演出家三浦基の言葉 木津潤平
「何かの回路、そんな感じ」
空間デザインについての最初のミーティングで、演出家三浦基が口にした言葉だ。
それは確信に満ちたビジョンというよりは、まだどこにも見えない頂きに目を凝らし、そこへ至るための手がかりを必死で探しているような言葉だった。
私はその言葉だけを頼りにスケッチブックに手当たり次第にアイディアを書き連ねた。その数は100には届かなかったが、数えたら84あった。その内の74番目に、そのスケッチがあった。四角いトンネルの横に「1つの窓」と書かれ「窓」のところに◯がついている。
窓は回路である。内と外を繋ぐ、世界に開かれた回路。それはイェリネクが震災と津波の映像を見つめ続けた、テレビの画面でもある。そして、そもそも劇場のプロセニアムアーチそのものが世界を見る窓なのだ。
私はそれまでプロセニアムアーチというものに縁が無かった。劇場の客席と舞台を区切る額縁の様な存在を、旧い形式の劇場の象徴と考えて敬遠してきた。三浦氏も同じだった。しかし、私が提案した7つのプランから、三浦氏はこの「窓」、つまりプロセニアムアーチそのもののようなプランを、ほとんど迷うことなく採用した。
「これはオペラなんだ。プロセでオペラをやるんだ。」
そう言った三浦氏の目には何か確信めいたものが浮かんでいた。
「このトンネルの中に合唱隊を入れたい。入れたいけど見せたくない。居るけど居ない。そう見せたい。」
続いて三浦氏は言った。「居るけど居ない。」禅問答のような言葉に戸惑いつつ、答えを形にできれば、これまで誰も見たことがない空間が立ち現れるのではないかという予感があった。
三浦氏との創作の過程では、自分がどこへ向かうのかよくわからないまま、暗闇の中をひたすら前に進んでいくように感じる時がある。だが、気づくと、いつの間にか夜が明けるように視界が開けてくる。すると自分が思っても見なかったような場所に来ているのである。大きな山に登っているのだと思っていたら、丸くて青い地球を見下ろしていた。と言うような。その光景に圧倒されていると、隣にいた三浦氏が「満塁ホームランだ」と嬉しそうに笑った。
地点『ノー・ライト』12/16〜18 当日プログラムより転載