「Post - Richarlison」-インフォグラフィックで探るリシャーリソン論- NSNO Vol.13/ 22-23 エバートン ファンマガジン
エバートンにはヒーローがいた。
財政難のクラブに多大な置き土産と、
数々の印象的な思い出を残し、
青年は胸を張って別の舞台を目指す。
「He’s Brazilian.」
王国ブラジルを背負って立つであろう男、
リシャーリソンである。
NSNO Vol.13
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◇旅立ち
今夏に至るまで、クラブはFFP(ファイナンシャル・フェアプレー)の制限を受け1年近くリーグ側と調整を続けてきた。エバートンは、指揮官フランク・ランパードの野心を叶えるべく軍資金の確保に迫られていた。
リシャーリソンに白羽の矢を立てたクラブはいくつかあったが、最も熱心だったのはダニエル・レヴィ率いるトッテナム・ホットスパー。
21-22冬、エバートンはそのスパーズから元イングランド代表デレ・アリを獲得。交渉で対面したレヴィとビル・ケンライトは互いに以前から良好な関係だと報じられている。リシャーリソンに関する駆け引きはリーグの年度末に間に合う形で決着した。当初£40mと希望したスパーズ側の要望を跳ね除け、エバートンは£50m+£10mの計£60mで契約を交わした。
リシャーリソンにとって足りないのはトロフィーだ。クラブでの栄冠とチャンピオンズリーグ、そしてW杯。更なる高みを目指すべきフットボーラーだと思う。欲を言えば得点王やバロンドールなど、挙げ始めたらキリがないだろう。既に所属クラブの器に収まり切らないのは周知の事実だった。それは昨季以前のクラブ成績を見れば明らかだ。
今号では、「Post - Richarlison」と題し、この先のチームに求められることを考えていきたい。リシャーリソンの穴をどう埋めるのか。どのようにチーム作りを進めるべきか。
一度は払拭した"ジンクス"も、その残り香は未だ漂っている。新シーズンの開幕から何試合になるか分からない、ファンは彼の面影を随所に感じるだろう。その残穢をどのように払い除けるのか。
プレシーズンに突入した各クラブ、22-23シーズンのプレミアリーグ開幕はすぐそこまで迫っている。今、エバートンのリシャーリソン後について考えてみよう。
◇スタッツから見るリシャーリソン
Agenda
今回のインフォグラフィックやデータはスタッツサイト「FBref.com」(StatsBomb)の数値を中心に作成、分析を行なっている。
数字だけで全てを語ることはできないがゴールに繋がるスタッツ、パスやドリブルに関するスタッツ、守備におけるスタッツを分析し、改めて彼の特徴を読者の方と共有できたら幸いだ。
▽1.特徴とパーセンタイル値
☆パーセンタイル値(パーセンタイル順位)
あまり聞き馴染みのない方へ向けて「パーセンタイル」(以下、PCTL)について簡単なご説明を。
FBrefでは、選手個人の各スタッツにおいてPCTLを用いて他の選手と比較し位置付けを確認することができる。過去365日間の5大リーグおよび欧州大会(CLやEL)におけるポジション別成績と比較。選手の総プレー時間に基づき、指標となる数値は「Per 90 Minutes」、90分間におけるスタッツの平均値を利用している。
本稿PCTLの値では、2パターンで分析。リシャーリソンのポジションであるFW(CF)とAtt MF(WG)の選手たちと数値を比較してその位置付けから特徴を探る。
(ⅰ)xG、xA、SCA…
ゴール、シュート、ショットクリエイション
☆リシャーリソンのスタッツ項目
(数値)PCTL:vsFW(CF)/vsAtt Mid(WG)
※90分あたりの平均値
Non-Penalty Goals (0.25) PCTL:30/58
PKを除いた得点。
npxG (0.28) PCTL:32/74
PKを除いた得点期待値。
Shots Total (2.50) 49/69
シュート本数。
Assists (0.18) 76/49
アシスト数。
xA (0.09) 27/5
アシスト期待値。
npxG+xA (0.37) 24/43
