白と青の記憶 ~光州への旅の記録6
光州への旅の記録1~5の続きです。
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光枝さんと長女が、光州民主化抗争記念式典・前夜祭で参加する合唱のリハーサルの場所へ向かった。
到着したその場所は、光州YMCA建物内の体育館だった。
光州に来る前、「光州5.18」で観たYMCAの看板が、なぜか記憶に焼き付いていた。
私は図らずしも、その場所へ来ることになった。
デジャブを見ているような不思議な感覚だった。
そして、合唱曲の制作者の指揮のもと、リハーサルは進んだ。
今回の合唱のためのオリジナル曲を、参加者で歌う。
韓国語のその歌詞を、長女が日本語に訳す。
その訳が、どこまで制作者の意図を表現した日本語になっているか。
限りなく原作者の気持ちに寄せられているか。
その歌詞の一部。
「5月 白く懐かしい あなたを待ってるね
5月 青く生き生きとした あなたを待ってるね」
直訳するとこの訳になるけれど、これらの言葉の奥には、どんな思いが込められているのだろう。
光枝さんと長女は、制作者の方との会話を通して、限りなくその気持ちに近づこうとした。
「白く懐かしいあなた」は、故人を思い綴られた歌詞。
「青く生き生きとしたあなた」は、青葉のように若々しい青年のこと。
「青く」の意味をたずねた時、緑の葉っぱを指さした。
私達は、日本でも、新緑を青々と表現したり、信号の緑色を青と表現したりする。
日本に帰ってから、
たまたま、「皈る(かえる)」という言葉に出会った。
白へんに、反。
この「皈る」は、今は常用漢字ではないけれど、亡くなる人に使う漢字だという。
文字の一部に「白」が充てられている。
亡くなるさまに、私たちは共通に白のイメージを持っている。
韓国語と日本語の、同じ意識の根源を感じる。
限りなくその気持ちに近づこうとしながら参加した合唱。
私がiPhoneで記録した動画には、白い光の反射が映り込んでいた。