(書評)化学の歴史/アイザック・アシモフ…最の高。
一番好きな一冊って何ですか?
今まで読んだ、書籍の中で、一番好きな一冊は何ですか?と問われたら、何を挙げますか?
太宰治の「人間失格」、ではありません。
三島由紀夫の「金閣寺」ではないだったら「三島由紀夫レター教室」を挙げる。
武士道を説いた「葉隠」あの、切腹するとき親指を自ら折るやつ?それは新渡戸稲造の「武士道」でしょ。
「ライ麦畑」?「グレートギャッツビー?」「フラニーとズーイ?」私は村上春樹ですか!違いますw
あれ?チェーホフの「犬を連れた奥さん」が一番好きって言ってませんでしたっけ?
いえ、チェーホフで一番好きなのは「大学生」です!あ、知らないか…。
チェーホフの「大学生」
ちょっと世馴れしてきて倦怠感もある大学生のイワンは寒い夜道でたまたま近所の知り合いの老婆の焚火にあたり偉そうに教養を見せつけた。そこである歴史の話し(福音書「ペテロの否み」ルカ23、ペテロ、捕まったイエスの知り合いでは無いと嘘をつくが、そのことをイエスの予言通りだったことを思い出し、激しく慟哭する)の逸話に関するお喋りをするが、それを聞いて老婆も突然激しく泣き出す。その様子に驚き彼もふと考え込み、思った。
チェーホフらしい美しい情景描写。
良いでしょう?
…でも無くて!小説や戯曲では無くて!
アシモフの「化学の歴史」(ちくま文芸文庫)なのです。これはSF作家の第一人者、アイザック・アシモフが趣味で書いたという。
化学の歴史=科学の歴史
科学じゃなくて化学?というと、今では化学薬品に繋がる本、デオキシリボ核酸が、とか家庭では「塩素系の漂白剤や洗浄剤」と「酸性タイプの洗浄剤」が混ざると、危険な塩素ガスになる知識、とかですね。そこから科学的な「原子」などの歴史にまでつながっていきます。古代、人間が火を使い始めてから、医薬品がいろいろ発明され、金属によって火の色が違うことに気づき、ギリシャ時代に「アトム(原子)」が想像され、中世、錬金術が流行りながらも、やがて原子の実態の仮説が多数論じられるようになり、そして電子、周期表の完成、放射線の発見、しいては核爆弾まで、を説明していくという本です。
この本ではその中で、何百人もの世界中の化学者(科学者)の活躍が紹介されていて、誰が何を発明したから、地球の反対側でその論文を継承して誰が何の実験に成功したが、同時にまた別の人が成功して先に発表したから埋もれてしまった、という調子で連綿と歴史が紡がれていく様子が描かれているのです。それも軽快な文章で、非常にスピーディーに、でもあくまでドキュメントとして。
そのスリリングさが、たまらない。けど、事実だし、漠然と抱いてた「百年前にどうして電子なんて観察できないのに理論化したんだろう?」とか思っていたことが明らかにされる。
これは面白い…。面白そうでそ?
最の高。
トプ画の同著、ボロボロでそ?もう3冊目ぐらいです。
教養が物語のスパイスになる
他にも「生物学の歴史」「アシモフの雑学コレクション」という似たテーマの本が出てます。
思うんだけど、小説や、物語を良くするスパイスとしてある詳しく綿密な調査・取材に基づいていたり、何らかの尖った教養(科学とか料理とか地域の文化や歴史の知識とか犯罪心理とか)があると、必要条件ではないけれど大概、途端に面白くなりますよね。
そういえば、そういうつもりで以前のコンテストに乗じてもらった時「私が『知的興奮』を味わえる要素が含まれている」モノ、とテーマを指定させていただきました。
そんな感じ。
「化学の歴史」SF作家で成功したアシモフさすが、という感じです。機会ありましたらぜひ。
P.S.一番好きな本が小説や啓蒙書ではなく、こんな化学の本っていうのが、賢そうでそ?w
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