「Serendipity & Truest Selves」-アレックス・イウォビに刮目せよ- 前編NSNO Vol.15 / 22-23 エバートン ファンマガジン
◇Prelude はじめに
突然だが、みなさんは
セレンディピティ(serendipity)
という言葉を聞いたことがあるだろうか?
私がこの言葉を初めて知ったのは、2001年のアメリカ映画「Serendipity」(原題)を鑑賞した学生時代のこと。ニューヨークを舞台に描かれる、ロマンティック・ラブストーリーだ。
日本語版のキャッチコピー、
「ーーーそれは、恋心ふるえる''幸せな偶然''」というフレーズがくすぐったい。
この"Serendipity"という言葉は18世紀にホレス・ウォルポールというイギリスの小説家によって造られた。
''素敵な偶然''、"ふとしたきっかけに予想外の価値を見つける"といった意味が込められている。自らの努力や英知によって、他の人が気づかないことに目を向け、有益なことを発見する能力として「セレンディピティ」は定義されている。
今号のNSNOでは、「Serendipity」というワードを連想した1人の選手について綴っていく。そして、もうひとつのキーワード「Truest Selves」が「Serendipity」によって引き出される最大の恩恵であることを述べていきたい。
◇Aptitude 才能
Summer
雑音が止まない夏だった。蝉が鳴くような短さよりもいくらか長く、風物詩にしては楽しむ以上に疲れを伴う時期である。夏バテで狂う自律神経の如く、クラブの指針には相変わらず不安が募る。
現実を突きつけられるようにしてスタートダッシュに躓いたエバートン。昨シーズンの結果と現状から、「今はプロセスの段階にある」と繰り返し述べる指揮官のフランク・ランパード。夏の終わりに迎えたマージーサイド・ダービーは、プロセスに欠かせない''かけら''をようやく集めたようなゲームだった。ここからは、そのかけらをパズルのように組み合わせる必要がある。
夏のマーケットを終えて垣間見せた満足げな表情は、本物の笑顔に変わるだろうか。
期待だけが宙を泳ぐ中、その煩わしさを払うようにして、清閑に、されど確然たる輝きを見せる男がいる。
その1人の選手から放たれる白眉な振る舞いは、本来の自分を表現する新たなマエストロとして、待ちくたびれたファンの視線を釘付けにする。
今、新たなゲームメイカー/アレックス・イウォビから目が離せない。
▽▼▽
Alexander Chuka Iwobi
「アレックス・イウォビ」こと、アレクサンダー・チュカ・イウォビは、ここエバートンで在籍4年目を迎えたMFだ。
遡ること2021年2月、イウォビは自身の手で情熱的なプロジェクトを立ち上げていた。
「Project 17」と題されたコンテンツ(あるいはコミュニティ)ではその目的・意義として、次のような主旨が掲げられている。
Project17のYouTubeチャンネルでは、チャリティなどの主な活動が少しずつ配信されている。上記のような目標や熱意にあるように、彼の陽気な性格だけではないプラトニックなフットボールへの姿勢を感じることができる(他にも犬との散歩や、美術館を訪れたり、フットサルを楽しむなど近い距離感のイウォビを知れるのも面白い)。
22/23シーズン第2節、イウォビは(A)アストン・ヴィラ戦(●1-2)をフルタイムで戦った。驚くことに、その足で24時間後には北アイルランドに降り立っていた。自身のProject17とフットボールを通して現地のスポーツ・コミュニティと連携し、子どもたちが主役であるトーナメント大会をサポートする役目だ。
このようなイウォビのピッチ外での活動を知った当時、思わず抱いた気づきがある。まだ我々ファンは、当の本人であるイウォビ本来の''自分らしさ''を知らないのではないか。ピッチ上で躍動する選手としての姿である。
