【2024年ベストアルバム】 #2 『Odyssey』 ヌバイア・ガルシア
今年聴いたアナログレコードの中から、2024年の私的ベストアルバムを数枚選ぶ【2024年ベストアルバム】。
2枚目は 2024年9月にリリースされた女性サックスプレーヤー、ヌバイア・ガルシア(NUBYA GARCIA)の『Odyssey』です。
快進撃を続けるUK Jazzムーブメントの中核に位置するヌバイア・ガルシアの2020年「Source」以来の待望の新作です。
『Odyssey』NUBYA GARCIA
アナログレコード2枚組、全13曲、2024年9月発売
genre ; UK Jazz、Reggae、dub、R&B
エスペランサ・スポルディングとヌバイア・ガルシアの来日
本項の執筆中にタイミングよく、2人の旬な英米の女性ミュージシャンが来日しました。
1人は前回ベストアルバムとしてセレクトした『Milton + esperanza』をリリスしたエスペランサ・スポルディングです。
運良く完売となった11/4のBillboard Live TOKYOの彼女の来日公演を観ることができました。
アップライトベース、エレクトリックベースを持ち替え、さらにピアノ、ギターの弾き語り、そしてダンスまで披露する彼女の姿は神々しく、まさに珠玉のライブでした。
今回は彼女を語るのが主題ではなく、詳細はまたの機会としますが。
そしてもう1人が今回の主役ヌバイア・ガルシアで、10/28より3日間Blue Note Tokyoで6回のステージを開催したのです。
偶然ですが、この2人今回ご紹介するヌバイア・ガルシアの『Odyssey』で共演していたのです。
エスペランサ・スポルディングの参加
前回紹介した『Milton + esperanza』(ミルトン・ナシメント&エスペランサ・スポルディング)にはUKジャズの重要人物シャバカ・ハッチングスが参加していました。それに続く形でエスペランサ・スポルディングは本作『Odyssey』にゲストボーカリストとして参加、やはりUKジャズを引っ張る存在のヌバイア・ガルシアとコラボしたのです。
それが本作『Odyssey』でオープニングを飾るDawn(1)。
エスペランサのボーカルに寄り添うように、ヌバイアのサックスがユニゾンで重なり絡み合います。
英米で今輝く女性ミュージシャン同士の出色のコラボとなりました。
ジャズの主流と言えば長らくアメリカでしたが、ここ数年のUKジャズの盛り上がりは無視できず、流石に常に先端を走るエスペランサもUK勢との交流が当然の流れとして実現したわけです。
カリブ海のDNA
ヌバイア・ガルシア(Nubya Garcia)は、イギリスの女性テナーサックス・ミュージシャンで1991年生まれの33歳。
ガイアナ人の母親とトリニダード人の父親の間に生まれました。ガイアナは南米の小国ですがカリブ海沿いに位置し、トリニダード・トバゴはカリブ海の島国でカリプソが生まれた国。
トリニダード・トバゴはイギリス領、そしてジャマイカもイギリス領で英連邦王国、その関係で多くのカリブ移民がイギリスに流入し、同様に音楽も流入したのです。
「1940年代後半から1960年代前半にかけて、何千人もの男女や子供たちがカリブ海の故郷を離れ、その結果、今日のイギリスが形成されることになった。1948年に制定された英国国籍法により、大英帝国の人々に市民権を与えることができたからだ。ジャマイカのレゲエやダブ、トリニダード・トバゴのカリプソやソカなどのサウンドを持ち込んだ」とダウンビート誌に記載があります。(Oh!Jazz)
まさにヌバイアの両親達がその世代で、現在大きなムーブメントになりつつあるUKジャズにおいて特徴的なのが、カリブ海の音楽からの影響です。
ヌバイアの若い頃はカリブ海発祥のレゲエやダブ、カリプソやソカ、そして『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が家でよく流れていたと言います。
またまだ4歳の頃「ボブ・マーリーのThree Little Birdsをかけてってリクエストしてたんだって」とも語る程、レゲエ、ダブなどと幼少から親しんだのです。
好きなミュージシャンとしてボブ・マーリー、ブジュ・バントン、キング・タビー、ホレス・アンディなどをあげています。
