南野薫

はじめまして、小説を書きたくて参加しました。

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最近の記事

キッシュが冷たくなるまえに 第77話 プロパガンダ

 「で、翔太はよくこの店に来るの?」  琥珀色の液体が満たされたグラスを傾けながら小日向君は僕に質問してきた。目の前にいる成人になった小日向君と中学時代の小日向君の姿がオーバーラップする。ウイスキーを満たしたグラスを口元に運ぶ姿を見ると、ニキビだらけで詰襟の姿の中学時代の残像が消え去り、ようやく今の爽やかな風貌の小日向君に網膜の焦点が合ってきた。   「コロナ架は全然来てなかったけど、その前は月に一回か二回ぐらいかな」  「けっこう来てたんだね。しかし中学の同級生と酒場で会

    • キッシュが冷たくなるまえに 第76話 処女の嬌声

       「カワイイもんだよ、中二病なんてさ。自分の見せ方ばっかり意識してて、実際にこう見られたい自分と、実際に自分がどう見られているかの乖離にまったく気づかないんだからね」  吾郎君は呆れた顔で淡々と話し終えると、水道の蛇口を開いて、空になったカクテルグラスを洗い始めた。   「でもさ、社会人って会社で仕事に追われて、家庭でもいろいろあったりする訳じゃない?そんな普通の大人が会社帰りに、ほっと息を抜いたり、ちょっとカッコつける場としての飲食店があってもいいんじゃないのかなと思い始め

      • 女風ダークアカデミア第15話 タバコの煙

         食べ終わった食器を洗い終えて、ほっとした僕は、ティーカップにミルクティーを入れて、ソファーに深々と腰かけた。熱いミルクティーを一口すすってホッと一息をつくと、充実した一日を過ごした心地よい疲労が身体を包み込んでいた。ワインの酔いと満腹感でもう動きたくない。ラジオを消してそっと目を閉じると、しばらくすると睡魔が襲ってきてた。意識がもうろうとしていると、テーブルの上が振動でガタガタとノイズを放って、スマホの着信音がリビングに鳴り響いた。反射的に手に取ったスマホの液晶画面には「ラ

        • キッシュが冷たくなるまえに 第75話 永遠の中二病

           「翔太君の鼻につくって気持ちは痛いほどよくわかるよ。でもお客さんの前で、お客さんを視野の狭い奴扱いをしたり、そう思ってる感情を表情や言葉に出さないでね。あくまでも客商売だからさ・・・」  そう言われると、言い返す言葉もない。糊のきいた白いシャツに黒いベスト、きっちりボウタイを結んだ吾郎君が妙に大人に見える。僕の浅くて独りよがりな考えは、吾郎君は既にお見通しなのだろう。  「翔太君が手伝ってるカフェって女性目線が強い世界だと思うけど、バーなんて男目線の強い世界じゃない?男って

          キッシュが冷たくなるまえに 第74話 ソルティー・ドッグの塩加減

           窓の外の歓楽街は、夜のとばりが降り始めて、黄昏時のあかね色から徐々に暗さを増している。ヤマハの古いスピーカーからは、グラスパーのHIPHOPが入った気だるいJAZZが流れていて、「It’s gonna be alright. It’s gonna be O,K」とフューチャリングされた女性ボーカルが繰り返し歌っている。きっと大丈夫、多分大丈夫。呪文のような歌詞が誰もいないバーに響いている。吾郎君もその歌詞をなぞるように鼻歌で歌っていて、酔っている僕は、吾郎君の鼻歌を耳をす

          キッシュが冷たくなるまえに 第74話 ソルティー・ドッグの塩加減

          キッシュが冷たくなるまえに 第73話 愚か者の酒場

            「どうだい久しぶりのマティーニは。好みの味になってるかな?」  「もちろん、でもどうしたの吾郎君、わざわざ聞くまでもないことを聞いて」  吾郎君は、僕が一口含んだ時の顔色で僕が喜んでるのがわかっているはずなのに、わざわざ感想を聞いてくる。  「単純に、君からのお褒めの言葉がほしかっただけよ」  吾郎君は苦笑いをして、優雅に前髪をかきあげた。  「最近どう、変わったことない?」  ベルモットのビンをバックバーに戻しながら吾郎君は言った。最近起きた変わったこと?あるにはある

