「古典が苦手な人にこそ源氏物語をおすすめしたい」糸崎舞さんの推し本を紹介
こんにちは、Webライターのメグノンです。
今回は「あなたの好きな本、教えてください!」というインタビュー企画の記事をお届けします。
『源氏物語』の作者・紫式部は平安時代を代表する作家の一人であり、大河ドラマ『光る君へ』の主人公でもあります。
第二弾では日本の古典文学を愛してやまない糸崎さんにお話を伺い、推し本の魅力を思う存分に語っていただきました。
【今回紹介する本】
参考書籍:『この世をば』(永井路子)
※インタビュー企画の詳細はこちらの記事からご覧いただけます
【糸崎舞さんのプロフィール】
大阪府出身、現在は関東在住の専業ライターで1児の母。プロの舞台俳優として活動していた経歴を活かし、複数のメディアで娯楽作品・歴史・日本の文化や風習などの記事を執筆している。日本の古典文学をこよなく愛していて、とくに『源氏物語』は一番の推し作品。
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「実はとっつきやすい日本の古典」というテーマを選んだ理由
――なぜこのテーマを選んだのでしょうか?
日本の古典文学がもっと身近な存在になってほしいと思っていたからです。本当はすごくおもしろいんだと、古典を敬遠する人たちに知ってもらいたくてこのテーマにしました。
古典文学はいわば「タイムカプセル」で、はるか昔に生きていた人々の思想や感情が残されています。しかも、彼らが物語のなかで感じている喜びや苦悩は、現代人でも共感できることばかりなんです。
古い文章を通じて昔の人とつながれるなんて、こんな楽しい文学作品はないですね!
古典といえば「つまらない」「難しくてよくわからない」というイメージを持たれがちです。
確かに学校の授業で勉強した古典は退屈だったかもしれません。大抵の人は学生時代の印象を引きずったまま大人になるので、改めて古典文学を読む気にならないのではないでしょうか。だからこそ古典に対する世間の印象を変えて読むハードルを下げたかったんです。
『源氏物語』:日本版・海外版の違いがおもしろい
――『源氏物語』は多数の小説家や文学者が訳していますが、なぜ田辺聖子版とA・ウェイリー版を選びましたか?
田辺聖子さんの『源氏物語』は小説のような感覚があり、とても読みやすいからです。
原文を忠実に訳すと非常に難しいのですが、田辺聖子版は現代人にもわかるよう工夫されているのが伝わってきます。遠い存在に思われる『源氏物語』が身近に感じられるのでおすすめの一冊ですね。
A・ウェイリー版の『源氏物語』は、日本版・海外版の違いを比較できるという視点で選びました。
イギリス人が『源氏物語』を日本語から英語に訳したため異国情緒が漂っていて、日本の物語でありながらまったく異なる作品に仕上がっています。その英訳版『源氏物語』を逆輸入の形で日本語に訳したのがA・ウェイリー版です(訳:毬矢まりえ、森山恵姉妹)。
たとえば着物がドレスに、お酒がワインに置き換えられているあたりに海外らしさが漂っているなと。ヨーロッパでは床に座る文化がなく、テーブルとイスが出てくるのも新鮮でした。
その他の調度品全般が西洋風になっていて、まるで『ベルサイユのばら』の世界に入り込んだ感覚になります。
日本版の『源氏物語』に慣れていると違和感がありそうですけど、別の物語として楽しめるかもしれませんね。
――源氏物語のなかで好きなシーンはどこですか?
本当にたくさんありすぎて選びきれないですが・・・・・・、あえて選ぶなら2つあります。
1つ目は、夕霧(光源氏の息子)と雲居の雁(頭中将[光源氏の義理の兄]の娘)のシーン。2つ目が空蝉(うつせみ)のシーンです。
夕霧と雲居の雁は相思相愛の幼なじみでした。いったんは頭中将に引き裂かれるも、紆余曲折を乗り越えて結婚します。
父親と違って真面目な夕霧は奥さん一筋だったのですが、途中で浮気心が出てきて落葉の宮(亡き親友の妻)と不倫してしまいました。
夫がよその女に心惹かれていると気づいた雲居の雁は、夕霧が落葉の宮からの恋文を読んでいるときに背後から手紙をひったくるんです。
「あなた浮気してるでしょ!」と雲居の雁が怒るシーンは、現代の感覚でいうと夫の浮気を疑ってLINEのメッセージを確認するような感じがして好きですね。
光源氏になびかない数少ない登場人物が空蝉です。ある夜に源氏が空蝉の部屋に忍び込み、空蝉はセミの抜け殻のごとく着物を残して逃げ出します。
「女性にモテる源氏でも振られるのか、空蝉カッコいいな」と思ったので、ものすごく記憶に残っていますね。
――もし『源氏物語』の登場人物になれるなら誰がいいですか?
