【2024年ベストアルバム】 #3 『What Now 』 ブリタニー・ハワード
今年聴いたアナログレコードの中から、2024年の私的ベストアルバムを数枚選ぶ【2024年ベストアルバム】。
3枚目は2024年2月にリリースされたブリタニー・ハワードのソロ2作目『What Now』です。
2019年のソロデビュー作『Jaime』がグラミー賞にノミネートされ、Stay Highは最優秀ロックソングを獲得するなど大成功し、4年の空白を経ての待望の2作目です。
ブリタニー・ハワード
2024年の私的ベストアルバムの3枚目はまたも、女性ミュージシャン。3人続けての女性ミュージシャンとなりました。
3人目はギタリスト&ボーカリストのブリタニー・ハワードで、彼女が2024年2月にリリースした『What Now』。本作はアラバマ・シェイクス活動休止後にソロとして独立した、ブリタニー・ハワードの2作目のソロアルバムです。
『What Now』Brittany Howard
全12曲、2024年2月発売
genre ; Alternative Rock、R&B、Neo Soul
アルバムのタイトル・トラックであるWhat Nowのビデオになります。
ブリタニー・ハワード(Brittany Howard)は1988年10月アラバマ州生まれで現在36歳。
父親はアフリカ系アメリカ人で、母親はイギリス人とアイルランド人の血が混じる白人。レズビアンであることをカミングアウトしています。
2025年グラミー賞の行方
さて、11月8日に2025年グラミー賞の公式ノミネートが発表されました。
主要賞のRecord Of The YearにビートルズのNow and Thenが、カントリーアルバム「COWBOY CARTER」をリリースしたビヨンセが11部門にノミネートされるなど世間的にも多くの話題がありました。
また、本連載の#1で紹介した「Milton + esperanza」は予想通りベスト・ジャズ・ボーカル・アルバムにノミネートされました。
そしてブリタニー・ハワードの『What Now』もBest Alternative Music Albumにノミネートされ、ソロ1枚目に続いてのノミネートなりました。2016年にはアラバマ・シェイクスの『Sound & Color』で同賞を獲得しており、再度の獲得を目指します。
Alternativeを一言で言えば、非主流派のロックになりますが、独創的で、ジャンル横断的でハイブリッドで、他のジャンルのカテゴリに当てはまりにくい作品が対象です。
人によっては、彼女をネオソウルやファンクと見たり、ルーツロックと見たりと様々な見方があります。グラミーは自身で部門にアプライするので、オルタナを選んだのは彼女自身ジャンルを限定されたくなく、横断的に自由でいたいという志向の現れかと思います。
と言っても、こんな風にOld Rockファンの胸を鷲掴みにするような映像もあります。Robbie RobertsonのトリビュートからThe Weightをシェリル・クロウなどと共に、圧倒的歌唱を披露します。
アラバマ・シェイクス
まずは彼女が以前所属していたアラバマ・シェイクス(Alabama Shakes)について紹介します。
2010年代以降に登場したロックバンドの中でも、最も自分に響くバンドが彼らと言っても過言ではありません。
ブリタニーはこの4人編成のバンドのリードシンガー兼ギタリストでありました。
2012年に「Boys & Girls」をリリースしデビューすると、複数のグラミー賞にノミネートされました。
2015年、2枚目のアルバム『Sound & Color』をリリース、このアルバムはビルボード200で初登場1位を獲得。さらにはグラミーのBest Alternative Music Albumまで獲得したのです。
アラバマと言う土地柄、70年代のサザンロックの再来の様でいて、黒人のハーフ女性をボーカルに擁し、ブルースやソウル、R&Bのようなブラックミュージックの香りや現代的なガレージロックの匂いも香る、先端的なビンテージサウンドを現出し、幅広い人気を博しました。
バンドのサウンドは60's、70'sのアラバマにあったマッスルショールズ・スタジオで制作された音楽へのオマージュではないかとも批評されました。
一方ブリタニーは影響力を受けたアーティストとして、Prince、Sister Rosetta Tharpe、Curtis Mayfield、David Bowie、Mavis Staples、Tom Waits、Björk、Gil Scott-Heron、Freddie Mercury、Tina Turnerなど多彩なミュージシャンを挙げています。
こちら敬愛するSister Rosetta Tharpeのカバーの映像です。
さらにはジョニのBoth Sides Nowをハービー・ハンコックと共にカバーもしています。
Jaime
アラバマ・シェイクスは活動を休止し、2019年9月20日、ソロ・デビュー・アルバム『Jaime』をリリース。アルバムは高い評価を受けグラミー賞で7部門にノミネートされ、Stay Highは最優秀ロックソングを受賞しました。
日本でもMusic Magazine誌のロック部門でアルバム1位となり、所謂通っぽいロックファンは必聴のアルバムでした。
ソロで録音するに際して、ブリタニーは最強のメンバーを集めました。
アラバマ・シェイクスの同僚でベースのザック・コックレル以外は、従来の路線とは違うジャズ系のミュージシャンを起用しました。