それがランパードが着任する以前の私、そして多くのエバトニアンの印象だったと思う。
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舞台
2019年の夏、約3,000万ポンドと云われる移籍金でエバートンに加入し、声をかけた当時の監督/マルコ・シウヴァの下でデビューを果たした。ウィルフリード・ザハを狙っていたエバートンだったが当たり前のようにクリスタルパレスに拒否されると、移籍期限が迫る中、ファルハド・モシリが慌てふためくようにイウォビの獲得準備を始めた。
前所属のアーセナルではアカデミークラスの頃から頭角を表し、ロンドン育ちの青年はエリートコースを懸命に歩んだ。晴れてアーセン・ヴェンゲルに認められ世に姿を表した形だ。
チームの中心にいたメスト・エジルは当時20歳のイウォビに太鼓判を押し、叔父のジェイジェイ・オコチャとオランダのダイナモ、エドガー・ダービッツを足したような選手だと言わしめた。
しかし、類稀な才能はいつの日からか確固たる地位とは離れていく。ウナイ・エメリの構想では次第に序列を下げていった形だ。
「このままではいけない」と感じていたイウォビに当時エバートンを率いていたシウヴァから電話が鳴ったという。
イウォビは新たな挑戦を選んだ。
「アーセナルの赤い血が流れている」
一度は生涯アーセナルで戦うことを考えた青年は大きな岐路を迎え、戦う舞台を移ることにしたのだ。
だが、時代と凋落の渦に飲み込まれるように、大きなインパクトを放つことなくキャリアを消化していく。エバートンの失速、劣悪なリクルート、伴わない結果と比例するように、3年間で4人の監督と巡り合った犠牲者として、彼の名前を挙げてもいいかもしれない。
結びつくことがなかったイウォビと指導者のコネクションは、我々が期待することを諦めかけていた心境と重なっている。
イウォビ自ら、ピッチの外で周囲へ影響を与える活動に邁進していく一方で、エバートンにとって彼に働きかけるプロジェクトはどのように実践されてきたか、それは遅々としてとして進まないものだったが、数々の分岐点を経てようやく地に足をつけた印象だ。
◇Solitude 孤独
アンチェロッティ
イウォビが加入して半年足らずでシウヴァが更迭された。19/20シーズン中盤から20/21シーズンにかけ、カルロ・アンチェロッティの配下でプレーした。新たな起用法、あらゆる可能性を模索し、複数のポジションにチャレンジした。
アーセナルではワイドポジションのウイングとして主な役割を担ったが、10番としての役割も含めエバートンには既にその役者が揃っていたのである(あるいは増えていった)。
同じワイドポジションでもウイングバック、その左右両方を務めたイウォビ。スペースを見つけてはスマートパスを繋ぎ、自らがファイナル・サードへ飛び込みチャンスを創出したような姿は影を潜める。守備に奔走し、キャリーで前進するも、スピードのないクロスを放り込むプレーが増えていた。
それでも、リュカ・ディニュ、シーマス・コールマンを怪我で失った際、アンチェロッティの選択肢にはいつもイウォビがいた。いわば便利屋としての役割だった。ダービッツに例えられた彼の献身的な守備力は好スタッツを記録し、一定の評価と驚きを与えた。オコチャほどの派手さはなくとも、背景を感じる自慢のボールコントロールやビルドアップは他のポジションでも適応力があることを示した。何より手を替え品を替え、歴戦の手腕を施すアンチェロッティが評価された。
いつの日か、彼自身から直訴して10番のポジションでプレーした機会があった。
しかし、その挑戦は前半45分で頓挫すると以降アンチェロッティのメインシステムには組み込まれなかった。ユーティリティに生きるのか、自分らしさとは何か、彼の魅力を発揮できるキャストとは何なのか。考える間も無く時間が過ぎていった。
ベニテス