PKを除いた得点期待値 +アシスト期待値。
Shot-Creating Actions (2.21) 42/11
シュートに繋がる直前2つのプレー。ドリブル、パス、シュート、被ファウルが該当する。
”貪欲”
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リシャーリソンのポジション登録は FWだが、実際には攻撃的なポジションとしてLWを中心に、2トップの一角や両SH、CFとしてシングル・ストライカーの役割も担ってきた。前線の選手が怪我で離脱することはもちろん、多くの監督交代も影響している。マルコ・シウヴァ→カルロ・アンチェロッティ→ラファ・ベニテス→フランク・ランパード、4人の指揮官のもとでレギュラーポジションを確保した。
このような変遷及びポジション移行の中、攻撃における特徴として、リシャーリソンのゴールへの貪欲さを挙げたい。4年の在籍期間、リシャーリソンのゴールへ向かう意欲はチームでも1.2を争うもの。ファンの共通認識だろう。
さて、上記のインフォグラフィックから。
npxGのPCTL:「32/74」は比較対象がWGの場合、まずまずのランクに位置しているのに対し、xAのPCTLに関しては「5」と最低水準にある。
チャンスメイクを基軸にするWGではなく、よりゴールへの可能性を優先していることが読み取れる。
しかしNon Penalty Goals、npxG、Shots TotalではPCTL :vsAtt Mid(WG)のアベレージを超えているもののCFとしては満足できない位置付けである。貪欲さが特徴でありながら、CFとしてはDCLのように得点を量産できず、正真正銘の9番にはなれなかった。それは何故だろうか。
彼の貪欲さは、ピッチ上での振る舞いにも現れている。21-22シーズン序盤、PKキッカーを担当したDCLからボールを奪ったシーン(第2節リーズ戦)は記憶に新しいが、このようなケースは初めてのことではない。以前は不動のフリーキッカーとして君臨したギルフィ・シグルズソンから無理やりキッカーを変わろうとした光景など、思い当たるシーンはいくつかある。
18-19、19-20シーズン、2季連続で13ゴールを挙げたのがリシャーリソンのゴールスタッツのハイライトだが、2トップを組んだ20-21シーズン以降のDCLとの関係性は一時的に不和の噂が立つほどだった。
独善的な姿勢が強まり、DCLが相手ゴール付近で良いポジショニングに位置しても(リシャーリソンにとってxAの値が高い状況)シュートやドリブルを選択し、好機を逸する場面が多々発生した。一方で、周囲に活かされ、得点を量産していくDCLと明暗が分かれた形だ。
まず、エバートンは戦術の構築(ビルドアップや攻撃の再現性)が度重なる監督交代(とその質)により遅々として進んでいない。個人の打開力やクオリティに依存し、デザイン性に乏しければ、得意なパターンというものを得ることができなかった。それは選手が本来秘めている能力を引き出しきれなかったとも言える。
戦術の構築や再現性において、近年のエバートンで明るいポイントのひとつとしてDCLの成長がある。アンチェロッティを始めとして、彼の特徴的な跳躍力や高さを軸とし攻撃の中心に据えた戦法を組み込むことができた。
ところが、顕著になったのはボールを持たないスタイルである。シウヴァのようなストーミングを軸とした高い位置でのボール奪取ではなく、ロウブロック形成による攻撃回数の減少は明らかに強まった。
特にベニテス期以降は数字にも如実に現れた(21-22シーズンの平均ボール保持率は39.1%)。最前線の選手が孤立する傾向である。スタイルに加え、リシャーリソン&DCLの二枚看板に対し、供給役だったリュカ・ディニュ、ハメス・ロドリゲス、ギルフィ・シグルズソンといったチャンスメイカーを失ったダメージも感じてしまう。SCAの値の低さも、前線の連携不足や攻撃頻度、チャンスの少なさが想像できる。
