『どくヤン!』第7話「購買部」振り返り
令和最初にしておそらく最後の読書×ヤンキーギャグマンガ『どくヤン!』の協力・仲真による各話振り返りテキスト第七弾です。
・「そもそもどういうマンガ?」という方への『どくヤン!』紹介記事
・コミックDAYS『どくヤン!』第7話リンク(ブラウザからは有料公開になっていますが、コミックDAYSのスマートフォンアプリなら無料チケットでご覧いただけます)
・過去の振り返り:第1話「どくヤン」/第2話「こころ」/第3話「ドッカン」/第4話「派閥」/第5話「箴言狩り」/第6話「共通の話題」
・『どくヤン!』単行本リンク:第1巻/第2巻/第3巻(電子のみ)
『どくヤン!』は、入試フリーでお金もかからず、本さえ読んでいればどんな不良でも存在を許される私立毘武輪凰(ビブリオ)高校を舞台に、そんな学校と知らずに入ってしまった読書好きではない地味な少年・野辺雷蔵(のべ・らいぞう)がいろんな珍体験をするギャグマンガです。
サムシング
私はキャンペーン用の特別なカバーなどを除けば、本を買ってカバーをお願いすることがない徒手空拳読書ノーヤンキーなのですが、世間には様々な読書グッズがあるものです。革製のブックカバー、アイデア満載のしおり、オシャレな付箋やシール等々……。
今回は、そんな読書グッズを野辺が使っているシーンからスタート。クラスメイトが野辺に「なんだそれ」と話しかけます。
前回、私小説ヤンキー・獅翔雪太(ししょう・せつた)に対して、より誠実に向き合わんとした野辺、読書にも精が出ている模様。一方、獅翔はというと……、
本代のために節約しすぎて絶不調。
葛西善蔵の心境をより深く味わうためには、結婚して子をなし、さらに妻子を郷里に置いて別の拠点に住まい、そこで出会った別の女性とも子をなし、酒に溺れたりする必要がある?ので、どうかそこまでは元気でいてください。
ボンクーガー
とはいえ、友人知人と揉めたり和解していたりする感じはすでに葛西善蔵みのある獅翔。SF小説ヤンキー・済馬音雄(さいば・ねお)に施しを受けて野辺と共に購買部に向かいます。
ところが、まだビブ高に知悉しているわけではない野辺は、どくヤン御用達の変形読書グッズの店「ボンクーガー」にたどり着いてしまう。
そこにあるのは当然ながら変な読書グッズばかり。『どくヤン!』初の女性キャラクターも登場しますが、ビブ高時空を生きる奇人です。
笑顔が逆に怖い。
この後、済馬がバイクを駆るシーンがあるのですが、前回の振り返りでも触れたコミックDAYSでもうすぐ公開予定の第26話「本代がかさむ問題」に繋がる描写だったりもしますね(獅翔が食費を切り詰めるのも)。
ブックカバー
ここに食べ物はないと気づいた野辺は、店員さんにブックカバーのコーナーを紹介されますが、そこにも絶対食べられる商品はないと思う。
軽く検索してみた限りでは「食べられるブックカバー」はまだない模様ですが(紙や革も食べるだけなら不可能ではないけれども)、しかし野辺は、そこで食品のような男に出会います。
おむすびのようなビジュアルの絵本ヤンキー・夜見木粕男(よみき・かすお)。ワッペンの「GGD(三びきのやぎのがらがらどん)」や「BIG KABU(おおきなかぶ)」がCOOLです。
本もおむすび。
不良ばかりのビブ高で絵本を愛するのも、それなりの苦労があるらしい夜見木のチョイスがこれ。
冷静に考えると長ランブックカバーでも絵本ってことだけならひと目でバレそうな気も。
そして、第1話(無料で読めます)でも大きめのコマでフィーチャーされていた探偵小説ヤンキー・黒須戸探(くろすど・さぐる)もブックカバーコーナーに。
黒須戸もブックカバーコーナーでひと悶着するのですが、その後ようやく本題を思い出す野辺。店員さんに尋ねると、ボンクーガーにも食べ物の取り扱い自体はあるようなのだが、すでに売り切れとのこと。変形食品なのでしょうか。
万事休す、というタイミングで、なんと夜見木がおむすびを……!
ところが、おむすびが夜見木の手から転げ落ちてしまい、少しは読んでいるとはいえ、読書量の少ないシャバ僧=運動神経が悪い、というのは社会の摂理ですから、野辺もキャッチできずにおむすびは転がっていきます。
そしておむすびがころりんした先には……!
“闇購買”がっ……!!!!
本話は『どくヤン!』初となる前後編なのでした。続く第8話では野辺がビブ高の深淵に足を踏み入れます!