衝撃的だった夏、アンチェロッティだけでなく、ハメス・ロドリゲスやギルフィ・シグルズソンを失ったエバートンは新指揮官ラファエル・ベニテスを招聘した。ゲームメイカーやチャンスメイカーが不在となったエバートンで、ようやくイウォビに転機が訪れるのでは、そんな期待が脳裏をよぎる。
しかし、現実には違った光景が待ち受けた。
かねてからベニテスが気に入っていたデマライ・グレイがスマッシュ・ヒット。ベテランのアンドロス・タウンゼントも定位置を掴み、新たなアタッカーがエバートンの主軸となった。記憶に残る素晴らしいゴールはファンの思い出として焼き付いている。彼らの存在がなければ、我々は別の未来を辿っていただろう。
極め付けは期待されていたアンソニー・ゴードンの飛躍。それでも低空飛行を続けたエバートンはベニテスとの契約解除に踏み切った。
ベニテス下のプレミアリーグ19試合でイウォビの先発出場試合はたったの8試合。そのほとんどをワイドポジションで過ごした。
一応、と言ってはなんだがあのベニテスもイウォビを中央の位置(トップ下)で起用したゲームが2試合ある。
第10節の(A)ウルヴァーハンプトン戦(●1-2)、第13節の(A)ブレントフォード戦(●0-1)である。以下は出場時間でのパスマップ。
ベニテスのチームでは中盤を経由したビルドアップが構築されず、ミドルサード省略型のダイレクトスタイルが主要なアプローチ。イウォビがリズムを作る、という場面はほとんどなく、前線への配給やロングボールでの速攻に複数の選手が関わるケースが少なく、アイデアやパターンが枯渇していた。
結局、ベニテスの采配で満足な出場時間を得られなかったイウォビは、ファンにとっても希薄な存在になりつつあるのが現状だった。
◇Fortitude 不屈
ランパード
思い返すのは21/22シーズンの冬…
1月、アフリカ・ネイションズカップでナイジェリア代表として大会に参加したイウォビ。
''スーパー・イーグルス''はグループリーグを首位で突破し、ベスト16でチュニジアと対戦。
イウォビは59分にイヘアナチョに代わってピッチへ。しかし、たった7分後にはレッドカードを提示されることになる。ボールキープの際に自分の肘が相手の首付近に当たってしまい、イエローカードの判定。さらに、VARによりすぐさまレッドカードへ訂正。厳しく感じられる判定に対し、イウォビの唖然とした表情が印象的である。
決勝トーナメントをたった2タッチで終えたイウォビ。フォームを整え起爆剤にしたかったアフリカ・ネイションズカップを後にした。大会期間中にベニテスは解任。戻った時にはランパードが既に指揮をとっていた。イウォビの立場はまたもやリセットされることになった。
クラブは暗い雰囲気の真っ只中。チームは負傷者を多数抱え、残留争いに片足を突っ込んでいた。ランパードは自身のスタイルを模索しながらも妥協と現実的な振る舞い方を視野に入れる。
「中盤の低い位置でプレーしたことはあるか」
ナイジェリア代表から戻ったイウォビにランパードは尋ねたという。
The Athleticのインタビュー。今季ランパードによって中盤の低い位置へコンバートされたイウォビは冬の出来事を振り返っていた。
冬にマン・ユナイテッドからドニー・ファン・デ・ベーク、トッテナムからデレ・アリを獲得したエバートン。代表で結果を残せなかったイウォビに果たして居場所はあるだろうか。
私は少なくとも放出候補の1人になるだろうと予感した。
惨敗した21/22(A)ニューカッスル戦(1-3●)は、ランパードの理想を早々と打ち砕くものであり、イウォビはベンチからその光景を眺めていた。しかし、これまで不遇の時間を過ごしたイウォビは次第にランパードの影響を受けていくことになる。
偶然
ニューカッスル戦ではイェリー・ミナが再負傷し、続けてグレイも怪我により戦線離脱を余儀なくされた。ランパードはドゥクレの不在でファン・デ・ベークをボランチで起用。デイビスも長期離脱していたことで、次の選択肢を探した。それが前述のイウォビへの問いかけでもあっただろう。