余談ですが、ボブ・マーリーを世に出したクリス・ブラックウェルも、60年代前半にジャマイカで立ち上げたアイランズ・レコードをイギリスに持ち込み、レゲエの前身となるスカを欧米に広めたのです。最近出た彼の自伝「アイランダー クリス・ブラックウェル自伝 ボブ・マーリーとU2を世界に届けた男」もレゲエの発展を読み解く鍵ともなる必読書です。
それらの音がヌバイアの親世代を直撃しており、そのDNAが血肉となり彼女の音楽にも息づくのです。
そして、今やヌバイア・ガルシアはエズラ・コレクティブ、シャバカ・ハッチングスなどと並ぶUKジャズのリーダ的な存在になったのです。
ヌバイア・ガルシアはジャズ畑の出ですが、そのサウンドはジャズに留まらず、レゲエ、ダブ、R&B、ガレージロック、クラシック、ドラムンベースなど多彩なジャンルを横断しています。
ジャズだからと聴かず嫌いになるには勿体無い、病み付きになる刺激に満ちたサウンドです。
DUBの影響
特に、ヌバイアのサウンドからはダブから影響が濃厚です。
ダブ(DUB)はレゲエから派生した音楽ジャンルであり、リミックスの元祖とも言われています。1968頃にキング・ダビーがレゲエ音楽のミキシング作業をする際に、強くエフェクトをかけたことによってできたたのが、ダブと言われていますが諸説あります。
本作のTriumphance(12)もレゲエ、ダブとジャズをシームレスにミックスしたUKジャマイカン・テイストのナンバー。
ヌバイア自身の語りに、ジャマイカルーツの女性シンガーのザラ・マクファーレンなどが濃厚なコーラスを被さるいかにもなレゲエ感が満喫できます。
来日公演と同じメンバーによる最新ライブ映像から。
Source
そんな彼女の魅力が爆発しているのが、この2020年に出演したTiny Desk concertでのライブ映像。既に310万回リピートされており、ここではジャズと言うより、レゲエ、ダブ色が濃厚です。
彼女を世に知らしめたのが、2020年にリリースされてイギリス最高峰の音楽賞と言われるマーキュリー・プライズにもノミネートされた「Source」です。これがUKアルバム・チャートのトップ30に入り、ピッチフォークの「Best New Music」を獲得するなど絶賛を受けました。
日本でもMusic Magazineの年間ベストアルバムでジャズ部門で3位となり、自分にとっても愛聴盤でした。
このタイトルチューンSourceもやはりレゲエ&ダブテイストが強烈な曲。
1990年代にはジャマイカまで旅した経験がある程、当時はレゲエにハマっていた自分もハートを射抜かれたような気がしました。
ジャズとレゲエの融合をここまでナチュラルに昇華するサウンドは、彼女ならではでしょう。
Khruangbinとのコラボ
「Source」でシーンのど真ん中に躍り出たヌバイアは、2022年には世界最大レベルのフェスGlastonburyに出演。
昨年2023年6月には今年フジロックで人気を博したKhruangbin(クルアンビン)とのコラボライブアルバム『Live at Radio City Music Hall』をリリース。ロック界からも熱視線を浴びる存在になっています。
本作でシングルとなったThe Seerもロックと言っても差し支えない疾走感のある、UKガラージを連想させるナンバーです。
音楽を作る黒人女性を支持し続けたい
「私は音楽を作る黒人女性を支持し続けたいし、世界中のもっと多くの人たちが彼女たちをサポートし、機会を与えてくれることを願ってる。」(Rolling Stones)
本作にはエスペランサ以外にも女性ボーカリストやミュージシャンが多く起用されています。
Set it free(4)にはKOKOROKOよりRichieがボーカルで参加、さらにリーダーのシーラ・モーリスグレイ(Sheila Maurice-Grey)がトランペットて参加しています。
KOKOROKOはUKのアフリカン・ファンクバンドで、男女混合で管楽器は女性という個性的な編成です。
UKジャズは他のジャンルとも軽々と融和し、ボーダーを飛び越えてミックスされ進化し続けます。
アメリカでジャズと言えば、若干堅苦しい硬骨漢の印象ですが、UKジャズはより柔軟で自由で、ジャズという言葉は忘れて楽しんだ方が得策です。