第7話余談①
第6話の振り返りで触れたように、元々はこの購買回が6話目の予定で制作を進めていました。
その内容が固まっていく前に、読み切りの3話が掲載されて連載化が決まってから、カミムラさんと左近さんと4話以降の流れを話し合う機会が何度かありました。以下がそのザックリメモに少し手を入れたものです。
・4話
主要ヤンキーと、1話に未登場のキャラクターも含め、マイナーヤンキーが己のジャンルへの愛を主張。
↓
ヤンキーは下剋上してこそ、という話で地代が目立つ? そのまま北方水滸伝(注:左近さんの愛読書)だけの話でもいけるかも?
そこら辺が整えば、梅庵ネタ、レシピ本ヤンキーと絡む形でよい。
・5話
購買で獅翔と済馬がパンor女性を巡って争う。獅翔vsその他ヤンキー、済馬vsその他でもよいか。特別な本の特別パン、藤澤清造パン。バトルのルールは、その時持っている本ベース。
・6~7、10話
ミステリーヤンキー。クローズドサークルで1話が例外、基本いなかったという話からのネタ。早めに骨格固めて、4話から伏線を張っていきたい?
同じようにオカルトもどこかで。話全体にオカルト風味が出る形で。
・8~9話
本屋ベースで野辺に優しくする女性店員をきっかけにバトル?
書店の祭り、ベストセラー発売をきっかけに日本文学ヤンキーvsベストセラーヤンキーが村上春樹新刊本を最初にゲットする争い。
幅の広い日本文学やベストセラーが上級生だとすると、別学年、別クラスの存在を示唆するのを6~7話でちょろっと出しておくか?
・11話
1巻ラスト? 軽文登場。異世界からやって来た異世界ヤンキー。ラノベはギャグバージョンでは細分化する方向で異世界ヤンキー?
異世界ヤンキーが部活・派活の概念を持ち込み、ラノベ派閥の勢力を拡張するきっかけに?
4話のメモは、最終版のシナリオに近い内容になっていますね。左近さんはこの2019年5月の打ち合わせの時点で、すでに『梅安料理ごよみ』がネタになりそうだと目をつけていた模様。
5話のメモは、私の発言だと思うのですが「藤澤清造パン」(西村賢太が没後弟子を自称する作家)ってなんなんだよ……! ドラえもんのアンキパン的なものだったような気はするものの、この後の具体的な流れは覚えていません。ただ、校内を舞台に変なことをやるという流れは決まったのだと思われます。その後、第5話振り返りで触れたトイレネタが一回ボツになって、現在の箴言回に。
購買を舞台にドタバタする感じは、現在の第7回に受け継がれている気がしますね。あと、話した内容は全然覚えていないものの、藤澤清造パン云々は第8話「闇購買」のシナリオにほんの少し影響を及ぼした可能性があるような気もするようなしないような……。ちなみに獅翔vs済馬は第25話「タイマン」で実現していますね。
6~7、10話のメモは、現探偵小説ヤンキー・黒須戸と、恐怖小説ヤンキー・四津谷海太(よつや・かいた)のジャンル回を早めにやりたい、という相談。当時は「ミステリー」「オカルト」と呼んでいました。この部分については後述します。
8~9話メモ、まだコミックDAYSでは公開されていない第26話「本代がかさむ問題」でようやく明確になった上級生に触れていますね。すっかり忘れていました。この時点では「日本文学」とか「ベストセラー」とかより幅の広い括りを上位概念とする考えがあったことがわかります。実際にはどうなるかは、10月29日にDモーニングで公開予定の最終回をお楽しみに!
