冬の寒さがやってくる頃 熱を失った空気は清涼な匂いを帯びる おれはその匂いを鼻に吸い込むたびに 凍り付いた記憶が瞬き 鼻を鳴らして自分を嘲る おれはなんと勝手な男だろうか、と 一度は捨てた想いごと 落花とした心を拾い上げてもう何年も離せない 諦める事を諦め 諦めきれないまま首を垂れる 悔恨を懺悔して贖いを求めている 贖うべき罪の名は惰弱 動くべき時に動けず 動くべきでないときに動く 心の弱さと頭の弱さ だからこそおれの贖いは徹底されるべきなのだ 徹頭徹尾おれの罪なのだから
あなたの姿はたち消えて それでもどこかであなたを探して あなたはここに居るはずないのに それでもどこかにあなたを見てる 可笑しな私を笑ってください サワークリーム サワークリーム 酸っぱくて辛い 甘さなんてどこにもないや サワークリーム サワークリーム しょっぱくて酸味 逃げ出したのは私が先です あなたの声が薄れはじめて それでもあなたと逢えたらなんて あなたは私を忘れてるのに それでも私はあなたを覚えてる 愚かな私を嫌ってください サワー
太陽 夏の故郷が目の裏に見える 日差しと、青空と、白雲と、公営住宅 砂浜と、海岸と、山と、展望台 日暮れと、漁港と、廃墟 工場と、港と、橋 おれは心休まらぬこの場所を嘆く 倒れている部屋の中で故郷を思い出す あの場所に居たい そう思うのは 残してきた心を晴らしたい気持ちもあるのだろう 故郷の陽を受けた君の笑顔を幻視した 月に恋した大莫迦者 水面に浮かぶあなたを見て その輝きにときめいた 水中へ飛び込んだって 水の網に留められるのでしょう 空に浮かぶあなたを
【サビレタウタ】 かつてそこには人が居た 今はもう昔のこと 愚痴っぽいやるせないウタはもうはやらない 後悔したくないからと言って弾くウタには 過ぎたことの想いばかり 昔馴染みが立ち寄ったら 何をウタえばいいのかも忘れた 色褪せた服を着て 手に入らないものばかり ただただ数えるだけのウタ いつかそこには人が居た 今はもういないのに 皮肉っぽい暗がりのウタはもうみてられない 本心だって言って口ずさむウタは 今も続く想いばかり みない顔が立ち寄っても 何をウタってるかわからな
走り去って 捨てられた思い出に縋る僕だから そんな重荷は全部ここに置いてって 愉しかった思い出も 嬉しかった出来事も 腹立たしい記憶も あの時の涙も 僕の言葉と名前たちも ここから去る僕の所へ置いて行っていい そしたらきっと苦しむことは僕だけが負う 愛おしい過去に縋る僕だから 僕のことは捨て去って 光り輝く君の道に僕はいるべきじゃない 吐き出してしまいそうな愚かしい僕はおいて行って 孤独でしかいられない弱い僕を捨て去って 君を傷つける僕を投げ打って 一人で狂った僕から逃げ去
Don't love me, I love you. 聞こえますか?聞こえますか? 聞こえるのならどうか聞かないでください 聞こえますか? 聞こえるのならどうか、どうか聞かないで 私のこれからいう言葉をどうか聞かないで 私はあまりに辛くて 私はあまりに苦しくて あなたにこの声を聞かせたくて それがあまりに厭で だからどうか聞かないで そしてどうか忘れないで そしたらどうかきれいさっぱり私を忘れて 私はあなたを幸せにしたい だからどうか私を憎んで 私はあなたのそばにいた
復讐と怨恨 人を恨んだことは無くて 自分を恨み続けた できないことは全て自分のせい 人生は自分の罪を数え上げる苦行 自死は他者へあまりに無責任だし 怪我や事故は迷惑極まりない それでも慰めを求める心を おれはいつも許せなくて 自分を恨み続けた 努力に向かえない俺の不真面目や 動けない俺の不健康や 叶いもしない俺の恋心は 俺はいつも卑しく思えて 自分を恨み続けた 呼吸もできない苦しさや 一人でおかしくなるつらさや 何もできない虚しさは 俺はいつも責任を感じて 自分を恨み続けた
