侍女と念入りに殺された男
『侍女の物語』を読んで、そのあとすぐ『念入りに殺された男』を読む。偶然だけどどちらも本当の名前を捨てて生きる女性の話。前者は強制的に名前を捨てさせられ、後者は自ら別人を名乗る話。読む順序が逆だったら『念入り…』も楽しめたかもしれない。結局主人公に全く感情移入できないまま読了。残念。
それほど『侍女の物語』は素晴らしかった。始まりは唐突。どこの国のいつの時代の事なのか、彼女の仕事は何なのか、なぜ心の内を悟られないよう常にビクビクしながら過ごさなくてはいけないのか、何の説明もないまま物語が進んでいく。物語というよりは主人公の独白か日記のようなもの。
彼女自身の過去も明かされないまま、彼女が必死の思いでコソコソかき集める情報はあまりに断片的で、一体誰が味方でいま何が起こっているのか遅々として見えてこない。イライラとしながらもついつい引き込まれて読み進んでしまう。
現在と交錯してフラッシュバックのように蘇る過去の断片の数々が明滅する光となって次第にそれまでの彼女の人生を炙り出し、バラバラに見えたパズルのピースが徐々につながっていく。最後の方は駆け足。一気読みだ。
1985年に書かれたなんて信じられないほど読み応え十分の一冊だった。丁寧な心理描写は緻密でありながら生き生きと息づきリアル。息を殺し必死で生き延びようとする彼女の胸の鼓動が聞こえてきそうなくらい。詩的でのびやかな文章表現に加え、映画の場面が切り替わるようなやや唐突とも思える場面転換の多用が作品に幻想的な雰囲気を醸し出している。
フェミニズム文学かと思って読んだら全然違っていた。特に主張はない?かな。でも一級品だ。チャップリンの初期の映画が文句なしで面白いのと一緒。ただ彼女を密告したのは誰だったのかという疑問が残る。もしかしたらモイラじゃないのかと私は思ったりしている。