国際協力の仕事 技術協力分野と職種
はじめに
1991年、アフリカのザンビアという国に青年海外協力隊員として派遣されてから、去年(2019年)までの28年間、日本政府による援助の実施機関であるJICA(国際協力機構、Japan International Cooperation Agency)から継続的に仕事をいただいていました。国際協力なんて仕事としてピンとこない方も多いと思います。献身的な仕事と思われることもありますが、しっかりと報酬はもらうし、楽しいことも辛いこともあり、大まかなところは、世の中にある大半の仕事と変わりません。では、実際、どんなものか書いてゆきたいと思います。
今回のねらい
前回(国際協力の仕事 日本による技術協力の概観)は、JICAによる技術協力の枠組みを説明しました。今回は、どんな分野に対する技術協力が実施されているか、そして、それらの担い手となる様々な人々について書きたいと思います。実は、国際協力に関する他のブログを読んでみたのですが、あまり具体的な話がないまま、国際協力を仕事にすることはハードルが高いといった結論で終わっているものが目に付きました。そこで、ここでは、国際協力には色々な専門性が必要とされ、また、色々な職種の人達が活躍しており、どんなキャリアの積み方が可能かについて、自分の体験を基に書きたいと思います。
国際協力の分野
国際協力には緊急援助もありますが、非常時でない国や地域に働きかける国際協力は開発への協力になります。開発と言っても幅の広い言葉で、インフラ整備のような大規模な開発から、教育や医療のような個々の人に関わるようなものまで含まれます。JICAのサイト(https://www.jica.go.jp/activities/schemes/tr_japan/ summary/lineup2017/sector/index.html)で挙げられている国際協力の専門分野は17種類があり、以下の通りです。これら分野の詳しい説明はJICAのサイトを読んでいただければ分かるので、ここでは省きます。
教育 保健医療 水資源・防災 ガバナンス 平和構築 社会保障 運輸交通 情報通信技術 資源・エネルギー 経済政策 民間セクター開発 農業開発・農村開発 自然環境保全 水産 ジェンダーと開発 都市開発・地域開発 環境管理
その代わりに、現在(2020年7月6日)、JICAから実際にどんな求人があるかを見たいと思います。以下は、国際協力の求人情報が載っているJICA Partnerというサイトからの抜粋です。(https://partner.jica.go.jp/RecruitSearchForPrsn)
JICAからの求人を検索すると上記の11件の募集案件が出てきました。因みに、案件名や専門分野は冗長なものもあるので、少々、縮めて書きました。詳しく見ると、募集中の専門分野は、教育1件、保険医療1件、都市開発・地域開発1件、民間セクター開発1件、農業開発/農村開発2件、資源・エネルギー1件です。こうしてみると、17分野の専門分野がいつも募集されているわけではなく、時期によって偏りがあることが分かります。また、カッコを付けた「業務調整」というのが4件もありますが、これは専門分野ではなく、ポスト名になります。これらの業務内容は案件に関わらず似ているので、この名称でまとめました。この「業務調整」については後で詳しく説明します。
公募案件のポスト
上に書いた11の募集案件は、JICAの分類で「公募案件」と呼ばれるものです。それに対して「公示案件」という募集の形態もあります。それぞれの違いは、「公募」が個人に向けたもので、「公示」は主に法人である開発コンサルタント企業に向けた募集です。後者の「公示」については、またの機会に述べたいと思いますので、ここでは公募として応募される案件のポストについて説明します。まず、上にあげたような公募案件のポストはJICAによる期限付きの採用であって、JICAの正職員とは異なります。長期の場合、1〜2年が基本の契約期間で、案件が続いていれば3年までの延長が可能です。そして、それらのポストには、専門家、業務調整員、企画調査員、特別嘱託などがあります。各々について、詳しく説明して行きます。
専門家(プロジェクト専門家と個別専門家)
JICAで「専門家」と言うと、広義のその道の専門家よりも狭義の「技術協力プロジェクト専門家」か「個別専門家」を意味することが普通です。この専門家の役目は相手国のカウンターパート(技術協力の受け手となる相手側の技術者や学者)にOJT(On the Job Training、)で技術移転をすることです。まあ、技術協力業務の中核を担う花形です。実例を挙げると、私が去年まで従事していた「ケニア養蚕研究基盤構築プロジェクト」は、ケニアの「国立蚕糸研究センター」が技術移転の対象機関でした。プロジェクトには、蚕、桑、製糸の各々の分野に2〜3名ずつの専門家チームがあり、飼育・栽培方法、品種改良、遺伝子分析、製糸技術などについてカウンターパートと協働することで技術移転を進めます。このプロジェクトの専門家は数ヶ月滞在して、数ヶ月帰国することを繰り返すシャトル型派遣です。それに対して、1年以上の派遣を長期派遣、1年未満の単発派遣を短期派遣と呼びます。また、上記のようなプロジェクトチームがなく、単独で相手側の機関に派遣される専門家は個別専門家と呼ばれます。
業務調整員