このような戦法・環境の影響を受け、CFとして出場した際のリシャーリソンは得点機会に苦しんでいた。これを色濃くしたのは、前述のチャンスメイカー喪失と、軸となりさらなる飛躍が期待されたDCLの不在。強豪チームと対するゲームではリシャーリソンにボールが入らない。本来の役割とは異なるポストプレイ、ロングボールに対し相手DFを背負い続けるリシャーリソン。苛立つ表情が浮かび上がっていたのは一度や二度のことではなかった。
付け加えて忘れてならないのは、21-22シーズンのリシャーリソンは開幕から満身創痍だったということ。オフシーズンはブラジル代表としてコパ・アメリカに参戦。その後、立て続けに東京オリンピックのエースとして働いた。輝かしい金メダルを獲ったことで、休みなく決勝戦まで戦い続けたリシャーリソン。8月7日に日本で決勝を、8月14日にはイングランドでプレミアリーグ開幕戦のピッチに立った。彼には珍しく、序盤で怪我を負い戦線離脱した。
その怪我を除いても、自身の夢であるブラジル代表で活躍した代償、そしてエバートンというチームスタイルの弊害を受けたと考えられる。npxG:0.28のPCTL「32/74」という値はCFとして物足りないレベルだったことを示すが、WGとしては得点を期待できるオプションだった。だが、どちらのポジションであれ積み上がるのは彼への期待ばかりで、戦術や環境が伴わなかったのだ。
一方、興味深いのがxA(0.09)に対し、2倍相当のAssists(0.18)を記録したスタッツである。
味方を活かすことよりも、貪欲にゴールを目指してきたリシャーリソン。そして、彼自身が活かされる戦法が定着しないまま、エバートンというチームでは自分でボールを追い、切り拓き、個人のクオリティで立ち向かう必要があった。
そして、チームは残留争いという苦境に立たされた。
その状況下で、21-22シーズンに残したキャリアハイの「5」というアシスト数は上出来と捉えることもできるかもしれない。これは主観での意見になるが、リシャーリソン自身にチャンスメイクやアシストの力が無いとは思わない。だが、その手段を選んでこなかった。そして発揮させるだけの器がエバートンに無かったと考える。
決して期待値の高くない中、限られた攻撃機会で過去最多のアシストを記録した。これまでエバートンで必要とされ、リシャーリソンが求めた"ゴール"という結果。しかし、残留争いで生き残るため、立場の苦しい状況で21-22シーズンは、より''勝利''に対して貪欲に戦った印象である。
(ⅱ) Passes、Carries、Dribbles…
パス成功率、ボールを前に運ぶ力
Passes Attempted (20.33) PCTL:30/1
パスを試みた回数。
Pass Completion % (61.8%) PCTL:9/2
パス成功率。
Progressive Passes (1.21) PCTL:30/1
ボールを前進させるパス(ピッチ自陣40%内でのパスは対象外)。
Progressive Carries (3.42) PCTL:65/4
ボールを前進させて運んだ回数。
Dribbles Completed (1.18) PCTL:72/31
ドリブル突破の成功率。
Touches (Att Pen) (5.49) PCTL:60/83
敵陣ペナルティエリア内でボールに触った回数。
Progressive Passes Rec (5.07) PCTL:4/26
味方選手からProgressive Passesを受けた回数。
”自己犠牲”
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この項目でも攻撃面の要素を強く含んだデータが詰まっている。
グラフィックでも目立つのは、Passes Attempted、Pass Completion %、Progressive Passes、Progressive CarriesにおけるPCTL :vsAtt Mid(WG)の数値だ。
いずれもPCTL一桁台の水準で、リシャーリソンがパスやボールを前進させる選択肢を選んでこなかったことが伝わってくる。この点は、(i)で述べたゴールへの貪欲さという部分にも重なってくるだろう。
ただし、Progressive Carries PCTL:「65/4」、Dribbles Completed PCTL:「72/31」という位置付けにもあるように、CFとしてのキャリーやドリブルのチャレンジではアベレージ以上のランクにある。
