エッセイ227.自分のためにケーキを焼く
2年半の間に、2歳違いの娘たちが仕事を得て家を出ていきました。
この四月から、夫婦二人の生活です。
就職に苦戦して、長女は1年近く就職浪人。
やっと決まったのが、驚くべきB・・・企業 in Kyoto.
次女は卒業式1週間前、祖母の葬式の最中にやっと決まり、
これまた、「それはひどい」と思わず私たちが声をあげた、
東京にあるB企業です。
数多の会社の中には、コロナに便乗して、
もうずっと前から一向に上がらない初任給(=四大新卒で手取り17万五千円)をちゃっかりキープしているところ、多いんじゃないの?
・・・って疑いたくなってしまいます。
でも二人はどっこい、元気です。
揃って土日勤務、夜勤や(サービス)残業ばかりで、これは通報したら調査が入るレベル。
でも、長女は貯金1銭も、たぶんできていない状況で、とうとう転職を果たしましたし、次女の方は、会社が超blackである以外は、
街も、ボロいアパートも気に入っているそうです。
彼女には、こっちから行って働いている友達も多いですし、
名古屋ではあまりない、展覧会によく行き、生活を満喫しているみたい。
京都の長女は、少しの休みには安自転車で御所やその他のお寺周りや、
鴨川沿を散歩に行ったり、同僚と着物で歩いたりしています。
(連絡してこないけど、SNSにあがってきます)
次女は終電帰りが多いようですが、この前は疲れ切って帰ってきて、
「こうなったらヤケだ、豪遊しやる!」と思って、
駅前の焼き鳥屋さんで、ぼんぼちを4本も食べてビールを飲んだ、
なんて、たまにLINEで言ってきます。
私にはあり得なかったそんな暮らし。
ああ、スパニッシュ・アパートメントな毎日。
いいねぇ、ちゃんとご飯を食べ、よく寝られているなら、
(二人とも寝過ぎですが)、何も言うことはありません。
と、ほっとし始めたところですけれども、
子供というのは、本人たちは預かり知らぬことですが、
「親の中に、どうしようもなく遍在しているもの」。
そのことに、二人目が出て行った後に とうとう気づきました。
長女が出て行ってからの1年は本当にさびしく、何を見ても、ヨヨヨ・・・となっていました。
2年目からの1年ほどは、それに対してのリハビリ・プラス、
次女があと1年で出ていくに向けての心の準備に費やした気がします。
遍在(偏在、じゃないですYO)というそのココロは、
子供というのは親の頭と気持ちの中に、
考えていなくても意識していなくても、いつもいるんだなぁ
という感覚のことです。
私は、一家で一番先に寝に行きますが、夫が部屋に入ってくるのに気がつかなくて爆睡していることは普通ですが、娘たちが深夜に帰ってきた時は、玄関ドアを閉めるときの、バス・・というような空気圧を感じ、歩き回る音、ドアを開けたてするのを、寝ていても感じていました。
また、買い物に行っても、「自分は食べないが、子供は好き」というものに手が伸びる。これは、親であるみなさんは、頷いてくださると思います。
彼女らが好きなものも、高校卒業以降は、
あまり帰ってきませんので一緒には食べません。
食べませんが、作っておいてお皿にラップをかける。
寒い季節はテーブルに。そうでないときは冷蔵庫に入れます。
翌日も食べていなかったら冷凍したり、自分で食べます。
ちゃんとなくなっていると、なんか、
たぬきが里へ降りてきて、いつのまにか、おいておいた物を食べて帰って行ったような、嬉しい気分になったものでした。
たくさんコスメ容器が並んでいたお風呂場や洗面所。
やたら着替えるので、量の多い洗濯物。
やたら持っているのでマッチングが大変なソックス。
「おかん! iPadをチラ見してないでちゃんと見て」と言われて、
一緒に見ていたYoutubeやNetflixのドラマや映画。
娘らが好きだとつい、多めに作ってしまう料理。
そういうのが、長女が出て行ってまず半減し、覚悟はしていましたが、この四月からは、次女の引っ越しと共に、すっかり消え、なくなりました。(同じか)
部屋はだいたい、綺麗です。
散らかっているとしたら、私です。
なくしやすいもの、ハサミ・ホチキス・鍵などは、
もう滅多になくならず、私か夫が置いたところに、そのままあります。
次女が、使いかけのコスメやシャンプーをたくさんおいて行って、
使っていいよと言いましたので、せっせと消費しました。
しばらく私のお顔は少しつるつる、自分と違う良い香りがしていましたが、
それもそろそろなくなり、家がすっきりしました。
変化のなかで一番きついのは、彼女らはもう、帰ってこないということ。
私はだいたい一日中、夜まで一人ですが、
そしてそれが全く平気だと思ってきたのですが、それは私が、
「どこに出て行っても何日いなくても、やがて家に戻ってくる子供ら」
を持っていたからだったのですね。
そういうふうに思ったことは全くありませんが、そうでした。
夜中に、誰かの入ってくる気配で目が覚めることは もはやありませんが、
ふと目が覚めた時に思うのは、
「いやぁ・・・あの子らは帰ってこないんだな」
「待っていても待っていても、帰ってはこないんだな」
です。
てか、帰ってきたら大変ですYO!
