Part.1【革新の一歩】2020-21エヴァートン前半戦レビュー<新戦力編>@イングランド/プレミアリーグ
▽はじめに
今回のコラムでは、2020-21イングランド・プレミアリーグに所属する、エヴァートンFCの前半戦を振り返るレビューとして記していきたい。前編、後編に分けてお送りする。
さて、皆さんにとってどんなシーズンになっているだろう。決して順風満帆ではなく、どう着地するのか、何を得られるのか。私は、例年よりも期待を膨らませ、不安も入り混じりながら一喜一憂してばかりである。
開幕戦のセンセーショナルな衝撃、アンチェロッティに導かれ、ついに覚醒の時を迎えたD・カルヴァート=ルウィン、リシャーリソンの退場処分による離脱と呪いのジンクス、3CBから4CBへの移行、12月の快進撃から満身創痍の2021年突入…。
少し思い返すだけでも濃密な約5か月だった。その変遷を辿り、稀に見る混沌としたプレミア・サバイバルの行方を見届けよう。
▽現在の位置とチーム状況
(エヴァートンにおけるプレミアリーグ第17節消化1月17日時点)
・順位:5位
成績:10勝2分5敗 勝ち点:32 28得点/21失点
首位マン・ユナイテッドとわずか4ポイント差、しかし3試合未消化で10位アストン・ヴィラとの差も僅か6ポイント…上位同士の直接対決も控え、このポイント差も順位もまだまだ入れ替わるだろう。一寸先は闇、油断は全くできない状況である。
ちなみに、昨年19-20シーズンの17節終了時点ではマルコ・シウバが解任され、ダンカン・ファーガソンが暫定就任していたタイミングである。勝ち点18で16位(5勝3分9敗)、現在の順位表にもピッタリと収まる成績である。当時、首位リヴァプールは16勝1分の独走、エヴァトニアンにとって先行きは暗かった。
近年、上位の牙城を崩し得る、と囃されては及ばないシーズンが続いたがアンチェロッティ招聘により打倒トップ6、ヨーロッパ・コンペティション参加権の獲得意思はさらに明確になった。それは同時に、短期的な結果が求められることも意味する。失敗したら…と脳裏によぎっては考えないようにしているのは、失うものが大きすぎるようで恐ろしいからかもしれない。残念ながらカラバオカップの敗退は決まったものの、指揮官は残るFAカップでのタイトル争いに食い込みたい意思を表明している。
1年でここまで変貌するとは…しかし私自身Twitterでは相変わらず上から目線でああだこうだと文句を並べているのだから贅沢者だと反省の念が芽生えた(一瞬だけ)。
開幕からゲームを追っていくと、スターティングメンバ―やシステムが一貫して組めなかったこと、怪我人の続出、例年以上に過密度が高まった日程、エヴァートンは国内の試合だけだったのが幸運と捉えてもいいほど苦しい状況だったことが汲み取れる。しかし、ここまでの成績は油断は出来ずとも、非常にポジティブだと感じている。
一方で心配なのはリーグが無事に運営を続け、閉幕まで走り切れるのかどうか。12月末のvsマン・シティ、直近に予定されていたvsアストン・ヴィラは延期になった。昨季のコロナウイルス感染拡大による中断期間を経て、矢継ぎ早に開幕した2020-21シーズン。BLM運動の1つ、片膝をつく姿勢も見慣れてくるほど、悲しいことに時間は経過しているが、フットボールが無事に毎週見られる環境は当たり前でないことをひしひしと感じる。現場のプロフェッショナルの努力が結びつき、日々の活力をもらっていることに感謝したい。
さて、長くなってしまったが、まずは今夏に迎えた新戦力のチェックから。前半戦を各フェーズに区切り、次回後編にてチームの軌跡を辿っていこうと思う。
▽新加入選手をチェック!