本屋は、この時点では校内にある可能性も踏まえて話していたはず。第1話振り返りなどで触れたように、元々の『どくヤン!』はバトルメインの内容で、旧バトルバージョンでは校内の本屋が描かれたこともありました。
不良(ヤンキー)割の率が気になる。
そして、ビブ高に女性生徒がいるかどうかはともかく、単行本第1巻(この時点で出してもらえると決まっていたわけではないものの)の中に一人くらい女性キャラクターがいてもいいのでは? という話になって、野辺の家族等(第8話「闇購買」で母親、第25話「タイマン」で妹の存在は明らかになります)の別案と一緒に書店員さんはどうか――と私かカミムラさんが言ったような。最終的には校内には書店がない(ないしはあっても未登場)という形に落ち着きましたが、第11話「SF警察」で校外にある毘武輪凰書店が登場することになります。
11話メモのライトノベル編は、現在の第9話と第10話の部分ですね。異世界転生をメインにする、というのはその後のシナリオにも残っている部分。詳しくは9・10話の振り返りに譲りますが、「軽文登場」の「軽文」はライトノベルヤンキーの名前です。バトルバージョンの『どくヤン!』は、主人公の私小説ヤンキーがビブ高のトップに君臨する総番を倒さんとする筋で、その総番がライトノベルヤンキー・軽文読(かるべ・よみ)でした。
軽文にも複数のバージョンがあるので、後日紹介予定の画像とは別のネームからチラッとご紹介。
第7話余談②
続いて、ミステリーとオカルトのジャンル回について。
ジャンル回については、早めにやりたいという思いはありました。しかし、仮に連載が始まって、読書家の方々に読んでいただけることになった場合、我々の読書量・知識量で恥ずかしくない内容を書くのは難しいのでは……という懸念も同時に。自分たちで「いけるかな?」と思えるのはカミムラさんのSFや藤沢周平、左近さんの北方水滸伝や西村賢太くらい、といったところでしょうか(私は役に立たない)。
ただ、そのこと自体は連載前から分かっていたことでもあるので、濃いエピソードが必要なときは、詳しい方にお力を貸してもらうことも視野に入れていました。そして、少なくともミステリーについては、評論家レベルで詳しいと言って差し支えないだろう方に心当たりがあり、できないこともないか……と思っていたりもしたのです。しかし、連載が始まってみると「人に相談しながらやっている場合ではない」となったのか、記憶が定かではないものの、一旦ペンディングに。
その後、ミステリー回的な小ネタはショート集の第14話「賀読 他四篇」、オカルト回は第12話「百物語」で形にはしています。ただ、四津谷はまだしも、黒須戸については第1話で大きめにフィーチャーされているので、ずっと目立つ機会がないのも……と登場することに。第8話の闇購買回がかなりカオスな内容になりそうだったので、その水先案内人として珍推理を黒須戸にさせながら進めてはどうか、とカミムラさんが提案されたはず。
第1話の黒須戸
第1話の四津谷は名前すらない。
「クローズドサークルで1話が例外、基本いなかったという話からのネタ。早めに骨格固めて、4話から伏線を張っていきたい?」というメモは、黒須戸の命名が「クローズドサークル」から来ているので、ミステリー回をやるなら黒須戸がいつの間にやらクローズドサークルの中に閉じ込められていた――という筋にして、その伏線として、黒須戸はミステリー回まで登場しないようにするか? という話し合いをしていたため。結局はペンディングとなったことで、第4話「派閥」にも普通に登場しています。
第4話はツイッターでも公開しているので、ぜひ黒須戸の姿を見つけてやってください。
あと、余談中の余談ですが、専門筋は「ミステリー」ではなく「ミステリ」な印象があります。本稿で「ミステリー」としているのはその点を踏まえております。
第7話余談③
そんなこんなで現在の方向性になった第7話、打ち合わせ終わりのカミムラさんのメモが残っていました。
パンを買いに購買へ〜本関連グッズを見て回る
購買が異様に発展している
(書店は校外店として別の回に)
ライトつきしおりやスワンタッチなどの実在のグッズも紹介…?
短ラン・長ランブックカバー
刺繍入りの特定本専用ブックカバー(ネタバレがあって怒りを買う)
特性スピン、ふせん、鉄製栞(職人がいる)
バイク用ブックスタンド
ヤンキーグッズ兼読書グッズ
メリケンサック→ブックスタンド
本棚から分解して殴れる角材
移動式読書室、防音・防弾・防刀
野辺がスられた本を取り返しに地下の闇市へ?
引きで次回へ…!
本編をお読みいただければ、かなり具体的に話し合って、そのメモに忠実に左近さんがシナリオを作成しているのがお分かりいただけると思うのですが、カミムラさんがネーム段階で加えた変更もいくつかあります。大きなところで言うと、一点物ブックカバー職人の男性の登場でしょうか。シナリオではこの作業も女性店員が担当していましたが、黒須戸とひと悶着を起こした挙げ句の供物とされるべく、別の人物が立てられた格好です。
このメモから本編に収録されずに終わったものの、その後たびたび打ち合わせで話に上がったのがスピン(栞紐)です。
このスピン、旧版では印象的なアイテムとして登場するので、ギャグバージョンでもどこかで出せれば、という思いがありました。