集められたのは、ドラムにネイト・スミス、キーボードにロバート・グラスパーという超強力なメンバーを招集。
ジャズの一流ミュージシャンにジャズではなく、ロックやファンクをやらせる新鮮な座組で斬新なサウンドを作り上げました。
ネイト・スミス
そして『Jaime』、ツアー、本作『What Now』と、今となっては欠かせないコラボレーターとして起用されているのがジャズドラマーのネイト・スミス(Nate Smith)です。
ネイト・スミス(Nate Smith)は1974年、アメリカ合衆国のバージニア州生まれで48歳。
スティング、プリンスに影響を受けるも、ジャズに魅せられパット・メセニー、クリス・ポッターらジャズ界の重鎮アーティストから引く手数多の売れっ子ドラマーとなります。
そしてブリタニー自身から声をかけられ、ロックと言う未踏のジャンルにチャレンジしたのです。
Tiny Deskの映像、Stay Highでのネイト・スミスのドラムを堪能できます。
そして、ブリタニーとの成功後、スミスはポール・サイモンやノラ・ジョーンズなどからも声がかかる売れっ子に。
ノラもお気に入りのアルバムを何枚かピックアップする企画で本作『What Now』を選び、「ネイト・スミスもドラムで参加してるし、彼女自身も素晴らしいシンガー・ソングライターだし、とてもクールよね」と語ります。
アデルのクリス・デイブを皮切りに、やはりオルタナ部門でノミネートされたSt. Vincentはマーク・ジュリアナと、ロック界でのジャズドラマー起用はトレンドになりつつあり、ブリタニーとスミスの組み合わせはその最たる成功例です。
スミスのソロプロジェクトKinfolkにもブリタニーは参加し共作、ボーカルも披露しています。
その後もジョン・バティステの「We Are」に参加したり、VulfpeckのCory WongらとFearless Flyersを結成したりと話題は絶えません。
ネイト・スミスに関しては、以下の記事に詳細が記載されています。自分の書いた記事の中でも最も反響があり、彼の注目度にも驚きました。
2月に来日予定だが、これも見逃せません。
『What Now』
では、本作『What Now』よりいくつかピックアップしましょう。
オープニングのEarth Sign(A-1)は、瞑想的なスローナンバーで彼女の多重コーラスが聴き物です。
スローの中に、スミスの超絶なリズムパターンが差し込まれます。
単なるスローバラードに終わらず、フリージャズ的な展開にもなり得るスミスのドラミングを聴くと、彼女の起用の理由が伺えます。
I Don't(A-2)はデルフォニックスなどを想起させる70年代フィリー・ソウル風味なスロー・バラードで、本作で最も親しみやすいナンバー。
そして、アルバムのタイトル・トラックであるWhat Now(A-3)。アラバマ・シェイクスを彷彿させる唯一の曲でドライヴ感のあるロックチューン。
ジャズドラマーの叩くロックドラムだが、シンプルなようでハイハットの小技の効いたリズムが懐古ではない何かを感じさせます。
本作の基本ギターはブリタニー自身が弾いていますが、Red Flags(A-4)はブラッド・アレン・ウィリアムズが担当。彼はネイトと共にホセ・ジェイムスのバンド、そしてネイトのバンドKinfolkのメンバーでもあります。イントロの短いが創造性あるネイトのドラムパートも素晴らしい。
そして天国に届くようなブリタニーのファルセットボイスは、彼女が現在最もパワフルな女性シンガーであることを証明しています。
Princeの影響
Side-Bは彼女が敬愛するPrinceの影響を色濃く感じます。
Princeのカバーを熱唱する映像
ではB面に進みます。
Prove It to You(B-3)は、ドナ・サマーかのようなジョルジオ・モルダー的な打ち込みディスコ・サウンドへのオマージュなのか。 曲調はシェールのBelieveの様でもあるダンスチューンに仕上がりました。
Pinceのバラードを想起させるPatience(B-5)。Adoreのようなファルセットを彷彿させます。
さらにPrinceのミネアポリス・サウンドへのオマージュと言うべき、Power To Undo(B-6)。リズミカルなカッティング・ギター、歪ませたギターサウンドが光るファンク・ロックです。
彼女のプリンスへの敬愛ぶりが聴いてとれます。
ジャズトランペット奏者Rod Mcgahaを起用したEvery Color In Blue(B-7)で本作は静かに幕を閉じます。
アラバマ・シェイクスの呪縛から脱して、前作からさらにソロアーティストとしての進化が見て取れるのが本作です。
ルーツロック的なバンドサウンドは影を潜め、ファンク、ディスコ、ソウル等70'sや80'sのブラックミュージックの粋を集めつつも、最新のオルタナ・ミュージックに昇華させた唯一無比の名作です。
現在、ナッシュビル在住のブリタニーは意外にも釣りが趣味だと言います。
現在はアンジェリーク・キジョーとのコラボを熱望しているようで、もし叶うなら気長に待ちたいと思います。
彼女のブラックミュージックへの敬愛が顕著なEarth, Wind & FireのShining Starのカバーで本章を終わりとします。
なんとベースは元EWFのVerdine Whiteです。
(The Rise of Gru' サウンドトラック収録)
また、ブリタニーのアラバマ・シェイクスから本作に至る軌跡がわかるプレイリストもenjoyください。
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