喜びが苦しい時 日差しの中にいると 時折苦しくなる 輝かしい余韻に浸ると 今の切なさが寂しくて 愛おしい幻想も 恐ろしい観念になりそうで この全てが どこか 怖い そういう時は大きな喜びに眩暈を起こして 光る余韻に溺れかけて 甘い想いに胸やけを起こして どこか 遠くへ 逃げようとしている そういう時は夜風を浴びて 曇った夜空やまばらな星々を見て 薄明かりの月光浴びて ちょうどいい光の中で 漂流するみたいに 何にも 考えず ただ上を見上げている そのうちきっと喜びを受け入れて
包装 たい焼きを買った 小さな町の個人商店 花柄の包装が懐かしい 包まれるものは温かく 包む紙は薄くとも 三時過ぎの日差しの中 たい焼きを一個オマケしてくれた 花柄の包装が温かい 後でそのたい焼きを食べた時も 包まれたものは温かかった 剝がされた包装も温かかった 私はそれがよかった たとえ包まれるものが冷えていても 包装は温かく包むものでありたい 風を 風が吹いていた 風は私の頬をぬぐって その先の未来へ吹いていった 風が吹いていった先には 涙を落とす音がある 関が切
夏だった空 ひどくあつい夜だった 夜霧の降りる街を見下ろし 空にかかる靄を眺めて 満月 しっとりとして 鼻に清涼で湿った夏が残った 夏 私は苦しかった 閉じ込められた室内での優柔不断な心の機微に ずっと囚われていたようで 夏 雨に濡れる雨どいの黴の臭いとともに腐った 心も濡れて黴が生えてた 夏 けれどもやはり私は愛している 優柔不断で不安定で勇気のない踏み出せない私は それでも甘い愛の中に溺れていたい 夏 悩みを愛してしまうのはなかなかに罪だよ だから私は悩みではなくその下
傷 一つ 傷がついた 一歩 前に歩んだ 裸足の歩みは 路端の小石や 薔薇の棘に 傷つく 美しい薔薇の 痛々しい棘は 近づかなければ刺さらない 美しい薔薇の 美しい花弁の中の秘密は 近づかなければ開かれない 路端の小石は 留まっていれば刺さらない 眼前の道は 留まっていれば進まない 私は靴を脱ぎ棄てて 薔薇のもとへ歩こう たとえ愚かだとしても 私はこの傷をすべて愛そう たとえ苦しくとも 私はこの傷をすべて愛そう 心破れてすべてを忘れそうになるだろう そしてまた、この覚悟をする
福音 打ち捨てられたような心持もきっと気のせい 壊れた破片を拾いなおすことは どれだけ難しいことだとしても 苦しさも辛さも あなたを苦しめるあなたの心も きっとあなたの気のせい 自責を生み出す言葉を拾わないで どうせ夢見るのなら そこにある空を眺めて そこにある雲を望んで そこにある星を夢見て その言葉は傷をつけるものでもあり その言葉は傷に触れるためのものでもある ゆっくりとあきらめて気のせいなのを理由をつけて ここから逃げ出したくて どこかへ帰りたくて 苦しくて 言葉か
沈黙 黙っていれば傷つけない 黙っていればそこにいない 黙っていれば無実になれる そういう卑怯な手で 私はいつも去ろうと 心を踏み潰すのだ 黙っていればいいのに 黙っていたいだけなのに 黙って消えればいいのに 踏み出そうとする心を 秘境にも私は 踏み潰すのだ 残るのは 沈黙だけ 消失 ほしいものができたのなら消え去る うれしいことがあったのなら消え去ろう 楽しいことの前から消え去ってしまおう 私がいない方がよいと心の奥底から聞こえてくる あたまがおかしくなるくらいに 素
離さない 夜は沼だ 沼の底から手が伸びて 私の心を引きずり込む その手はかつての私の呪い 「いつだってここに戻ってくる」 「永遠にここに戻ってくる」 「どうやったってここに戻ってくる」 深い深い深い深い深い 沼の底 生暖かく 重く 呼吸できない 眼を開いても 何も見えない 声を掛けられても 何も聞こえない 口から洩れる 謝罪の吐息 何もできない 心を沈めて 私は私の死骸によって 私の心が殺されてゆく 私は私の呪いによって 私の心は沈んでゆく 私は私の意識によって 私の心は崩