JICAで調整員と言えば、大抵は「技術協力プロジェクト業務調整員」のことを指します。これは、技術協力プロジェクトのリーダーの補佐として、主に現地で使う予算の管理に関わるプロジェクトの雑務をこなすことが期待されます。JICAの分類上は専門家になりますが、技術移転をするわけではなく、また、待遇も専門家とは異なるので「調整員」として分類した方がスッキリします。実は「ケニア養蚕研究基盤構築プロジェクト」で、私は調整員をしていました。実際の業務は、少額資機材の調達、ドライバーなどの人件費の支払い、物品の管理とメンテナンス、現地で使う予算の策定と経理を含む管理などです。それから、タイトルの通り、細々とした連絡・調整も調整員の仕事になります。これから分かる通り、業務調整員には必ずしも分野の専門性が求められないので、分野の専門家としては経験が十分でない有望な若手が抜擢されることも良くあります。
企画調査員
上の表の中では「モザンビーク」の案件が企画調査員の募集案件です。企画調査員は専門家とは異なり、相手国のカウンターパート機関を職場にするのではなく、JICAの在外事務所が職場となるので、技術移転の担い手ではありません。私は、パキスタンで教育分野の企画調査員をしていたことがあります。そこで行った業務は、理数科教育プロジェクトの立ち上げと管理、職業訓練プロジェクトの立ち上げと管理、他の国際協力機関との連絡、教育分野の協力に係る各種文書および各種契約書の作成などでした。このように技術移転が業務の中心である現場レベルとは異なり、交渉と文書作成が業務の大半でした。因みに、JICAの正職員がJICA在外事務所で行なっている業務もこうしたものが大半です。
特別嘱託
上の表では「中米地域における算数教育」が特別嘱託の案件になります。正確には「特別嘱託職員」と言い、JICA本部の期限付き職員となります。しばしば、このポストは近い将来、業務調整員や専門家として新規に始まる技術協力プロジェクトへの派遣が決まっており、そのプロジェクト立ち上げの準備作業をするために活用されます。私は「ケニア中等理数科教育プロジェクト」に業務調整員として派遣される前の3ヶ月間、特別嘱託を経験したことがあります。その中では、ケニアのプロジェクトの準備だけではなく、カンボジアの理数科教育の調査に同行する経験もできました。また、JICA本部にいると色々な情報が回覧で回ってくるので、それに目を通しているだけでも、国際協力業界に詳しくなります。こんな具合に、JICA本部での日々の業務がどんなものかを知るには良いポストです。
国際協力の様々なポスト
JICAのサイト(https://partner.jica.go.jp/forbeginnersView?cat=career_faq ¶m=faq01)には、上に説明したポストを含む色々な国際協力のポストをまとめた表と説明があります。雇用形態と仕事のタイプで分類された表があり、この中で上記のポストがどこに当てはまるか説明したいと思います。
プロジェクト専門家や個別専門家は、高い専門技術が求められるので右上の「JICA関連専門家等(スペシャリスト系)」に入ります。一方で、非技術職である業務調整員は左上の「JICA関連専門家等(マネジメント系)」です。企画調査員や特別嘱託は何らかの分野の専門性が求められますが、それほど高くなくても対応はでき、また、業務内容は上記のように交渉や書類作成なので「JICA関連専門家等(マネジメント系)」に入ります。表には、その他にも色々なポストがありますが、各々の詳しい説明はJICAのサイトをご参照ください。
国際協力業界でのキャリアの積み方
私もそうでしたが、国際協力の業務経験のない人が取っ掛かりとして始めるには、ボランティア、つまり海外協力隊が採用のハードルが低く、お勧めです。ただ、派遣は2年間なので、その次はどうするかによって、国際協力が続けられるかどうかが決まります。私の場合は、今はない「シニア隊員」という制度で次のキャリアを積みました。それ以外でも、上記のように「業務調整員」や「企画調査員」といったポストがあります。でも、将来的に専門家として活躍するために、こうしたポストに採用されるには、専門分野の修士は必須です。私の場合、協力隊に行く前に工学の修士を持っていました。そして、シニア隊員の終了後、「ケニア中等理数科教育プロジェクト」の業務調整に就くことができました。その契約終了後、英国サセックス大学で国際教育学の修士をとり、それから再び業務調整員を経験した後、ようやく理科教育の専門家になれました。そして、その後は紆余曲折があって、また、去年までの3年間は業務調整員をしていました。このように、専門家として採用されるには、数年間の業務契約をつなぎながら、その間に、必要な学位をとってゆくことが求められます。そして、最終的には博士号を取得しないと専門家として長く生き残るのは難しいです。対照的に、勉強を一気に終わらせて、就職したら終身雇用のような日本の常識的な就業観に捉われると、JICAの職員にならない限り、この業界で生きてゆくのは難しいと思います。
終わりに
今回は、自分の実体験を基に、国際協力を目指す人のためになる情報を提供できたらと思って文章を書きました。なるべく、分かり易さを優先して余計な情報は削りたいと思っていたのですが、書き上がってみると、かなり雑多な情報を詰め込むことになりました。それでも、自分が経験した職種のうちで、少なくない年数を費やした「開発コンサルタント」については端折ってあります。これについては、またの機会で説明して、今回説明した専門家とはどう違うかについても触れたいと思います。今後も、自分の体験を通じた国際協力業界の事情について書いて行きますので、この業界に興味のある方は引き続き読んでいただけるならば、幸いです。
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