イギリスではアシッド・ジャズのようにジャズと言う言葉を、ジャズではない音楽にもつけてしまう伝統的気軽さがあり、むしろクラブ・ミュージックやDJカルチャーと結びついたシーンと理解する方が自然でしょう。
例えば90年代にはサックス奏者のコートニー・パインはジャズ・ミュージシャンながらファンクやレゲエなどを取り込み、DJからも支持されました。
トゥモローズ・ウォリアーズ
そしてロンドンにはトゥモローズ・ウォリアーズと言うカリブやアフリカンからの移民や貧困家庭の若者、女性などをミュージシャンに育成する団体があり、UKジャズにも多くのミュージシャンを輩出しています。
このトゥモローズ・ウォリアーズは元コートニー・パイン・バンドのギャリー・クロスビーらが創設しヌバイアもそこで学んでおり、シーラ・モーリスグレイ、ザラ・マクファーレンなどはその同窓生でもあり、Ezra Collectiveのメンバーともここで出会いました。
さらに女性がもう1人、Brainfeederからアルバムを出したネオソウルシンガー、ジョージア・アン・マルドロウ(Georgia Anne Muldrow)がボーカルゲストとしてWe Walk In Gold(7)に参加しました。
これなんかはサックス奏者というより、R&Bの作曲家としても彼女の面目躍如という感じです。
Chineke! Orchestraの起用
タイトル曲のOdyssey(2)は彼女の新基軸となるオーケストラの起用となります。元々はバイオリン奏者で、後にロンドン学校交響楽団(LSSO)でビオラを演奏していた彼女はクラシックがベースで、その素養が生かされたのです。ここではヨーロッパ初の黒人と少数民族によるオーケストラChineke! Orchestraを起用しています。
彼らは、ボブ・マーリーの有名曲の数々を現代的なクラシック・オーケストラ・アレンジで再解釈したことでも知られます。
壮大なストリングスとの共演はサックス奏者の先輩でもあり、何かと比較されるカマシ・ワシントンをも想起させます。
本作ではコンポーザー、アレンジャーとしても自らをアップデートさせたのです。
Making Video
Joe Armon-Jones
そしてヌバイア・ガルシアを語る上で欠かせないコラボレーターがジョー・アーモン・ジョーンズ(Joe Armon-Jones)です。彼もトゥモローズ・ウォリアーズの同窓生。
本作『Odyssey』、そして前作「Source」にもキーボード奏者として全面的に参加。前述のTiny Discでも参加しているジョー・アーモン・ジョーンズ。彼の貢献なしにはヌバイアの存在もあり得ません。
ジョーンズはソロアーティストとしても活躍。11月には来日も控えます。
そしてなんと言ってもマーキュリー賞受賞バンドEzra Collectiveのメンバーでもあることで知られます。
2024年5月リリースのEP『Wrong Side Of Town』ではヌバイア(Nubya)の名前をタイトルに入れたNubya’s Side of Town (feat. Nubya Garcia)もリリースしています。
このチューンもジョーンズとヌバイア、2人共通の趣味であるレゲエ、ダブテイストが注入されています。
London Brew
UKジャズを代表するミュージシャンがマイルス・デイヴィスの『Bitches Brew』50周年を祝うセッション「London Brew」(2023)を紹介して本稿は終わります。
ヌバイア・ガルシアは、現在のUKジャズ・シーンを牽引しているシャバカ・ハッチングス、トム・スキナー、テオン・クロス、トム・ハーバートら12人と共に、ロンドンのスタジオで12時間以上のセッションに参加。
ヌバイアはシャバカ・ハッチングスと共にソロイストとして目立つ存在で、シーンの中心にいることが理解できます。
NUBYA GARCIA Playlist
ヌバイア得意のレゲエ&ダブテイストの曲を冒頭3曲に配置し、その後は女性ミュージシャンを起用したボーカルナンバーが続きます。その他、コンピ収録やゲスト参加なども含む彼女のベストプレイリストです。
参考資料
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