夢の記憶
平成のはじめ。
私は高校生まで暮らした土地を離れ、自分を受け入れてくれた大学に進学するため、福岡へ移り住んだ。
3月下旬の合格発表の日、発表時刻は夕方の16時だった。
大学の正門付近に張り出された合格者発表の掲示板を確認したその足で、新生活を始めるための住まいを探しに不動産屋に立ち寄った。
当時の受験システムでも、秋ごろからの推薦入試、年明けの私大の入試と、周りが進路を決めていく流れがあったので、3月下旬に行われる合格発表は最後に決まるパターンだった。
訪れた不動産屋では、近隣の別の大学への進学者が早々に4月からの入居を決めているので、3月下旬の今は物件は残っていない、という返事をされた。
同行してくれた母と、どうしようかと話しながら、その不動産屋を出ようとした時、電話がなった。
店主がその電話を切った後、キャンセルが出た、と言った。
そこから見える、あのワンルームマンションに。
早速私たちはそのワンルームマンションの見学に行った。
空きの出たその部屋は5階建ての4階部分。
エレベーターのないマンションの階段を上り、4階の通路へたどり着いたとき、目の前に海が現れた。
夕焼けの広がる海だった。
当時はグーグルマップもない、ネット検索もない。
受験の時は、どこかの予備校が配布する偏差値表みたいなものを見て受験する学校を決めた。
取り寄せた大学の紙のパンフレットに記載された、最寄り駅と大学の間の目印だけが記されいる簡略化された地図だけを頼りに、受験の前日の下見で初めてその大学を訪れ、受験を終え、また最寄りの駅へ歩いただけだった。
住むことになるその地が、海に近いことを初めて知った。
目に入った美しい夕焼け色の海が、この地に住みたいと思うきっかけになった。
そして新生活が始まり、私はバイト先で知り合った同い年の近隣大学の男子学生と、恋をした。
どうしてその彼が好きなのかと聞かれたとき、なぜだか理由が分からなかった。
18歳の私は、夢を見たような気がする。
中年の男性がでてきて、私に「君と結婚する」と言った。
その時から、34年が経った。
当時バイト先で知り合った彼と、結婚をし、私たちは今、ともに52歳になった。
52歳の夫は、夢をみたという。
18歳の私が出てきて、私に「君と結婚する」と言ったという。
出会ってから34年、結婚し、3人の子どもが生まれ、ともに生きていく過程で、なぜ好きなのか分からなかった、その理由の答え合わせをしているような気がする。
はじめて博多湾の海をみて、ここに住みたいと思ったあの日。
夢の記憶は時空を交差し、
釜山と博多の間にある海を介し交差した縁を通して起こる出来事は、
私に何かを伝えている。