ロンドンを巡る奇妙な冒険 第3部 ーロンドン名物ウナギのゼリー寄せ編ー
イギリスめしは不味いですって?いえいえ、「ユニーク」だと言っていただきたい。
ロンドンを訪れたら、ここは一つウナギを食べるというのはどうでしょう。イギリスでウナギ?と首をかしげる方もおられるでしょう。ロンドンでは18世紀頃より、テムズ川で取れたウナギがよく食べられていました。ただし日本での高級なイメージとは異なり、もっと気軽に労働者でも手が届くファーストフードとして。しかし時代は流れ、フィッシュ・アンド・チップスやサンデーローストなどの「イギリスめし代表選手」に比べるとあまり目立たなくなってしまいました。ひょっとすると、耳目を集めるイギリス料理枠で言うと、コーンウォール地方の郷土料理スターゲイジー・パイ(stargazy pie)の方が有名かも知れませんね。これは私も趣味で作ったことがあります。でも、ウナギ料理は日本では流石にできません。高いから...。
しかし、ロンドンで食べるウナギ料理は安くて、そして、その...格別ですから、ぜひ味わってみてください。今回はそんなイーストエンド[1]の名物ウナギ料理のお話です。
もはや希少、ロンドン最古のウナギ料理店
現在ロンドンでウナギ料理を出す店としては、M. Manzeというレストランがよく知られた存在です(他にもウナギ料理を出す店はいくつか見つかるようですが)。1892年にロバート・クック(Robert Cooke)という人物が最初に開いたウナギ料理店は、その後ミシェル・マンゼ(Michele Manze)に引き継がれ、現在に至ります。そんなウナギ料理店M. Manzeは、1930年代には最大14店舗まで増えましたが、2025年現在では3店舗のみとなっています。使っているウナギもオランダやアイルランドで捕れたもののようです。さて、19世紀の労働者のお腹を満たしたソウルフード、ウナギ料理。その実態とは?!
★M. Manze公式サイト ↓
★M. Manzeについて書かれたBBCの記事 ↓
M. Manzeのクラシカルなミートパイ
まずウナギの前に、M. Manzeはミートパイの老舗でもあります。メニューにあるように、パイとマッシュポテトの組み合わせで注文するのがスタンダード。後述しますが、ここにウナギを加えたい場合はそのように注文できます。ひき肉を使ったパイは、さっぱりとしていてシンプルな味わい。比較として正しいのかわかりませんが(たぶん正しくない)、大阪名物「551の蓬莱の豚まん」の1/3くらいのさっぱりさです。
サクサクというわけにはいかない、ちょっと硬めのパイ生地にひとたびナイフを差し込めば、ジュワッとジューシーな肉汁が飛び出ます(飛び出しすぎた肉汁で筆者の服は汚れました)。エルトン・ジョンの楽曲Made in England(1995)にもM. Manzeが登場し、このミートパイをアピールしています。
ウナギはブツぎりにして食すに限る!
M. Manzeで出してくれるウナギ料理は2種類あって、ブツ切り塩ゆでウナギと、ゼリー寄せにしたウナギです。ちょっと何言ってるかわからないかもしれませんが、日本のようにウナギは開いて焼いて…ではなくて、イギリスではウナギはブツ切りでゆでるに限るのです!それはもう既に決まっています。塩でゆでればウナギならふんだんに脂がにじみだし、煮込みは深まり、比較的サッパリとした味わいのブツ切りゆでウナギの完成です。また、その煮汁ごと冷やして煮こごりにすれば、ウナギのゼリー寄せの完成です。これらはパセリソースと一緒に(パセリで作っているようですが、微かにミントの風味も感じます。)味変でビネガーをたっぷりかけて食べるのもありです。
豪快な調理法と見た目に反して、この料理は食べる側にある種の繊細さを要求します。細かな骨が残っているため、一つ一つ丁寧に取り除きながら食べなければなりません。そのため食事中は結構チマチマした営みが続きます。でもそれがいいんです。
そしてウナギ自体の味ですが、もちろんちゃんとウナギです。ブツ切りであるため外側の皮が青白く目立ち、けっこう人を選ぶビジュアルではありますが、ウナギの風味はしっかりと味わえる名品。食べやすいのはこの塩ゆでの方でしょう。
好みが分かれるのは間違いなくゼリー寄せの方です。上述の塩ゆでブツ切りウナギが、その脂でできた煮こごりと混ざって供されます。この煮こごりがなかなか生臭く、クセが強いです。ウナギの脂が染みた生臭いゼリー、つまり煮こごりですが、…これにビネガーがしっかりと合うのが醍醐味。ウナギの肉と共に、ビネガーとの助けも借りつつ上手く胃袋に送り込んでいきましょう。
ことほど左様にユニークな食体験をもたらしてくれるM. Manzeのウナギ料理。何よりありがたいのは、ウナギにしてはお手頃な価格帯です。ちょっとうろ覚えですが(レシートを取っておけばよかった...)、パイとマッシュポテト(1 pie & 1 mash)は約5ポンド、ブツ切り塩ゆでウナギとマッシュポテト(eels & mash)で7ポンド弱、ウナギのゼリー寄せ(jellied eels)単品で5ポンドくらいです。『コマンドー』の元グリーンベレー所属のクックよろしく、「一番気に入ってるのは・・・ 値段だ(You know what I like best? ...The price.)」と言い残してから店を出たくなりますね。もちろん味も、大変にユニークです。
ということで、ローカルなソウルフード、ロンドン仕込みのウナギの塩ゆで&ゼリー寄せのお話でした。もはやロンドンでも希少なこの料理を、ぜひ一度ご賞味ください!