新戦力が軒並みフィット!も、代償的な部分も介在。アンチェロッティの”本気”が見え始めた。
今夏も積極補強でマーケットの話題に上がったエヴァートン。世界的スター含め、実力者の加入に、今季からファンになった方も多いだろう。残念ながら、グディソンパークで大勢のファンから拍手を浴び、チャントを受け、歓喜を一体に味わう瞬間は未だ新加入選手たちの元に訪れていない。現地のファン、子どもたちもスタジアムで世界的スター、ハメス・ロドリゲスのプレーを見ることを待ち侘びていることだろう。一方、極東の島国では複数のメディアがエヴァートンを取り上げる機会も増えている。蓋を開けてしばらくし、塩試合の多さに離脱している人がいないか心配である。しかし表裏一体、ハマってしまえば抜けられない魅力を秘めている。それに気づいた人もいらっしゃるはずだ…。
19.ハメス・ロドリゲス
James David Rodríguez Rubio
(レアル・マドリーより加入 市場価値:約3500万€)
彼のためにチームはどれだけ走れるか
〈出典:Getty Images〉
ここまでの成績:12試合3ゴール3アシスト
先日、ハメスの獲得に移籍金は発生しなかったことが改めて公表された。フリートランスファーという名のカルロ・コネクションだ。噂に違わぬ技術で再評価の声が高い。エヴァートンにおける主戦場は右のウイングに位置する。だが、試合を見ているとわかる通り、自由自在にポジションを移動する。そう、彼にはフリーロール、自由が与えられている。やれトランジションだ、インテンシティーだの、当たり前になったセオリー、現代フットボールで彼の存在自体がスーパーレアだ。レアル・マドリーやバイエルン・ミュンヘンに馴染みあるファンならとっくにご存じだったのだろう。ほとんどプレミアリーグしか観てこなかった私にとって、彼のボールタッチ、空間を駆使して幅と奥行きを操るサイドチェンジ、その所作ひとつひとつに見惚れてしまった。一体、何名のエヴァトニアンが恋に落ちただろう…。
一方でその代償を払うべきことも、彼を追っていくと気づかされることになる。彼の背後、ボールロスト、ネガティブトランジション、特に守備における準備において気を使ったポジショニングが求められる。
本来、継続された前線からのハイプレスや、ミドルサードでのパスコースの限定、相手のビルドアップに対する全体のスライド、プレスバックすべきシーンなど、誰かがハメスの分も走らなければいけない。或いは、連動性に欠けてしまう。実際、彼のポジションをカバーするために、RBが大外で釣りだされピンチを迎えるシーンは多数発生した。特に序盤の4-3-3における守備の不安定さは顕著だった。RBが釣りだされれば、CBもレーンを跨いで素早いスライドが求められる。だが、一度崩れた陣形を見逃すほどプレミアのカウンター及び速攻は甘くない。
それでも唯一無二といっていいほど、エヴァートンにおいても価値を示しているのは、無論アンチェロッティの存在が大きいだろう。選手自身が監督を理解し、また監督が選手のメリットもデメリットも、そして人間も理解しているのだから心強い。市場価値は依然高く、その才能に多くのファンが魅せられてきたが本人は既に29歳。渡り歩いたクラブはエヴァートンを含め6クラブ。1シーズンに出場した試合数が30を超えるのはモナコでの1年のみだ。ケガやフィットネスの問題もあるが、十分に使いこなせる監督はどれほどいるだろう。彼の輝かしいプレーの一つ一つを見られる残り時間はそう多くない。本人もヨーロッパの舞台を渇望している。魔法の左足でエヴァートンを次のステージへ導けるか。
※上記Twitterリンク、フットボリスタで良かった記事です。ウルっときた。
16.アブドゥライェ・ドゥクレ
Abdoulaye Doucouré
(ワトフォードより加入 市場価値:約2500万€)
King of Box To Box
〈出典:Getty Images〉
ここまでの成績:17試合1ゴール2アシスト
実質、前半戦のMVPだ、と彼の名を挙げる人は多いはずで出場時間1448分はチームナンバー1。前節、vsウルブスで受けたイエローカードで累積警告、次節1試合出場停止でようやくのお休みである。ただし、出場試合数だけが取り柄ではない。有り余るタフなエンジンを積み、ピッチのいたるところで顔を出すのが彼の魅力である。広いストライドとリーチの長い手足を十分に利用し、イーブンなボールはマイボールに、ダイナミックにトランジションで性能を発揮させている。果たしてワトフォードは彼の抜けた穴をどのように埋めているのか思わず気になってしまう。実際のところFAカップ3回戦では、格下相手のロザラム・ユナイテッドという事もあってドゥクレをベンチスタートさせたアンチェロッティ。ところが、なかなか主導権を握れずアタッキングサードまで幾度となく攻め込まれた中、本当は休ませたい気持ちを抑えてドゥクレをピッチに送り出した。結局、決勝点をもたらしてしまうのだから、ハメスよりもドゥクレに依存しているのだと懸念を抱いたゲームだった。
