![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/136514328/rectangle_large_type_2_4686827a68ce5f2b8e60ad0751a5c99b.jpg?width=1200)
「調教師になったトップ・ジョッキー」蛯名さんの本、読了。
競馬ネタ、連投💦
蛯名正義調教師の本を読み終えました。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/136520918/picture_pc_60678310494e88138b439bb7f52ced7f.jpg?width=1200)
蛯名さんというと、騎手時代の成績は超一流。
通算2500勝、G1もエルコンドルパサーやバブルガムフェロー、アパパネやフェノーメノとのコンビで何回も勝っています。
エルコンドルパサーやナカヤマフェスタとのコンビで日本競馬界の悲願、凱旋門賞で2着が2回と、今のところ騎手として最も栄冠に近づいた男ですね。
・・という、トップジョッキー出身で今は調教師、という方の本。
最近だと、福永祐一調教師(元騎手)も本を出したばかりで、その感想記事も書いたばかり。
続々と元トップジョッキーの調教師となってからの本が出ており、競馬ファンとして嬉しいです。
蛯名さんの本ですが、感じたのはかなり”競馬ファン寄り”に書かれているな、ということ。
たとえば、
競馬予想は過去の記録からその馬の傾向を読み取る一方、記録には表れない記憶が重視されるゲームのようなところがあります。なので、その馬の前走の返し馬の様子がどんな感じで、どんな結果だったかを比較していければ、こんなに頼りになるデータはない。
大事なお金を賭けて馬券をずっと書い続けていくつもりなら、自分の印象というデータを積み重ねていくことは武器になるでしょう。
「あれ、この前勝った時(負けた時)とは違うな」と気づけば、それは馬券検討の重要なファクターになるはずです。
と、”自分なりのデータベース”を築いてみては?と提案しています。
もっとも、調教師としては「いい返し馬をしてるなあ」と感じても、なかなか結果に繋がらない、とも書いていますが(笑)。
”自分なりのデータベース”。
私もそういうモノを作りたいと思いつつ、挫折の日々です。
こないだ”調教師の研究(コメントの体系化)”を思いついて少し取り組んでいるのですが、なかなか大変で・・結果に結びつきません。
蛯名さんが、調教師コメントについてこう書いていました。
僕らが話すのは自分の厩舎で管理している馬についてのことだけです。「調教の動きはいい」「距離、コースとも得意です」「楽しみにしています」など、あくまでも日々自分と向かい合ってきた管理馬のこと。
自厩舎の馬がレースで力を出せる状態であることこそが大事で、闘う相手のことにはほとんど言及しないですからね。
(中略)
そもそも調教師というのは自分の管理馬のことを悪く言いたくないものです。
(中略)
だからコメントには微妙な言い回しが多いのでしょうね。(中略)スピードが物足りないと感じても「時計のかかる馬場が合っている」、なかなか調子が上がってこない時は「良化の余地がある」ーーその馬の将来に期待した言い方をするのです。いい言い方でしょ?
・・わかります。
馬を送り出す陣営は、自分たちの馬の能力の把握、仕上げに手一杯で、まずはそこに力を使っているのだと思います。
それに、毎日手がけている馬は、それは可愛いでしょう。
レースに送り出して、頑張ってこい、少しでも上の着順を拾ってきてくれ、という気分なのだと思います。
他の陣営の馬と比べてどうかなんて、考える余裕はないんですよね。(特に下級条件では)。
・・うーん、”調教師コメント”を予想に役立てられないか日々考えている自分としては、多少暗澹たる気持ちになりました(笑)。
長くなりました。
最後に、競馬ファンとして、「そうそう!」と膝を打った部分を引用します。
(競馬を長く続けてきたファンは)娯楽としての楽しみ方をご存じなのではないかと思うのです。
たとえば、この馬のお父さんでよく儲けさせてもらったとか、この馬のお母さんが現役の頃、自分はまだまだ新入社員で怒られながら仕事をしていたけど、そのひたむきな走りに励まされたとか、ダービーの日に子供が生まれたとか・・・。
自分の人生とリンクさせて競馬を楽しんでいらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
ああ、バブルガムフェローの天皇賞、馬券とって彼女にプレゼントしたんだよ、とか。
そういう話は、僕らが聞いていても楽しいものです。
いやー、よくわかっていらっしゃる、と思いました。
データというよりは、”思い出”の蓄積で競馬を続けているような感じ、あります。
一生もんの趣味です。
(と言い続けられるよう、もう少し当てなければ 汗)