          キッシュが冷たくなるまえに 第73話 愚か者の酒場

          キッシュが冷たくなるまえに 第72話  ドライマティーニ

           客がドアを開けて入ってきたとわかったバーテンダーは、急いでカウンター内にしゃがんで、バックバーの下にあるアンプのボリュームを絞って、 カウンターからひょっこり顔を出すと僕と目が合った。  「なんだ、翔太くんか、久しぶりだね」  この店バー、アルカディアの三代目のバーテンダーで、僕の高校の同級生でもある吾郎君は、ほっとした表情で微笑んだ。  「相変わらず音楽を爆音で聞くのが好きだねぇ・・・」  そう言って僕はカウンターの右から二番目の席に腰かけた。この店はスツールではなくソフ

          キッシュが冷たくなるまえに 第72話  ドライマティーニ

          キッシュが冷たくなるまえに 第71話○○銀座へいらっしゃい

           「焼き鳥とチータラねぇ・・・」  意外な注文で正直びっくりした。ワインとあんまり関係ないじゃんとは思ったが、ミカさんもたまには普通の物を食べたり飲んだりして息抜きしたいんだろう。リエットがどうのレバームースがどうの洋物ばかりに終始していると、自分が生まれ育った文化でもないのに、なんでこんなに執着してるんだろうと思ったりもする。西洋に対するコンプレックスが強いタイプだと自覚はあるが、子供のころから食べている訳でもない、はるか遠く海の向こうの食べ物に思いを馳せて、美味しいだの美

          キッシュが冷たくなるまえに 第71話○○銀座へいらっしゃい

          女風ダークアカデミア 第1話 クレオパトラの夢 第14話 カミナリ

           スーパーでの買い物を終えた帰宅途中、古いプジョーは国道から左折して自宅への急な坂道を元気に駆け登ると、真っ暗な駐車場で停車した。外が明るくなったと思ったら、それは稲光で、一瞬鋭い光が古い洋館の姿を照らし出すと、またすぐに暗闇に戻ってしまった。しばらくしてゴロゴロと雷の音が周囲に響き渡ると、雨粒がポツポツとフロントガラスに落ちてきた。雨粒は次第に大きくなり、プジョーの屋根を雨が強くたたき始めると、大衆車で防音材があまり入っていないせいか、金属音の雨音が車内に響き渡るようになっ

          女風ダークアカデミア 第1話 クレオパトラの夢 第14話 カミナリ

          キッシュが冷たくなるまえに 70話 スキップ

            時計の針は10時を越えたばかりで、キッチンのテーブルの上には、焼きあがったキッシュが2ホールどんと置いてある。ほんとは9時台前半に仕上がったのだが、荒熱を取るために放置している。キッチン中に生地が焼けたバターの甘い香りが充満していて、いつもの見慣れた生活感に満ちたキッチンが、香りの変化だけでパン屋やケーキ屋のように思える。まさかこんなに早く作業が終わるなんて思っても見なかった。早起きのせいで作業のスタート時間が早かったせいと、思い切って金属製のキッシュ用の深いタルト型をも

          キッシュが冷たくなるまえに 70話 スキップ

          女風ダークアカデミア第一話 13 Chicago Song

           「ここはアンティークの家具も扱ってるから、もし興味があったらまた訪ねてきてくださいね、御待ちしております」  強い風に飛ばされないようハンチングを押さえながら女性は言った。窓の外からは入口の奥、キャッシャーがあるさらに奥に向けて倉庫のような大きな空間が見えた。シャンデリアと間接照明の光が猫脚の椅子や机、デコレーションが施された本棚などキラキラと照らしている。  「また今度時間を作ってきたいと思います。できればゆっくりと見て回りたいですね」  僕はそう言って運転席のドアを開く

