錦風流尺八
「今日、弘前のМVPは、わだと思う。(私だと思う。)」
息子の二朗の彼女、マルメロが言った。
今、横浜に住むマルメロは、錦風流尺八祭りのお手伝いのために弘前に来ていた。
錦風流尺八とは、弘前藩に伝わる尺八であり、その技能保持者として外国人であるべランド・ジョン・ニコラスさんが認められたことは記憶に新しい。べランドさんは、アメリカのニュージャージー州出身。今は、弘前に住み尺八を教えている。自身で尺八も作る。くるみは、二朗が尺八をべランドさんから習っているので、その存在を知っていた。でも、錦風流尺八の音色は聞いたことがない。海外では有名でその幽玄な響きが人気なのだそうだ。
ふだん、オンラインでべランドさんから尺八を習っている方々(もちろん外国人)が、海外からこの「尺八祭り」のために来るのだと言う。
マルメロは、2日間、べランドさん(愛称ニックさん)のお手伝いをすることになっている。ニックさんから尺八を習っているのはもちろんのこと、彼女は英語も堪能なのだ。ちなみに二朗は、津軽弁しか話せない。(笑)マルメロは、その語学力を買われて、津軽弁についての講義をすることになっていた。もちろん相手は、各国から来たニックさんの教え子さんたち。
マルメロはもともとは津軽の人ではない。横浜出身である。二朗と付き合うようになって、また、職場も青森県の訛の強い所なので、少しずつ津軽弁を覚えていった。なんと言っても若い女の子の必死になまろうとしている津軽弁ほどかわいいものはない。
自分のことを「わ」、お腹いっぱい(腹がつよい)ことを「腹ちぇ」。この「ハラチェ」がかわいいのだ。ひところはくるみも夫も、マルメロのことを「ハラチェ」と呼んでいたくらいだ。
いくら津軽弁が少し言えるようになったからと言って、外国の方々に津軽弁の話をするのは簡単なことではないだろう。
マルメロが初めての講義を終えて帰ってきた日、緊張から解かれてにこにこしていた。生徒さん達は、すべて男性、職業も様々、アメリカ、ロシア、イタリアなどから来ていたそうだ。中には、家族連れで来ている方もいるのだとか。どんな人たちなのだろう。錦風流尺八でつながる人々。
次の日のこと、くるみはバスで不思議な外国人の集団に出会った。リュックから布の袋に入った笛のようなものがのぞいている。7、8人?体格が良い人もいて、バスはいっぱいになった。ほとんどが男性だが、子ども連れのきれいな金髪女性もいる。最後に乗ってきたのが作務衣を着たニックさん、錦風流の方々だ。その御一行は小栗山神社まで行き、尺八を鳴らしたそうだ。錦風流尺八を吹く昔からの場所があるのだと言う。
ところで尺八大会が行われているのは、藤田庭園のお茶室である。ふだんは、公開されていないその場所で。
岩木山を眺めたあと石段を下りる。
広々とした庭が広がっている。その中にお茶室がある。
講義の2日目、マルメロはなんと高木恭造氏の詩集「まるめろ」の中から詩を何篇か紹介するのだと言う。我が家のテーブルで、マルメロは英訳された詩を読み、それから津軽弁で声に出して読む。あの高木氏の声を真似て。
その様子を見ていたくるみはおかしくてたまらない。
「え?あなたが津軽弁で(詩を)読むの?」
「ううん、ユーチューブの映像、流すの」
ああ、良かった。津軽人でも高木恭造氏の詩を声に出して読むのはハードルが高い。「冬の月」「陽(シ)コあだネ村」「まるめろ」の3篇を紹介したそうだ。
そして、無事、マルメロは役目を終え、冒頭の発言になるのだ。家族みんなで、マルメロの頑張りを褒めて、ご苦労さんパーティーを開いた。なんたって弘前のМVPだもんね。
最終日、南部から民謡の歌手(踊り手でもある)が来て、二朗が三味線を弾くことになっていた。くるみは、内緒で見に行くことにした。たとえ見られなくても、お茶室の近くに行けば聞くことはできるだろう。
その日はお散歩クラブの日。弘前公園を散策したあとに行ってみようと思った。
明日から、「菊ともみじ祭り」が始まるとあって、弘前公園内は準備や観光客で何やら騒がしい。
それに比べ藤田庭園は静かである。結婚式の格好で写真を取っているカップルが何組もいた。もみじの葉がお日様の光で赤く輝いている。
静かな尺八の音。その後は三味線の音や太鼓の音が聞こえ、歌声も響いてきた。秋の紅葉の中に響く日本の楽器の音色。良いなぁ。
誰も何も知らないところで、こうやって尺八を学んでいる人がいる。世界は不思議にあふれているって、ホントだなぁと思った。