そんな自陣ボックスから相手のゴール前まで迫る”ボックス・トゥ・ボックス”タイプのドゥクレだが、アンカーのアランとの共存において、バランスとしては悪い印象を受けている。どちらもピッチを広くカバーすることでその短所を消している感すらあるので、否定もしにくいのだが…。序盤戦、4-3-3でプレスラインがどこから設定されているのかあやふやな面があった。これについては後のアラン・パート、後編の各フェーズでも取り上げたい。
※エバートンジャパンさんのツイートとオフィシャルの動画を拝借。
これで足元の器用さも備えるのだから無敵である。今季、果たして最後までフル稼働してくれるだろうか…。
6.アラン
Allan Marques Loureiro
(ナポリから加入 市場価値:約2500万€)
自己犠牲を厭わないハード・ワーカー
〈出典:Getty Images〉
ここまでの成績:12試合0ゴール0アシスト
先日、30歳の誕生日を迎えたブラジル代表は、W杯やコパ・アメリカ、CLやELといった国際主要大会も経験するエヴァートンでも指折りのビッグネームである。ナポリで小さな怪我を重ね、出場機会が限られてくる中、指導歴のあるアンチェロッティが白羽の矢を立てた。ちなみに現在も怪我で離脱中(復帰は1月下旬を予定)。
1度目の離脱はカラバオカップ、vsハマーズとのゲーム、そこまで追うのか!というくらいタッチライン際までチェイシング。大きく足を延ばしたところでハムストリングを痛めた。2度目の怪我もvsレスターにおいて相手のカウンターに対し、サイドへケアを行ったところ、またもハムストリングを痛めてしまった。負傷離脱は想定の範囲内とも言える。しかし、この離脱が痛い…と思えるほど彼の活躍は第1節から目覚ましいものだった。アンチェロッティは、チームに必要なリーダーシップ、キャプテンシーとして、「精神面で模範になれる選手」、「プレー、技術面において模範になれる選手」の双方がそれぞれ必要だと述べている。前者にはシェイマス・コールマンを挙げており、全選手の模範になれると絶賛しているが、アランはここまでプレー、技術面においてトム・デイビスの成長の手助けになっている一人だと感じる。一役買うほど本人が意識しているかは微妙だが、泥臭くボールを奪う献身性、奪われても奪い返し、長短を織り交ぜるパス能力も非常に高い。
エヴァートンでは主に中央のアンカーとして役割を担っているが、あらゆる範囲までケアをしすぎるほど走るので、同じく稼働範囲の広いドゥクレと相乗効果?を発揮し中盤にポッカリ空間が生まれたりする。そんなこんなでハメスを輝かせる代償の一つとしてはもちろん、攻守に働くアランの仕事量は常に多い。vsリヴァプールではマークの受け渡し、プレス、カウンターのケアやディレイなど、見ていて同情してしまうほどだった(チアゴ・アルカンタラも鬼だった)。
前掲のドゥクレ・パートで触れたが、果敢なプレッシングと運動量はドゥクレ同様素晴らしいのだが、4-3-3において自チームSBが果敢に攻め上がるビルドアップ、ハメスのカバーも必要、となるとどうしてもサイドへ駆り出されている分、不安定な守備と陣形になってしまう。昨シーズンにベースを作った4-4-2とは違ったアプローチが必要になった。序盤でクリーンシートをなかなか達成できなかった要因の一つだったと思う。後に3CBを経て4CBに移行することで前線からのプレッシングが規則的になり、ハメスを欠いたチームが無失点を築けたのは悩ましい課題だ。
アランは攻撃力も備え、ドリブルでの推進力や局面打開力はあると思うので、いずれ3センターの1列前で見たい選手である。その時、アンカーで彼を支えるのはトム・デイビスであることを願う。
※カンゼン『フットボール批評 issue30』においては元ベガルタ仙台監督の渡辺晋氏がエヴァートンについてのコラムを綴った。その中で守備の優先順位やアランの振る舞いを分析しアンチェロッティの修正が指摘されていた。今見返すと、的を得た批評だったと実感させられる。(渡邉氏は第6節セインツ戦までを分析。なんとマルティネス監督時代に、エヴァートンで研修を受け本人から講義を受けた経歴があるという。初耳だった。)上記リンクは試し読み後編のもの。
22.ベン・ゴドフリー
Benjamin Matthew Godfrey
(ノリッジ・シティから加入 市場価値:約2500万€)
サプライズ!謙虚な姿勢と勇猛果敢なプレーに拍手を。
〈出典:Getty Images〉
ここまでの成績:10試合0ゴール0アシスト
ゴドフリーは、移籍前から名前を知っていたものの、どんな選手かと聞かれると対戦時の印象を思い出す程度で特別な情報は何も持たなかった。19-20シーズン終了後にプレミアリーグの通信簿なるものをTwitterで拝見し、ノリッジ・シティファンの方のコラムを見つけた時にゴドフリーの詳細を知った。(今見るとゴドフリーについて的確に解説されていることが理解できる!)