ここではリシャーリソンの特徴として、「自己犠牲」のワードを取り上げたい。
次の(ⅲ)の項目では、彼の守備スタッツについて触れるが、彼の献身性は守備だけでなく、ボールを保持した際にも汲み取ることができる。
Touches (Att Pen) のスタッツ、PCTLにもあるように、リシャーリソンの仕事場はあくまでも相手のペナルティエリア、ゴールに近い位置でフィニッシュの局面に絡むことだ。しかし、ボールを保持しないスタイルをとってきたエバートンにとって、その機会は限られたものであることを(i)でも述べてきた。その状況でも危険なエリアに度々顔を出せる力があることをPCTLの数値は語っている。
ここでリシャーリソンの特徴として浮かび上がるポイントは、相手のファウルを受けてボール保持の時間とトランジションを維持することである。
攻撃の術が限られるエバートンは、当然ながら相手からも対策されやすい。リシャーリソンにボールが渡れば、素早いトランジションの中で当然ながらプレッシャーを受ける。ペナルティエリアでのリシャーリソンの優先度がシュートであるならば、ミドルサードではどうか。
ポジティブ・トランジションから次のプレーに移る中で、リシャーリソンの場合、キャリー、パス、ドリブルを実践する前に相手からファウルを受けることで攻撃の芽を絶やさない選択をする。このスタイルを繰り返してきたことも上記のスタッツに起因しているだろう。
裏を返せば、ビルドアップが整備され、各ラインの重心が極端に下がることなく、攻撃に枚数をかけながらリシャーリソンにスペースが与えられれば、もっとスタッツは伸びてもおかしくは無い。彼を活かす伸び代はあったはずだ。Progressive Passes RecのPCTL:「4/26」はその証左だと捉えている。
(個人的に、この数値がスパーズでどれほど伸びるかに注目している。)
少なくとも、ディニュがいたエバートンではリシャーリソンのカットイン、ドリブル、ドライブ力が発揮された。ディニュが大外レーンを駆け上がり、リシャーリソンがハーフレーンを切り裂く。1人を失うことは複数のストロング・ポイントを手放すことと同義である。それはリシャーリソンを失うことも同じだと気付かされる。
エバートンでは「自己犠牲」を払うことで、チームを助ける重要なタスクを担っていたのだと再認識する。しかし、彼がより強いクラブへ進み、本領を発揮するための重要な鍵となる特徴でもあるだろう。
(ⅲ) Pressures、Tackles、Interceptions…
プレッシャー、タックル、積極的な守備
Pressures (21.05)PCTL: 92/86
プレスをかけた回数。
ボールを受ける/運んでいる/パスを出している最中の選手が対象
Tackles (1.43)PCTL: 95/49
相手選手のドリブルをタックルで止めた回数。
Interceptions (0.75) PCTL:93/31
インターセプトの回数。
Blocks (1.71) PCTL: 99/87
シュート・パスを問わずボールをブロックした回数。
Clearances (1.14) PCTL:92/97
危機回避を目的として、味方へ繋がる意図なくボールを蹴りだす行為。
Aerials won (2.03) PCTL:53/94
空中戦の勝利回数。
”献身性”
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(ⅱ)の項目で論及した「自己犠牲」のワードは、この守備スタッツにも繋がってくる。
リシャーリソンが加入した当初、私たちが感銘を受けたのは、もちろん得点源としてのパフォーマンスが1つ。そして彼の大きな特徴、身を粉にして戦う果敢な守備、自己犠牲を厭わない「献身性」を見過ごすわけにはいかない。
先程までのインフォグラフィックよりも一目でわかるリシャーリソンのPCTL値は他の選手を寄せ付けない、同ポジションのスタッツを凌駕するものだと認識できる。