え~、誰だろう・・・・・・。基本的に幸せそうな人がいないから迷いますね。
強いて挙げるなら近江の君です。近江の君は頭中将が庶民の女性に産ませた子供で、光源氏に対抗して養女にしたという経緯があります。
近江の君は礼儀作法を知らなくてお行儀が悪いんですよね。頭中将は「こんなはずじゃなかった」と悔やみますが、近江の君からするといきなり貴族のお姫様としていい暮らしができるようになったわけです。
作中では楽しそうに生活している様子が描かれていて、ちょっと羨ましいと思いました。
『愛する源氏物語』:和歌の奥深さを理解できる
――この本を選んだ理由を教えてください
『源氏物語』に登場する和歌に注目して解説しているのがユニークだと思って選びました。これまでとは違う切り口で『源氏物語』を楽しめる一冊です。
平安時代の貴族のコミュニケーションには和歌が必要不可欠でした。ちなみに『源氏物語』には合計795首の和歌が登場します。和歌に親しみがなければ読み飛ばしたくなりますが、実は物語の展開を左右する重要な部分なんですね。
俵万智さんはそこに注目して和歌を抜粋し、わかりやすく現代語訳してくれています。さらに上手い和歌と下手な和歌の違いも説明していて、『源氏物語』の副読本として活用していますね。
現代人の感覚だと、物語の本文にいきなり和歌が出てくるのは違和感があると思うんです。
でも和歌の意味や役割がわかれば「へぇ、そうだったのか」と納得できるのではないでしょうか。
『愛する源氏物語』をきっかけに、和歌や短歌に興味を持つ人が増えたらうれしいです。
――『源氏物語』のなかで好きな一首はありますか?
夕霧と引き裂かれた雲居の雁の和歌が好きです。
「霧深き雲居の雁もわがごとや晴れせずものの悲しかるらむ」
(意味:霧の深い雲の中を飛ぶ雁は気持ちが晴れず悲しいのでしょう。恋しい人と引き離された今の私と同じように)
「少女(おとめ)」の巻に登場する一首で、この和歌にちなんで「雲居の雁」と呼ばれるようになりました。とてもロマンチックで素敵な歌だと思います。
――『愛する源氏物語』でとくにお気に入りの部分はどこですか?
冒頭の一節がとりわけ印象的ですね。
大まかに意訳すると「源氏物語には795首の和歌が登場し、そこには登場人物の思いが凝縮されているわけで、ある一首が物語を大きく左右することもある」という部分です。
この本に出会うまでそのような視点は持ち合わせていませんでした。
「まさか和歌がそれほど重要だったとは!」と感銘を受けました。俵万智さんのような著名な方が『源氏物語』に出てくる和歌について本を出してくれたのも嬉しいです。
『ミライの源氏物語』:1000年以上前に書かれた物語を未来に読み継いでいきたい
――この本を選んだ理由を教えてください
一言でいうと、物語が描かれた当時と現代との「倫理観」のズレを埋めてくれる一冊だから選びました。もともと山崎ナオコーラさんの小説が好きだったという理由もありますが。
本の帯にも書かれているように、『源氏物語』には現代人だと違和感を覚える部分が多数あるんです。
たとえば男女がお互いの顏を知らない状態で恋愛が始まるとか、ジェンダーや人権の意識が存在しなかったとか、例を挙げればキリがないくらい。
1000年以上にわたって読み継がれてきた『源氏物語』には、違和感を超越した魅力があります。その魅力を余すことなく伝えてくれる副読本として、ぜひ紹介しようと決めていました。
――とくに「これはNG」と感じたシーンはどこですか?