          女風ダークアカデミア第一話 13 Chicago Song

          キッシュが冷たくなるまえに 第69話 コーヒーが冷めないうちに

           寒さで目が覚めた。自室のベッドではなく、リビングのソファーの上で身体を丸めてタオルケットを抱きしめているのに気がついた。昨夜はたしか試作で作った豚バラのリエットとロゼワインのマッチングを試していたはずだ。目やにで開きづらい瞼をこすって、そっと目を開くと、ソファーの前にあるセンターテーブルには、袋が開けられたポテチが置いてあるだけで、飲みさしのグラスやリエットが入っているココットは既に片付けられていた。どうやらそのまま寝落ちしたあとで父さんと美穂がテーブルを片付けていて、シン

          キッシュが冷たくなるまえに 第69話 コーヒーが冷めないうちに

          女風ダークアカデミア クレオパトラの夢 11話 

           突風が窓を叩く音で我に返った。窓の外では街路樹の枝が揺れていて、夕焼けが雲を鮮やかな茜色に照らしていたと思っていたら、陽が弱まり茜色と紫色のグラデーションに変わっていた。  「じゃぁ、このジャケットをいただきます。それとその同じ柄のハンチングをください」  ショーケースの上に置かれた帽子の中から、僕は千鳥格子のハンチングを掴んでかぶってみた。ちょっと伸びた髪のボリューム感でちょっと小さく感じたが、後頭部にあるアジャスターを調整してもう一度被ってみるとちょうどいい感じになった

          女風ダークアカデミア クレオパトラの夢 11話 

          女風ダークアカデミア クレオパトラの夢 11話 

           「こんな千鳥格子はどうかしら?」   渡されたジャケットを手に取ってみると、浅い黄土色に細かくて濃い茶色の模様が規則的に生地に織られている。パッと目にはわからないが、近づいてよく見ると、茶色二色のグラデーションだけでなく、その模様が数段ごとにオレンジ色に変わっていて、十字の格子を描くようになり、さりげなくチェックの模様が施されている。素朴で無骨な織物ではあるけども、細かいところにさりげない味付けがされていて、これは料理にも通ずるところがあるなと思って、ビストロ料理があたまに

          女風ダークアカデミア クレオパトラの夢 11話 

          キッシュが冷たくなるまえに 第68話  パジャマの女王様

           「30過ぎ、60過ぎの男達がロゼのワインを傾けている光景はなかなかシュールですな」  パジャマ姿の美穂はそう言ってテーブルの上のポテチを一つかみして、バリバリを音をたたて食べ始めた。  「いや、それはたんなる偏見でしょ?言わせてもらうけど、男がロゼを飲むのがおかしいって、単なる無知でとしか言いようがなくてさ・・・」  「あら、私を無知扱いする気なの?ちょっと翔太いつからそんな生意気な口をきくようになった訳?ぼっとしてないで私のワイングラスを持ってきてよ」  美穂はアゴでキッ

          キッシュが冷たくなるまえに 第68話  パジャマの女王様

          キッシュが冷たくなるまえに 67話 ロゼと男

            「ただいま」  コンビニ買ったビール数本とロゼワイン、ポテチと先ほど作ったリエットを白いコンビニ袋に入れて玄関を上がった。リビングからはパットメセニーのギターが流れている。リビングのドアを開いたら、父さんがソファーで寝転んで文庫本を読んでいた。ピンク色の表紙に深いブラウンの枝、薄っすらとした金色の桜と、白い文字で「春琴抄」とタイトルが描かれている。作者はたしか川端康成だったような気がする・・・。  「おつかれさん」  父さんはそう言って文庫本から目を離して、僕の持っている

          キッシュが冷たくなるまえに 67話 ロゼと男