PCTL :vs FW(CF)/vsAtt Mid(WG)の両方で平均を大きく超えているPressures 、Blocks、Clearancesを始め、Tackles、InterceptionsでもCFを対象にすると、その部門でも高水準にある(ただ、驚くべきことに21-22シーズンのリシャーリソンのタックル企図数、勝利数は4年間で最も少ない)。
中でもBlocks (1.71)PCTL:「99」は欧州5大リーグの同ポジションでもトップタイの位置付け。その他部門も90越えのPCTL値が並ぶ通り、エバートンが誇るべきスタッツだ。
すぐに思い浮かぶのは、残留争いの最中で迎えたホーム第35節、運命を分けたチェルシー戦。最前線からプレッシャーをかけ続け、相手のミスを誘い決勝点をあげたゴールは、フォトジェニックな発煙筒の猛々しい煙と共に、ファンの記憶に刻まれている。
休みなく戦い続けたリシャーリソンは、コンディションがどうであれ、チームのために走るのを辞めなかった。そこに上積みされた戦術や華麗なパスワークはなかったかもしれない。しかし、精神論を身体で体現してきたリシャーリソンは、文字通り不屈の精神でエバートンのヒーローとなったのである。ファンのハートを掴んだのは、チームスピリットに相応しい、「貪欲さ」と「献身性」かつ、「自己犠牲を払う不屈の精神」を貫き続けたからである。
だからこそだ。
リシャーリソンにはそのたくましい羽をもっと大きく広げ、羽ばたける場所が必要だった。
次の舞台では味方を支えつつ、自身を活かしてくれる、そんなクラブを選んだはずだ。
逆境で結果を残してきた男は、きっと大舞台で活躍できる力を備えている。夢を掴むリシャーリソンを見るのが待ち遠しい。
◇求められる代役と既存選手の役割
ここまで、リシャーリソンの特徴とPCTLによる位置づけについて触れてきた。読者の方、特に彼のプレーを見てきた人々にとっては様々なシーンや記憶が蘇ったのではないだろうか。
私の答えとして、リシャーリソンと同じ資質、特徴を持った選手を獲得することは不可能だと考えている。
むしろ、リシャーリソンを失ったことで、既存選手の潜在能力をさらに引き出す必要があると感じている。
彼のような選手を補強するのではなく、残されたスカッドを最大限に活用して新たな指針を中枢にしたチームを作るべきだ。
これはあくまで私の考えによるが、どのような存在を欠くことになるかイメージできたと思う。既存選手とも比較し、現在の選手たちに何を求めるかを考え、今号の論及を完結させたい。
↓エバートンに残された主なアタッカーは以下の通り。
FW(CF)
・ドミニク・カルヴァート=ルウィン
・サロモン・ロンドン
・エリス・シムズ
Att Mid(WG)
・デマライ・グレイ
・アンソニー・ゴードン
・アンドロス・タウンゼント(リハビリ中)
・アレックス・イウォビ
・デレ・アリ
・ルイス・ドビン
本稿執筆時現在、去就や処遇が定まらない選手もいる。ランパードが軸に据えたいとされるDCLは依然放出の噂が残る。ゴードンは新たな背番号「10」を得て、今季は留まることが予想される。その他の選手も残留するのが既定路線と言えるだろう。
(i,ⅱ,ⅲ)で取り上げてきたリシャーリソンのPCTLを参考に、他選手の21-22シーズン/PCTLと比較する。それぞれの役割や特徴を見ていきたい。今回比較対象に選んだのは、起用のプライオリティが高いor21-22シーズンのスタッツを参考にしやすいメンバーを選んだ。
CFは DCL、WGはグレイ、ゴードンをチョイス。
加えて、あくまで参考として現在噂されている代役候補、アルマンド・ブロヤ(サウサンプトン→チェルシー)をCFの比較対象に。エマニュエル・デニス(ワトフォード)はリシャーリソン同様に両項目のPCTL値があることから、双方に加えることにした。
▽FW(CF)のPCTL比較
DCLを軸にするリスク
もし、DCLを攻撃の軸とするならば、グラフでも特徴的な「高さ」を最大限に活かす必要がある。Aerials wonが4者の中でも最も高く、ゴールゲッターとしてエバートンでは欠かせない選手の1人だ。
サイドに流れ、GKやDFからのフィードを受け取り攻撃の起点を作ったり、ポストプレイで相手のラインを引き下げ、シャドーに入るWGのグレイやゴードン(あるいはイウォビやデレ)を前向きにプレーさせる役割を担う。
