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猫と人の仮面舞踏会

飼主さんからこないだ聞いたお話が面白かったので共有するにゃ!

曰く、「ネット黎明期においてはその人口が少なかったこともあって、一部の好事家が集まるのがその空間であって、また特殊な雰囲気が形成されていたように思う」って。

その特殊な雰囲気っていうのが実にまったりとしていてよかったって!

趣味があう人たちだけの交流空間っていうか、そういう感じで、そこでは誰しもがなんというかあったかい雰囲気だったらしいのにゃにゃ。実名なんて誰も知らないし、互いにハンドルネームーー(つまり記号)で呼び合うだけで、どの地域に住んでいるとか性別とかすらもわからないんだけど、そりゃ面白かったって。

でも、だんだんネット空間が市民権を得るにしたがって、ちょっと困ったことが発生しだしたみたい。

少数の閉じられたコミュニティに外から知らない人が戸を叩くようになるわけなんだけど、匿名空間ならではのマイナスがでてきてメンバーの発言をdisったり、HPの運営者・管理者に対してあらぬ非難がなされたり、といったことがしばしば発生するようになって、結局そのうちにそうしたコミュニティは崩壊していったみたい。

ネットに接続するのに固定電話回線が必要で、且つモデムといったーー今から考えるととてつもなく遅いというかもはやそういう表現すらまどろっこしい代物らしいのにゃが、そういう手間隙というかある種のハードルをクリアする形で参加が果たされていたコミュニティには、やっぱり特殊な仲間意識とか暗黙の礼儀作法みたいなのがあったのでしょうかにゃあ。

いまじゃ携帯電話で誰でもネットにあっという間に繋がってしまえるし、いつでもどこでも簡単にというと勝手はいいみたいだけど、それゆえの安易な発言なんかも、その昔に比べると増えているのかにゃあ。

メディアなどで情報発信を生業とする人たちにとってはネットでの実名出しは必須といった雰囲気もあるなか、一方でいわれなき非難などもあったりして疲弊している人が多いようにも思うのにゃよ。

そうやって消えていったり、更新が止まったままになってるんじゃないか、ってしか思えないaccountがいっぱいあるしにゃ。

でもにゃ、やりようによってはまだ温かい空間が十分作れるはずにゃ。ウチはそういうことを目標にしてーー皆さんと温かい交流をしてそれを循環させたい、という猫なりの野望でいまココに生きているのだにゃ。

誰しもが記号(匿名)で生きるネット世界ではあっても、いつか優しい触れ合い当たり前にできる日が来ることを願う今日この頃なのにゃ。

以下の書は、ネット社会に対する一つの啓蒙がなされています。そんなにそこの住民になって発言したりすることなどに拘らなくても十分生きていけるよ!っていう指南書でもあります。飼主さんが一時ネット空間に疑問をもっていた頃、とても参考になったと言っていた書にゃ! よければ手にとってみてにゃ。ネットがないと生きられないという人がいたら、一番役に立つと思われますにゃ。「ネットなんかなくっても別に生きられるんだ」ってふうに、気持ちがかなり軽くなる本ニャア。

以下は、飼い主さんの新刊です! 2020/05/20刊行の出来たてホヤホヤ


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三毛猫と博士
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