2021年・今年の10冊
これは「自分が今年読んだ本の中から10冊を選んで振り返る」という企画です。今年読んだ本から選ばれるので今年出た本とは限りませんし10冊になるとも限りません。
本年の結果は以下の通りです。
スチュアート・D・ゴールドマン『ノモンハン1939』(みすず書房)
そうか下克上って日本特有の悪なのか……という気付きがあった。確かに中国産でもないしキリスト教世界にも見かけないな。当たり前ながら「弱いものが強いものを倒して痛快」なんて単語ではないからな。そりゃ日本軍もあかんようになる。
エドワード・ケアリー『おちび』(東京創元社)
主人公の半生の物語なのでここに書かれていない時期にもたくさんおもしろエピソードがあったわけで、それを語らなくても主人公の人生として存在するんだぞと教えてくれるパワーがあって、だからこれは歴史小説です。
クリストファー・イシャウッド『いかさま師ノリス』(白水社)
ノリスは本当にどうしようもないいかさま師なのだがこの後に来る戦争の時代を愚痴をこぼしながら生き延びるに違いないしまだ今もどこかでちっとも元気ではないと愚痴りながら元気にしているような気がする。関わりたくない知り合いが増えてしまう。
ピーター・ウォード/ジョゼフ・カーシュヴィンク『生物はなぜ誕生したのか』(河出文庫)
素人の科学ファンをやっていて良かったと心の底から思わせていただいたので満点です。そのうちこの説もひっくり返る日が来るのでそのとき新しく出る本を読むとき、きっとこの本を読んでいて良かったと思うだろう。
ポール・アルテ『金時計』(行舟文化)
「黄衣の王」原作をちゃんと読んでるなという信頼感がある。カーファンだけでなく黄衣の王(原作)ファンとしても勝手に親近感を感じている。「黄衣の王」を読んでいてほんとうに良かった。ありがとうございました。
R・L・スティーヴンソン&ファニー・スティーヴンソン『爆弾魔』(国書刊行会)
言われてみるとアーサー・マッケンとも似ている(というかマッケンがこっちに似ている)し結果として『怪奇クラブ』はなんだそうかそうだったのか!全部嘘だったのか!という気付きがあった。平井さんは勘違いしてたのではないかと思う。
アンドルス・キヴィラフク『蛇の言葉を話した男』(河出書房新社)
感想文を書いたので読んで下さい。
本朝でもものすごく関係があるよな。日本では起こりえない出来事だと思っている人とは同じ次元に住んでいない。
チョン・ミョングァン『鯨』(晶文社)
韓国史と関係がある部分についてはこれまで韓国文学を読んでいたあたりでだいぶ予習ができていたのでこれは過去の自分に感謝するところ。でかいものを作って壊す話なので読むとカロリーを大量消費する。ものづくりの話ですって言ったらみんな騙されて読んでくれねぇかな。それだけじゃ終わらない部分に打ちのめされてほしい。
ローラン・ビネ『言語の七番目の機能』(東京創元社)
割と品がないぞという話をしたほうが良かったかもしれないが実在の登場人物に訴えられたりはしてないと巻末に書いてあったので大丈夫だろう。少なくともうそを書いてるという理由で訴えられる心配はいらないフィクション。
ハンス・ファラダ『ベルリンに一人死す』(みすず書房)
一番怖かったのは警察側の責任者が失脚して復帰するまでの一連の流れ。お笑い用語で天丼っていうらしいですね。あまりにもテンポ良く進むのも含めて鮮やかな笑いを生んでおぞましい。第二部で巻き込まれるクズ男の顛末も主人公が出てこないのに抜群に面白くて作者は娯楽小説が圧倒的にうまい。
ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』(白水社)
あまりにも面白いので途中からもういい加減にして下さいと泣きながら読んでいた。ろくでもないやつはたくさん出てくるがいいやつもたくさん出てくるしそのリストは完全に一致している。気がつけばアンゴラの二十世紀後半にも立ち会っていた。
【中篇部門】
ロジェ・カイヨワ「ポンス・ピラト」(『ポンス・ピラト』(景文館書店)所収)
結末に心から感動した。次のガンダムの新作にはU.C.で同じことやってほしい。
【短篇部門】
エトガル・ケレット「銀河の果ての落とし穴」(『銀河の果ての落とし穴』(河出書房新社)所収)
あまり細かいことを言いたくないので表題作をとにかく読んでいただきたい。21世紀のためにある作品だと思ったしたぶん19世紀でも6世紀でも同じことを思っている。
【やらかし探検隊賞】
地球部門 ウィリアム・ブラウニング・スペンサー「斑あるもの」
(エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち〔上〕』(新紀元社)所収)
地球外部門 クラーク・アシュトン・スミス「ヨー・ヴォムビスの地下墓地」
(『魔術師の帝国《2 ハイパーボリア篇》』(書苑新社)所収)
探検隊が優秀だと怪物が出てこられずに終わってしまい話が続かないのはわかるが、それはそれとしてこれらの作品はあまりにもスカタンで嬉しくなってしまったので受賞。このあと人類が無事滅亡しそうでわくわくする。
【補足】
Q.10冊じゃないんですけど
A.この場合の10は「いっぱい」という意味なので問題はありません。
日本では8は多数を意味する数だとボルヘスも『幻獣辞典』の八岐大蛇の項目で書いています。これは今年も面白い本をいっぱい読んだぞという儀式なので実際に10冊であるかどうかは問題ではありません。