真っ先に思い浮かぶのは、光源氏が幼い紫の上をさらってくる場面です。子供を誘拐するのはもちろん犯罪だし、自分好みに養育したいという下心ありきなのもどうなんだろうなと。
他に挙げるとすれば3つあります。不倫ドラマの数々、末摘花の見た目を馬鹿にするシーン、年配の女性にちょっかいを出して笑いものにするシーンなどですね。
不倫に関しては言わずもがなで、藤壺の女御(光源氏の義理の母)との関係、柏木と女三の宮の密会などたくさんあります。
末摘花は長くて先が赤い鼻を持つお姫様で、正直なところ美人ではないです。彼女の顏を見た光源氏はガッカリして、内心では散々こき下ろします。現代のルッキズムに抵触しますし、ここは読んでいてあまり良い気がしません。
光源氏はとにかく女性関係が派手で、年上の女性にも手を出します。当時は一夫多妻制だったから複数の女性と関係を持つのが当たり前だったとはいえ、「年配の女性が恋愛するなんてはしたない」とあざ笑う光源氏に対して腹が立ちます。
――確かにひどいですね・・・・・・。それでも『源氏物語』が読み継がれてきた理由は何だと思いますか?
文学作品として非常に優れていたからでしょうし、この作品を読み継いでくれていた人々がいたからだと思っています。
1000年前に書かれた物語なんて、歴史のなかに消えてしまってもおかしくないのに、色々な人ががんばって、現代まで『源氏物語』という作品を残し続けてくれたからなんですよね。筆者の山﨑ナオコーラさんもストーリを否定するのではなく、「ここは現代の感覚だと嫌な気持ちになるよね」と感じられる部分を選んで、理由をわかりやすく解説しています。
倫理観に反するからといって拒絶するのはもったいないので、当時はそのような価値観だったと理解したうえで読むといいかもしれません。私も『源氏物語』を未来へ残していくために、必要な読み方をしていきたいと感じています。
古典が苦手な人こそ『源氏物語』を読んでほしい
――どんな人に源氏物語をおすすめしたいですか?
それこそ古典文学に苦手意識がある人に読んでもらいたいです!堅苦しく感じるかもしれませんが、案外そうでもないですよ。
恋愛ドラマあり、人間ドラマあり、権力闘争ありで、複数の観点から楽しめるのではないでしょうか?苦手だからこそ読む前と読んだ後のギャップが大きいはずです。
――そもそも源氏物語を好きになったきっかけは何でしたか?
小学生の頃に捻挫して整骨院に行きまして、そこの待合室で子供向けの『源氏物語』を読んだのがきっかけです。
当時は大人の恋愛事情なんて理解できなかったから、ストーリーよりも優美な世界に魅了されました。長い黒髪と十二単のイラストが美しくて、一目で心を奪われましたね。
後でわかったのですが、私が最初に読んだのは物語の後半部分に書かれた柏木と女三の宮のシーンでした。それから『あさきゆめみし』や現代語訳を読み、源氏物語に夢中になりました。
――これまでに読んだ現代語訳のなかで、一番よかったのはどれですか?
瀬戸内寂聴さんの現代語訳がよかったです。恋愛の描写が情熱的かつロマンチックで、いかにも文学作品らしい風情があっておもしろいなと。
『源氏物語』は訳す人によって個性が出るので、比較してみるとおもしろいかもしれません。古いものだと与謝野晶子さんや円地文子さんなどが現代語に訳しています。最近の作家では角田光代さんのバージョンもありますよ。
まだ読んでいない現代語訳があるので、手に入るものは読み尽くしたいです。
――現在、紫式部が主役の大河ドラマ『光る君へ』が放送されています。登場人物が多くて覚えられないという感想を目にしますが、何かコツはありますか?
推しキャラを作ることですね。誰か好きな登場人物がいると、その人に関連する人物も芋づる式に頭に入ります。たとえば主人公のまひろを中心に主要な人物を押さえれば、それほど苦労しないかもしれないです。
『源氏物語』も同じ要領で人物相関図を覚えると効率が良くなります。平安貴族は狭い社会に生きていて、みんなどこかで繋がっているので。
大河ドラマの世界をより深く味わいたい人は、永井路子さんの『この世をば』という小説を読んでみてください。藤原道長とその周囲の人々の関係がよくわかります。
編集後記
『源氏物語』は1000年以上も語り継がれてきた日本文学の傑作であり、日本人なら誰もが知っているでしょう。しかし深い部分まで読み込んでいる人はそれほど多くないかもしれません。
かくいう筆者も、糸崎さんのお話を伺って『源氏物語』の表面的なところをかじったに過ぎないと気づかされました。
大人になってから古典文学を読む機会がなかった人は、ぜひこの機会に『源氏物語』を手に取ってみてください。単なる恋愛物語ではなく、複雑な人間ドラマを味わう小説としても楽しめるでしょう。