しかしながら、残る3者と比較しても分かる通り、Progressive Carriesなど、ボールを前に運ぶ動作を苦手とする。彼を据えるならばグレイやゴードン、別のアタッカーが推進力を発揮しなければいけない。
さらに、彼につきまとうリスクとして頻繁に発生する''怪我''がある。
21-22シーズン、彼を多くの時間で欠いたポジションをリシャーリソンやロンドンが担当したものの、同じ役割は全うできず、ゴール前での得点力は著しく落ちてしまった。不在の影響を和らげたのは前半戦のグレイやタウンゼント、ゴードンといったサイドのアタッカーたち。ランパードはDCLを軸とするならば、同時に彼の不在を補う戦術も落とし込まなければならない。主力としては疑問符のつくロンドン、まだ未知数も可能性を秘めたシムズ、サブスカッドをいかに早くフィットさせるか、ランパードに与えられた大きな課題だ。
リシャーリソンとDCLに足りない要素
ブロヤとデニスを添えたことで、これまでのエバートンに欠けていた部分が浮き上がる。
まず、4者の総合値で最も大きく分布しているデニスから。
高水準の位置にある、ボールを前進させる力。DCLはもちろんのことリシャーリソンよりも高ランクであり、特筆すべきポイントである。さらにリシャーリソン同様のプレッシャー強度を備え、ショット・クリエイションでもその長所を活かしていることが確認できる。2人に足りない要素だが、この部分をグレイやゴードンが補っていくことが求められると考えている。この点は次項の部分でも触れたい。
続いてブロヤについて。
DCLの役割に"GKやDFからのフィードを受け取り攻撃の起点を作ったり"と述べたが、ブロヤもこのプレーを得意とする選手だ。相手のフルバックに対し、高さの質的優位を発揮できるレーンへ流れ、空中戦でアドバンテージをとる。さらに、DCLに足りない要素、前進させるパス、キャリーやドリブルによる推進力も備えている。スタッツ/PCTLの数値ではリシャーリソンを凌ぐ成績だ。
ブロヤについてはDCLの代役として計算できる選手であり、もし移籍するような事態になれば獲得に動くべき人材と言えるはずだ。
デニスもブロヤも今夏の移籍市場で人気銘柄である通り魅力的な成績を残しており、2人とも年齢的に若い。エバートンも興味を示している噂についても納得がいく。しかしながら、シュート本数やペナルティエリアでのタッチ数ではリシャーリソンが抜けている形。
1人失い大金を叩いて1枚獲るだけで全てを解決するのは難しい話であり、これまでの失態を繰り返す可能性は大いにあるだろう。あくまでもチーム強化の一片に過ぎない。
▽Att Mid(WG)のPCTL比較
グレイとゴードンを最大の武器に。
デニスのPCTL値はやはり魅力的。個人打開の素質と守備貢献はWGでのPCTL比較でも際立っている。簡単に言えば、グレイとゴードンの長所を兼ね合わせている。
看過したくない点として、リシャーリソンの存在を補うために、有望な選手を1人獲得するだけでは解決できないこと。ましてや昨季残留争いを演じたクラブとあって、同格の選手を確保すること、あるいはそれだけで強くなれる程プレミアリーグは甘くない。私たちエバトニアンが積年の経験で痛感してきた事実である。
ディニュが移籍し、大きなチャンスメイカーを失ったことでDCLやリシャーリソンたちアタッカーの得点力や攻撃力、そのパターンや仕掛けの引き出しに影響が出た。これはディニュに限らず、主力を放出することで必ず発生する事象だろう。
この論及で例えるなら、リシャーリソンを失うことでペナルティエリアでのシュートチャンス、トランジションで被ファウルを得る機会、前線からのアグレッシブな守備を欠くことになる。残された選手たちは、その役目を果たすべきかどうか。それは指揮する監督次第であるが、ビッグクラブのような補強ができないボトムハーフの私たちにとっては、複数の選手で穴を埋めていくべきだと考えている。
上記グラフで、まず目に止まるのはゴードンの守備スタッツにおけるPCTL。抜きん出ているプレッシャーとタックルのランクは5大リーグでもトップクラスである。ここにエネルギーを割き続けたゴードンが、試合後半の肝心な場面でガス欠になったシーンは見慣れた光景だが、彼のスタミナは確実に向上している。本人も課題として意識している点だ。