私が認識している偶然=イウォビの転機は、この敗戦のあとである。グレイに変わってスターティングメンバーになったイウォビ。(H)リーズ戦(3-0○)はここ数年の彼の姿を覆す、大きな意味を持つゲームだった。
前任者たちがイウォビに与えた役割はミスキャストだったと改めて理解し、徐々に解放されていく姿を目撃する。
ウイングバックでプレーした時に比べ攻撃的なポジションに入り、ゴードンとポジションを入れ替えながらリーズの守備陣を錯乱した。守備でも的確なプレスバック。得意のボールリカバリー(9回)の位置は高まり、いずれも失敗に終わっているがドリブル企図数(6回)とプレイエリアも広がっている。チャンスクリエイト数はチームトップの5回を記録。
試合後、ランパードはeverton tvのインタビューで以下のように答えている。
起用したランパードも想定以上のパフォーマンスをしたイウォビに驚いているのが面白い。まさに、セレンディピティ。その魅力を掴みかけていた。
ただし、冬の時点でイウォビのウイング起用はチームの勢いを変える確証には辿り着かなかった。続くサウサンプトン、マン・シティ、トッテナム、ウルヴァーハンプトンを相手に4連敗。惜敗、大敗が混在したものの、ランパードのエバートンには降格という2文字がチラつき始めていた。
ご褒美
刻々とリーグ戦のタイムリミットが迫る中、エバートンは前回惨敗したニューカッスルをホームに迎えた。ランパードのフットボールが不明確なまま、また激しいハイプレッシャーに息を止められるのだろうか。勝利の遠いエバートン、我々ファンは固唾を飲んで観戦したはずだ。
エバートンは想定通り、ニューカッスルの果敢なプレッシャーに晒された。激しいボディコンタクト、そして冬に加入した中盤のコンダクター、ブルーノ・ギマランイスに翻弄され両チーム最多64本のパスを通された。
攻撃では変わらずゴードンが気を吐き、相手ゴールに迫るも守護神ドゥブラフカにあと一歩のところで阻まれる。
膠着状態の展開は予期せぬ偶然に更なる滞りを見せる。肝心な時にカオスな出来事は起こるものだ。
この試合でピッチには乱入者が現れた。政治的なメッセージ残し、奇妙な緊迫感が流れる。ゴールポストにくくりつけた結束バンドはなかなか外れず、混沌とした空気に包まれた。
無事に試合が再開した後、攻撃の形を作りきれないエバートンは怪我明けのドミニク・カルヴァート・ルウィンを投入。一縷の望みに賭け、ギアチェンジを試みる。
ホームの声援を受け攻勢に踏み切ったエバートンは、イウォビが相手DFラインのチャンネルを突いたチャンスメイク、コールマンがバイタルエリアへ侵入、しかしラストプレーが繋がらない。前傾姿勢になった攻撃陣の後方には広大なスペースが生まれてしまった。ここぞとばかりに準備万端のサン=マクシマンにボールが渡ってしまう。体勢の崩れた最終ラインの手前でアランがトランジションの危険サインを察知した。マクシマンのスピードは初速からトップスピード、追いかけて間に合うはずもない、そんな声が聞こえたような瞬間、アランはタクティカル・ファウルを選択した。
レフェリーはイエローカードを提示した。
安堵のため息が溢れたのも束の間、VARの文字が電光掲示板に映し出された。
判定はレッド。まさに万事休す。試合は終了間際、退場の宣告が下ったのは83分のこと。
勝利を諦めかけた時、アディショナルタイムの表示には見慣れない桁の数値がアップされた。
14分。これは素敵な偶然というより奇妙な巡り合わせだった。
ゲームの最終盤、途中交代で入ったDCLとニューカッスルの守備ラインを崩したイウォビ、左足で流し込んだ抑制の効いたシュートはネットを揺らし、グディソンパークに歓喜をもたらした。
恥ずかしながら筆者がエバートンを追ってきた中で、最も涙が溢れた瞬間だった。
極東のいちファンが、精神的に追い詰められていた情けない深夜のゲーム。
選手たちには計り知れないプレッシャーがあっただろう。