仕事をなくして暮らしていけなくなったか、
体を壊して一人で暮らせなくなったか、っていうことですもんね、たいていは。
子供たちが一人で生きていけるようになったという、
親にとって一番嬉しくて幸せなことには、
「私寂しいの・・」ということがついてまわる。
いやー参った参った。
あとは慣れなのでしょう。
先週のある日、スーパーで大きなブルーベリーと、
安くて美味しそうな苺を見ました。
瞬間、ケーキを作りたいなと思い、でも、食べさせる相手がいないな、と思い、
その次に私、思ったのです。
自分のために焼けばいいじゃん。
と。
それで、誕生日なんだから、クリスマスなんだから焼かなきゃ、と張り切るというのでなく、焼きたいから焼く、食べたいから作るっていうことを、初めてやってみようと思ったわけです。
娘らが大学生になったぐらいから、誕生日やクリスマスは外食が多く(その時の主人公のリクエストとか)、その外食も、現地集合解散なこともありました。
誕生日はもう、友達と一緒にするものですからね。
それでも焼いてみたケーキは、深夜に一人ずつ食べたり、翌日食べたりしていて、私は少し、不完全燃焼気味でした。
イチゴとブルーベリー、生クリームを買って帰り、15センチの型でプレーンシフォンを焼いてみました。いつもは型から溢れて、コックさんの帽子のように膨らむのですが、今回は型のフチまで行きませんでした。
ケーキの師匠である友達に、型から出すタイミングは今日中でいいのか、型ごと冷蔵庫に入れる方がいいのか、同じ質問をして、「覚めたら出していいのよ」と教えてもらい、デコりまして、夕食後に夫と食べました。
おお、いいね。どうして今日はケーキがあるの?
ーーうーん、人のためじゃなくて焼きたくなってさ。
そうか。いいんじゃない?
夫が夜中にまた食べたようで、翌日には5分の1になっていたケーキ。
ワンパターンで味も同じですけれど、
私の自立の一歩を飾るケーキになりました。
なんつってね。
ケーキは作っている最中も楽しいです。
ちゃんと殻座も取りました。
今回使ったレシピに「メレンゲは、泡立て器を持ち上げたらお辞儀するぐらいの固さ」とあって、わかりやすいなぁと感心しました。
メレンゲ、丁寧にお辞儀してくれました。
思っていた半分ぐらいしか膨らまず、シフォンというより、スポンジのようなみっちしりた食感になりました。
どんまいです。
センチメンタルなタワゴトにお付き合いくださり、ありがとうございました。
もはや大量におでんやシチューはつくりません。
テーブルに乗り切らない騒ぎになったクリスマスやお正月の食事。
もうないなぁ。
多めに作らないので、ほぼ使わないタッパ、大鍋、大皿、ありすぎです。
断捨離までの長い道のりに、そういうのが順番待ちをしているんですよね!
どうしましょう、本当に。