の力で溶かす
黒鉛電極に強力な電流を流し、「アーク放電」と呼ばれる現象を利用して鉄を一気に溶かす。
③不純物を取り除いて鋼にする
必要に応じて合金を加え、鋼として成形する。

電炉の最大の強みは、 CO₂排出量の少なさです。
高炉に比べて 4分の1程度 しかCO₂を排出しないため、環境負荷が低いのが特徴です。このため、アメリカでは多くの企業が電炉を活用して鉄を生産しています。

さらに、 スクラップを原料とするため資源を有効活用できる点も大きなメリットです。電炉は鉄の高いリサイクル性を最大限に活かした製法といえます。

ただし、電炉にはデメリットもあります。
それは 莫大な電力を消費することです。
一度の作業にかかる電力は約3万kWhにもなり、コスト負担が大きいのが課題です。
そのため、電炉での作業は夜中に行われることが多いのが特徴です。
深夜料金で電気代が安くなるため、コストを抑えているんですね。

大阪府枚方市の共栄製鋼での作業の様子を描いた動画がコチラ。
電炉も激しい光や轟音を発するため、こちらも大迫力です。皆が寝静まった夜、社会を支えるために働く作業員の方々には、やはり敬意を感じずにはいられません。

鉄鋼業界の課題

詳しくは別の章で解説しますが、鉄鋼業界が抱える課題とその解決策をざっくりまとめてみます。

CO₂排出量

先述の通り、高炉製鉄では コークス(炭素)を燃やすことで鉄鉱石を還元するため、大量のCO₂が排出されます。

2022年度CO₂排出量の業種別内訳
(出典:環境省HP)

産業別に見ると、CO₂排出量は鉄鋼業界だけでなんと40%近くも占めます。断トツですよね。
SDGsが叫ばれる昨今、環境負荷の大きい鉄鋼業は風当たりが強いようです。

解決策:脱炭素技術の導入
CO₂排出量が多いのは高炉でしたね。近年は高炉→電炉へのシフトで脱炭素化を目指す企業もあるようです。最近は下の記事のように、自動車に使えるような高級鋼を電炉でも生産できるような技術が開発されたそうですよ。

また、CO₂の発生源となるコークスの代わりに、水素を用いて鉄鉱石を還元する技術も開発中です。想定より早いペースで研究が進んでおり、実装に至るまで時間の問題のようです。

需要の減少

次に問題となるのが、需要の減少です。

日本では少子高齢化が進んでますよね。人口が減少すると、あわせて住宅やインフラの需要も減少します。ならばその材料となる鉄の需要も減少…というわけですね。

また、EV車の台頭も需要減の要因となります。
簡潔に言うと、EV車は重くなりがち。そのため、より軽いアルミニウムが用いられる傾向にあります。
生命線とも言える自動車産業で、鉄が求められなくなってきているのです。

そしてこの需要減は、ただ売れないという問題では片付きません。高炉のパートで話したデメリットを覚えてますか?

高炉は「一度止めたら終わり」とも言われるほど、再稼働が難しい設備です。つまり、需要が低下して売れなくなっても、なかなか稼働を止めるわけにはいかないのです。

つまり、需要が落ちても鉄を作り続けるしかない。すると鉄が余ります。置いてても仕方ないので、海外に安く輸出するしかなくなるのです。

解決策:新しい市場の開拓
日本の鉄鋼メーカーは、国内市場の縮小を補うために海外市場への展開を強化しています。
日本製鉄の USスチール買収も、こうした戦略の一環といえます。
さらに、日本製鉄はインフラ需要のあるインドへの進出も果たしました。
海外での販売戦略が、今後のカギとなりそうですね。

おわりに

鉄鋼業について、理解してもらえたでしょうか?
・鉄の魅力
・高炉と電炉による生産過程
・鉄鋼業界が抱える問題
などの背景知識を持つ事で、この業界のニュースを読み解く事ができるようになると思います。

次回は日本の鉄鋼業界について、大手3社を中心に深掘りしていきます。
我が地元、神戸の大企業も登場します。書く方も楽しみです!

ではまた。

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