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アナンのチャートマサラ

大きなヤギ肉の塊をニンニク、生姜、スパイスとたっぷりの油でマリネしてそれをチャパティで包み、バナナリーフでラッピングしたものを紐で結びあげ、だだっ広い砂漠の真ん中で大きな穴を掘りその中に放り込んだ。その中には熱々に焼いた石が何個か入っており、肉の塊を放り込んだあとは周りの砂漠の砂をかぶせ数時間待つ。真っ赤な夕焼けが辺りを覆い、満点の星空のカーテンがかぶさる頃にまた穴を掘り起こす。ほろほろに焼けた肉の塊が出てきた。

 タンドリーチキンのルーツを辿る旅に出た時にラジャスタンの砂漠で穴を掘って肉を焼いてみた。その時にマリネしたスパイスはチャートマサラ(chaat masaka)と呼ばれるもので独自にブレンドしたものであった。アムチュールといった酸味が効いた青いマンゴーのパウダー、爽やかで柑橘のような香りがするコリアンダー、硫黄のような匂いがするブラックソルト、スーと鼻に抜けるミント。そのほかにも様々なスパイスをブレンドし作られていることが多い。独特の辛味、塩味、香り、味。香りだけではなく味もしっかりおしているのでそれだけ舐めても美味しい。

 chaatとはインドの言葉で「舐める」ということを意味しているのでチャートマサラを説明するときは指を舐めるほどの美味しさと人に言うことが多い。チャートマサラが正確にいつ誕生したかは謎が多いが、一説によると16世紀ごろのムガール帝国の時代、コレラが蔓延した時、時の皇帝シャー・ジャハーンも体調を崩したそうで彼の料理番が胃に負担が少ないものを食べさせるために考案したと言われている。同じ時代にデリーのチャンドニーチョークに登場したのが今では世界最大のスパイスマーケットになっている「カリ・バオリ(khari・baoli)」である。新たに誕生したスパイスブレンド「チャートマサラ」はきっとその時のスパイス屋をも魅了してそれぞれがオリジナルのチャートマサラを作ったのであろう。今でもカリバオリの店々ではそれぞれのオリジナルのチャートマサラを販売している。ほとんどのスパイス屋が10代近く続く老舗である。チャートマサラの美味しさや使いやすさはデリーから広がり、今ではインドのストリートフードはチャートマサラなしでは作ることができないほど大切なスパイスミックスになっている。私の中のインド味と言えばチャートマサラである。

 肉の塊にチャートマサラを塗りたくるためにカリバオリの良さげなスパイス屋十数店舗でチャートマサラを仕入れ、それぞれを分析して独自の感覚と好みを加えどこよりも美味しいものを作ろうとブレンドしたのがアナンのチャートマサラである。

 爽やかさ、美味しさ、程よい辛さ、そして何よりももう一度食べたくなる美味しさ。

 私はアナンのチャートマサラは結構良い出来だと思っている。

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