ドラマスチック·カップ焼きそば
タツヤはこの日、愛犬コリーに喜んでもらいたく、近所の人工物で覆い尽くされたいつもの散歩コースではなく、車でニ時間ほど移動した場所にある、とある森へとコリーを連れて来ました。
車を駐車し降りて外に出ると、タツヤはコリーに向かってこう言いました。
「コリー、これが本当の大自然だよ。いつもみすぼらしい散歩コースでごめんな。今日は主人であるオレが、コリーに最高の散歩を提供してみせるよ。さぁ、行くぞコリー!」
「ワンワン! ワンワン! (ご主人様、いつもの散歩コースでいいよ。嫌な予感しかしないよ)」
そこは出会って九ヶ月の人間と犬。微妙な意思疎通を行う事が出来ずに、ペアはこの先に起こる絶望など知る由もなく、森の中へと入って行きました。
タツヤは広大な森の中で迷わぬよう、一定の感覚で、生い茂る木の中の一本に、赤色の油性ペンで印をつけながら進んで行きました。
コリーは初めての大自然の中で緊張しているのか、硬い表情をしているように見えます。
「ワンワン! ワンワン! (ご主人様、そのペン……)」
途中、コリーはなにかに気が付いたみたいですが、タツヤのプライドを傷つけまいと、その先の事は黙っていました。
それから三十分ほど森の中を探索すると、疲れたのでその場に座って休憩することにしました。
タツヤは目の前にある木に印をつけようと、油性ペンのキャップを外しました。
「……うそっ! いつからだよ!」
タツヤはそう叫ぶようにして言うと、みるみる顔色が青ざめていきます。
コリーは思わずご主人様から顔を背けました。
「……なんで芯が無いんだよ!」
そう、いつの間にか気が付かないうちに、油性ペンの芯が抜け落ちてしまっていたのです。
タツヤは慌てて前に印をつけた木に向かいます。
「……印がない!」
その前に印をつけた木へと走り出します。
「……ない……」
タツヤはさらに前に印をつけた木に向かおうとしましたが、それ以前に印をつけた木を見つけ出すことは、とうとう出来ませんでした。
タツヤは絶望感に苛まれながらも、なんとかこのピンチから抜け出す術を思考しました。
「……そうか、その手があった。コリー、鼻だ。その優れた嗅覚で、乗って来た車のある場所まで案内しておくれ」
タツヤは何度もコリーに向かって、そのように語りかけるようにして言いました。
しかし、コリーからの応答はありません。
そうです。コリーは温室育ちのうえに今日の鼻のコンディションは今ひとつ。
本日のコリーは、鼻の利かない犬なのです。
その後、タツヤはコリーの鼻に期待することを諦めて、自力での森の中からの脱出を試みることにしました。
それからタツヤとコリーは、木が生い茂り、太陽の位置もろくに把握することの出来ない森の中を歩いては休み、歩いては休みとを繰り返して、森の外を目指しました。
そして、森の中に入ってから二日目が過ぎよかとした頃、歩いていると人の姿が視界に入りました。
「すみませぇ〜ん。助けてくださぁ〜い」
タツヤは歩きながら、ニ十メートルほど先にいる人物に近づきながら助けを求めますが、疲れきっているために大きな声が出せません。
コリーは、吠える素振りすら見せません。
距離が七、八メートルぐらいまで近づき、ようやくこちらの存在に気が付いてもらうことが出来ました。
「お〜い! こんなところでなにをしとるんじゃ〜!」
六十歳前後と思われる男性が、動かしていた手を止めてタツヤに向かってそう問いかけました。
こちらの苦労など知る由もなくの陽気な口調です。
タツヤとコリーは男性のもとへ歩み寄ると、タツヤは事のいきさつを男性に話しました。
それを聞いた男性は、「……それは大変だったな。近くに家があるから、とりあえず一緒に来て、食事を摂って休んでいきなさい」と心配してくれて、タツヤとコリーを自宅へと案内してくれました。
男性が一人で住む、木造の平屋へと到着して部屋の中に入ると、男性はお腹を空かしたタツヤとコリーのために、急いで食事の準備に取りかかりました。
料理が出来上がると食卓と床の上に置かれて、「こんなものしか用意出来なくて、本当に申し訳なく思うが食べてくれ」とタツヤにはカップ焼きそば、男性は犬を飼っていたので、コリーにはドッグフードが振る舞われました。
タツヤは「ありがとうございます。このご恩は忘れません。いただきます」お礼の言葉をのべると、コリーと一緒に、食事をむさぼるようにして食べました。
映画やドラマでこのような場面になりセリフがあれば、きっと、主人公は「美味しい、美味しい、美味しい」と言いながら、涙を流しながら食べるような場面になるのでしょうが、現実は違いました。
タツヤは食べながら感謝の気持ちを伝えたいのですが、「ホニャァ、ホニャァ、ホニャァ、ホニャァ」とあまりの美味しさのために、言葉にして表現することが出来ません。
コリーのほうは、「ワン、ワン、ワン」と美味しさを伝えたいのですが、「チャン、チャン、チャン」と自分が犬であることを忘れてしまうほどの美味しさです。
食事を振る舞った男性はというと、「よかったぁ〜、いっぱい食べてくれよな」というような感じで言うのがセオリーのような気もするのですが、「アレソ〜レ! ヤソ〜レ! オイソ〜レ!」とまるでお祭りでの掛け声のようではありませんか。
それはそれは、まるで地球と宇宙での狭間で起こっているかのような光景でありましたとさ。