私だけの話かもしれませんが、個人的には全ての本にスピンが欲しい。しかしない本がたくさんあります。逆に言うと、後から足す余地があるわけで、学ランの裏地にこだわるように、ビブ高のヤンキーが愛好する本にめいめいオリジナルのスピンを付ける文化があり、「スピン職人」が存在するという設定が旧版にはありました。
旧版ネームより。獅翔とバトルになるも一蹴して書店に向かった軽文が会計時に懐中の本について尋ねられる。万引きしたものではない証拠に、ライトノベルには通常付属しないスピンが付いていることを示そうとしたところ、獅翔の打撃によってスピンが切れていたことに気づく――というシーン。
一旦最終回を迎える本作ですが、私自身は今後神風が吹いて、スピン職人にスポットライトが当たる回が制作される可能性を諦めておりません(笑)。
第7話余談④
この回で黒須戸と共に存在感を発揮するのが、絵本ヤンキー・夜見木粕男です。第1話でジュブナイルヤンキーが描かれていることもあり、少なくとも私は絵本はあまり念頭になかったのですが、短ランブックカバーと「隠そうとしているけど隠れない」という話になったとき、「ヤンキーとしては絵本は恥ずかしいかも?」と連想されたような……。
単行本第1巻収録のおまけマンガとプロフィール。
この夜見木、官能小説ヤンキー・伽乃桃春(とぎの・ももはる)のように、出落ち感強めと言うか、おむすびをころりんさせて野辺と獅翔と黒須戸を闇購買へ誘うため(だけ?)に生まれたのに、その後伽乃と並んでなくてはならないバイプレーヤーになります。
そして、夜見木がいなければ、今回の「今週の一冊」が『おむすびころりん』になることもなかったでしょう。
その結果&カミムラさんが、原稿でたくさんの『おむすびころりん』を描いてくださったことで、なんと一番下にある同作の作者である、令丈ヒロ子さんと真珠まりこさんにご覧いただくことができたのでした。
ちょうどその一月前に映画『若おかみは小学生!』の地上波放映があり、個人的にも原作を書かれた令丈さんのお名前を目にする機会が増えていた時期だったので、本当に驚きました。
単行本には上画像のような登場書籍の紹介リストがあるので、自作が登場するとは知らずにご一読いただき、リストを見て気づかれたのかもしれませんが、それならそれでよりビックリ。1巻では先に挙げた恐怖小説ヤンキー・四津谷の初登場画像で隣にチラといるだけのジュブナイルヤンキーにも着目していただき、驚き&感動でした。ありがとう夜見木。
note版「今週の一冊」その7
『怪盗ルパン全集 奇巌城』
この流れなら、『おむすびころりん』か、そうでなくても絵本だろうが……! という流れかもしれないのですが、私には自分でも信じられないくらい幼い頃に読んだ絵本の記憶がありません。
本好きとして育った人間だとは思いますし、そんな人は大抵幼少期に絵本に親しんでいるものだとも思うのですが、なぜか記憶にない。知っている絵本も、中学生以降に読み返したor初読であったかのような感覚なのです。
で、なぜ中学生以降なのかというと、小学生時代の私が夜見木ばりに、絵本を読むことにはなんの恥じらいもねーんだが、それでナメられて粉かけられんのが面倒だから――というわけではなく、単に学校の図書室の蔵書を読むのであれば、「活字の本を読んでる方がかっこいい」とか、そんなダサいことを考えていたのだと思います。実際に高校生くらいの時分に一周回ってる読書家のポーズとしてエドワード・ゴーリーとか読んでいましたし(ゴーリーに謝りたい気分です)。
そんな私が小学生時代、一番最初に読書に没頭した経験として記憶しているのが、南洋一郎によるポプラ社の『怪盗ルパン全集』でした(『奇巌城』はその第一弾)。上記古書店のリンクにある画像とまったく同じものだと思います。
読んだという記憶があるだけで内容はさっぱり覚えていないのですが、昔も今も遅読で、その割に内容を覚えていない最悪の脳の持ち主である私が、毎日怪盗ルパン全集を読み進めていく中で「60ページ読み進んだ!」と感動した記憶は妙に強く残っています。虚偽記憶かもしれませんし、そもそも毎日同じくらいの時間読んでいたとも限らないので、比較対象があっての感慨なのかも分からないのだけれど、とにかく60ページというのが頭にある。ついでに言うなら62ページだった気がするけど、1の位になると途端に不安がよぎるので本当に信用できないエピソードなのですが……。
ともあれ、私は絵本に比べて背伸びしている感じのオトナな読み物として南ルパンを選んだはずなので、後年、モーリス・ルブランのそれと南ルパンとは大きく異なることを知ったときは愕然としたものでした(笑)。福島正実などでも有名な「子ども向けリライト」という概念自体、私は成人近くまで知らなかったような。
でも、本当に熱中して――ページ数の進み具合を気にする程度には遅々とした歩みでしたが――読み進めていたので、内容や記憶の有無はともかく、自分にとっては非常に特別な作品であることは間違いありません。今読み返すなら、ルブラン版ではなく、あえて南ルパンからもう一度読んで、その後ルブランに立ち返ってみたい。そういえば南ルパンでは「シャーロック・ホームズ」がそのままシャーロック・ホームズだったような(ルブラン版では別の名前に)。
次回は今でもおそらく『どくヤン!』最大の問題作として挙げる方が多そうな闇購買回です。協力tkqの謎も明かされる(というほどでない)!