しかし、セレブレーションで意気揚々とお馴染みのポーズを決め、持ち前の陽気なキャラクターを披露したイウォビ。久々の光景だった。
ベンチからは途中で退いたリシャーリソンが嬉しさのあまり飛び上がる。ランパードは力強く拳を突き上げた。21/22シーズンのベストゲームのひとつ、アレックス・イウォビの魅力と、ファンの忍耐が解き放たれたシーンである。
イウォビにとってはもちろん、サポーターにとっても苦しい時間を耐えたご褒美そのものだった。
このニューカッスル戦でランパードの信頼を勝ち取ったイウォビは、以降シーズン12試合全てに先発、及びフルタイムで出場した。既にチームの要として成長を遂げたのである。
MFとして数多くのゴールを挙げてきたレジェンドが、ひとりのフットボーラーにチャンスを与えた。その洞察力は間違っていなかった。
解放と順応
歓喜のニューカッスル戦直後のゲームでは、現在のポジションへ移行する変遷にあたり、伏線となる出来事があった。ランパードはイウォビをインサイドハーフで起用した。きっかけは(A)ウェストハム戦(●1-2)の直前だ。ここでも、イウォビはランパードからアクションがあったことを打ち明けている。
残念ながら、イウォビを中心に多くのチャンスを作ったエバートンだが、ウェストハムの強固なディフェンスと効率的な仕掛けの前に沈んだ。それでも、イウォビの発言にあるように守備面で課題を残すもランパードは一定の手応えを得たはずだ。この経験が22/23シーズンのプレシーズンマッチで抜擢したボランチ起用に影響を及ぼしたことは間違いない。
チームトップ、52本のパスを試み、成功率は92.3%、アタッキングサードには総本数の半数に当たる25本のパスを繋いだ。リズムはイウォビから生まれていた。
しかし、残留争いは厳しさは日を増すごとに痛感するばかりだった。
直後の(A)バーンリー戦(●2-3)では逆転負けを喫し、守備面の脆さが露呈された。
イウォビを中央の位置で使うよりも、失点をしないための戦い方が必要とされていたのかもしれない。このショッキングなゲームから、ランパードはリアリズムを軸とした舵を切る。
失点を防ぐため、守備人員を増やす策に出たランパードはイウォビを三度ウイングバックのポジションで起用した。数年で複数の監督の下でプレーした経験がランパードを助けたと言っていいだろう。崖っぷちの残留争いで、イウォビはその輪の中に常に存在していたのである。
自信を得たイウォビは、この3年間の鬱憤や蓄積を力に変えた。それまでは幾らか孤独だった。しかし、正直に、真正面からフットボールに向き合い続けた。
降格路線を覚悟したバーンリー戦から、(H)マン・ユナイテッド戦(○1-0)、(H)チェルシー戦(○1-0)、(H)クリスタルパレス戦(○3-2)への流れと記憶はいつまでも鮮明に生き続けるだろう。ホームの声援を受け、映画のクライマックスを体感するような時間だった。
ボールを触ること、フットボールを楽しむこと、そして勝利に飢えた男はこれまでと異なる表情を見せるようになった。「とにかく楽しむこと」この信念は、戦術的なこと、技術的なことよりも叔父のオコチャがイウォビにアドバイスし続けたことでもあるのだ。
◇Certitude 確信
フットボールはあらゆる巡り合わせの上で成り立っていると感じることがある。ゲーム、ボール、選手、監督、ファン、お金、怪我、私生活…
自分を理解してくれる人々がいる。家族や友人はもちろん、共に戦うチームメイト、そして監督やコーチ、ファンもそうだろう。
過去に、エバートンのクラブ公式企画で、「最もスキルがある選手は?」というインタビューが行われた。答えるのは身近にいる選手たち。
今季も似たような企画が催された。
「もっともスタミナがある選手は?」
どちらの設問においても、イウォビの名前が多く挙がった。いつも共に過ごす仲間は、イウォビの魅力にちゃんと気づくことができている。