グレイはその強度についてはアベレージ以下であり、前線での守備貢献が薄いのが現状だ。
それでも攻撃面ではゴードンを上回る成績を残している。一方、シーズン後半で失速してしまったのは、怪我やフィットネスの不調、フルシーズンで戦った経験が少ないことに加え、プレーエリアが後方に下がってしまったことも要因として挙げられる(チーム状況、ランパードの5-4-1など)。ベニテス期の前半戦で見せたラインブレイク・シーンのように、より高い位置でこそ輝く選手だと感じている。
少なくともリシャーリソンが獲得した21-22シーズンの10得点をこの2人で奪うための努力をしなければならない。グレイは昨季の5得点+5得点、ゴードンは4得点+5得点することが理想。そこに2桁得点をDCLが達成できるなら順位も相応に上がるだろう。
そのためには、グレイやゴードン、そしてサブのスカッドも、もっとゴールの近く、DCLの近くでプレーする機会を増やすべきだ。個人打開による大外からのワンパターンなカットインやクロスだけでは勝負ができない。
ディニュのように後方から力強いバックアップをミコレンコに望んでいるし、パターソンも同様。
ようやく真価を見せ始めたイウォビ、かつての輝きを燻らせているデレ・アリ、全員のパフォーマンスに期待を寄せ、彼らの成長が必須なのだ。
しかしながら、言葉で理想を並べられるほど現状は甘くない。相手に応じて守勢に回ることが多くもなるし、ロウブロックで構えることも避けられない場合も考えられる。何より、継続性の無いクラブがリスタートを切ったばかりだ。
結局のところ、ランパードがどのようなフットボール、戦略性、戦術、指針を掲げるかにかかっている、と現実的な結論に辿り着き、尻すぼみな長文の末路になるのは切ない話である。
とにかく、22-23シーズン、リシャーリソンの穴をどのように埋めるかを観察していくとしよう。
続きはきっとその折に。
▽データでは見えないキャラクター
エバートンで記録した21-22シーズンのスタッツを確認し、既存選手や他クラブの補強候補と照らし合わせることで、皆さんの中でもどのような人材が必要か、各々に想像が膨らんだと思う。一方で、データによる客観的な指標だけでは、我々が抱くリシャーリソンの存在感には辿り着けない。その物足りなさは、ありのままの彼が見せる、データだけでは語りきれない魅力があるからだ。
そこには生い立ち、人柄・性格、集団活動での立ち振る舞い、SNSでのパフォーマンス、ピッチでの仕草、姿勢、試合を通して分かること…etc.
あらゆる側面、パーソナルな部分に触れてこそ分かる良し悪しがある。そして、画面だけでは分からないチームメイトこそが知り得る魅力や欠点があるだろう。
エバートンでの物語は4年の月日を経て終焉を迎えたが、彼の旅はここからがメイン・ストーリーとなるはずだ。
それはエバートンにとっても同じである。
新スタジアム建設、クラブ買収の行方、経営や財政によるガバナンスの問題、そしてピッチで成長を求められたチーム、監督、選手たちの課題…
気持ちが昂る夏は、いつも一抹の不安と一縷の望みが同居する。
また新しい1年が始まる。
失ったものの大きさを受け止め、手元にある原石を磨くことを忘れなければ、あらゆる形で大きな財産となるだろう。
22-23シーズン、プレミアリーグの開幕は1ヶ月を切った。今季も心躍る瞬間を待ち侘びている。
2022年7月
月刊NSNO Vol.13
「Post - Richarlison」
-インフォグラフィックで探るリシャーリソン論- NSNO Vol.13
22-23
エバートン ファンマガジン
終
参考資料
FBrefのスタッツ用語を確認する際、助けていただきました。
Coaches'Voiceより、スパーズへ移籍したリシャーリソン最新号。
今回のディールに関して。
パーセンタイルについて。
「The Athletic」より、同じ角度から書かれた記事。先を越されました。くそう。有料です。
次回は、エバートンのプレシーズン・マッチレビューをお送りする予定です。お楽しみに。最後までありがとうございました。