彼のエヴァートン・デビューはプレミアリーグ第5節のマージーサイド・ダービーだ。負傷したコールマンと交代でRBに入り、早速守備での安定感を披露した。次節のサウサンプトンでは先発入り。ハメスとの連携にはまだまだ改善の余地が多く、チームも0-2で敗戦。しかし、元々CBの控えとして期待されたが、RBで出場機会を得ることができた。その後の活躍はサプライズと言っていいほど、チーム状況に適応した。それは、彼がどのポジションであってもチームに貢献するために不慣れな役割を受け入れ、自分の特徴を最大限に発揮しようと努めたからだろう。4CBが機能したのはゴドフリーの勇猛果敢なプレー無しには有り得なかった。アンチェロッティもコールマンやディニュと同じ役割を求めず、ライン設定を低くしロウブロックを優先したことがゴドフリーの安定感を後押しした。
イケメンなのに謙虚、加えてイングランドU-21の代表に選出されるなど、周囲の評価も高い。今後の成長が期待される1人である。
33.ロビン・オルセン ※1年ローン
Robin Olsen
(ローマから加入 市場価値:約500万€)
地味だが今のところ堅実、完全移籍も検討中?
〈出典:Getty Images〉
プレミアリーグでの出場は僅か2試合。何かを判断するには情報が少ないスウェーデン代表GK。年齢は31歳、あくまでもローンで加入しピックフォードに発破をかけるような役割を期待したが、まだ様子を見るしかない状況。
しかし、ニューカッスル戦のデビューはほろ苦いとはいえ、レスター戦ではクリーンシートに貢献。近距離のシュートストップを見せたり、大きなミスは発生しておらず、堅実にプレーしている印象だ。パントキックやフィードの弾道はピックフォードよりも高く、滞空時間が長い。相手もターゲットに合わせて競りやすい面もある。
未だ心許ないピックフォードに成長のきっかけを与えるか、もしくは自らが活躍できるか、どちらも不透明感が否めない。
オプション面から捉えると、DCLを起点にしたい事を考えればピックフォードのキックは武器になっており、徐々にパフォーマンスが維持されればオルセンは必然とベンチを温めるままの立場になってしまうだろう。ただ、もしヨーロッパの舞台へ進出できるなら、重要なバックアッパー。完全移籍への移行もあり得るはずだ。
まずは、新戦力編と称し、今夏補強した選手たちにフォーカスした。アンチェロッティが引き寄せたハメスを始め、新しいスタイルを提供してくれた序盤戦は何度も言うが衝撃的だった。そして、主力の離脱に伴いそのスタイルを捨てなければいけなかった中盤戦も印象的だった。新戦力も全員が揃って毎回出場できたわけではなく、既存選手がそれぞれ花を咲かせ始めたことを忘れてはいけない。クーマンやマルコ・シルバらが見届けられなかった選手の成長を含め、アンチェロッティが昨年は見せなかった表情をピッチで表現し始めた。今、私たちは歴戦の名将が繰り出す''本気''を目の当たりにしている。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次回、リーグ前半をフェーズ毎に振り返る<プレイバック編>をお送りするため、鋭意執筆中です。しばしお待ちください。