そしてランパードもその資質を見逃さなかった。怪我人で不足したMFのポジションは、いくつかの偶然と、人と人の巡り合わせが織りなすものだった。そして、本当の自分らしさを失わないため、努力を怠らなかった賜物だ。
既にイウォビへの注目度は鰻登りで高まっている。9月、マージーサイド・ダービーを終えた時点でチームトップの通算パス本数を記録。スルーパスの成功本数はリーグ5位だ。彼よりも上位に君臨するのはデ・ブライネやブルーノ・フェルナンデスといった屈指のMF。目指すべき指標は目前にある。
加えて昨シーズン、危険なパスミスや守備面での課題をあらわにした部分もあったが、その兆候も改善傾向にある。
今季開幕戦、チェルシーとの対戦を終えたインタビューでイウォビはこう語っている。
特に、今夏加入したジェームズ・ターコウスキーは、イウォビの守備面におけるパフォーマンスで大きな影響を及ぼしているようだ。バーンリーの元キャプテンはプレシーズンに続き、チェルシー戦で堂々としたプレーを披露。
ターコウスキはランパードがチェルシー時代から欲したタレントである。ピッチ内外でもたらすキャプテンシーは、同じくキャプテンを務めたランパードだからこそ見える領域があるだろう。ランパードを介して生まれたターコウスキとイウォビの巡り合わせも''素敵な偶然''のひとつだ。
マージーサイド・ダービーがポジティブなゲームだったように(筆者はそう捉えている)、新戦力もイウォビの背中を後押ししてくれるだろう。同じくキャプテンシーを発揮するコナ・コーディを始め、大きなポテンシャルを感じるアマドゥ・オナナ、PSGから進化して戻ってきたイドリッサ・ゲイェ。経験豊富なDFと中盤の3センターはイウォビの攻撃面を助ける選手になるはずだ。
残るは、攻撃の最終局面。イウォビが現在のクオリティを維持し最前線のプレーヤーたちが結果を残すのみ。今季はまだまだ長く、これまでと同様に奇妙で複雑な偶然もあらゆる場面で巡り合うことになるだろう。
それでも、エバートンで積み重ねた経験が1人の選手を素敵な偶然に導いたように、他の選手たちも後に続くことが重要だ。皆さんの胸中にも本来の魅力を発揮できていない、と感じる選手は1人や2人ではないと思う。
幸運にも、ランパードには人を惹きつける能力がある。ダイレクターのセルウェル、コーチ、選手、観客、ファン。ランパードもまた、現役時代とは異なる、監督としての自分を表現するための勝負のシーズンとなるだろう。
あとは、目の前の素材、情報、僅かなサインを見逃さず、セルウェルや優秀なコーチ陣と共に、第2のイウォビを発掘することだ。その観察力と洞察力を信じ、小さくも一歩ずつ改善していってほしい。
''素敵な偶然''がのちに「確信」に変わった時、チームには自然とふさわしい結果がついてくるはずだ。
◇Vicissitude さいごに
今号のNSNOでは、アレックス・イウォビの変遷を辿る内容でお送りした。
今更ではあるが「前編」と題したのは以下の理由だ。
・イウォビのこれまで軌跡を辿り、彼の人物像に迫りたかった
・現在の周囲との関係性をまとめたかった
・まだシーズンは始まったばかりということ
この「後編」にあたる記事はもう少し、時が過ぎてから挑むつもりだ。
その際には22/23シーズンのイウォビのピッチ上での振る舞いに焦点を当て、さらに深堀りしていきたい。
どのような変化があるか、現状を維持するのか、はたまた下降線を辿るのか。
どうか、執筆の手が止まらないような、そんな前向きな今季を期待したいと思う。
私たちも、巡り合うかもしれない少しばかりのセレンディピティを見逃さないようにしたい。
2022年9月
月刊NSNO Vol.15
「Serendipity & Truest Selves」
-アレックス・イウォビに刮目せよ-
前編
終
参考資料
気に入ってくださり、サポートしてくださる方、ありがとうございます。 今後の執筆活動や、エヴァートンをより理解するための知識習得につなげていきたいと思います。