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歴史や文化から再設計する企業のブランドデザインで全体の美意識を統一させる

デジタル時代において、企業の本質をいかに表現するか。この命題に挑むアートディレクターの役割は、ますます重要性を増しています。
B&Hでデザインチームを率い、ブランドデザインを手がける富田が、デジタルガレージのコーポレートブランディングを通じて得られた知見をデザインの観点から紐解きます。「New 1960's」というアイデンティティにおける美意識の構築から、各種メディアへの展開まで、一貫したビジョンのもとで進められたプロジェクトの全容と、そこから見えてくるデジタル時代のアートディレクションの可能性を探ります。


コーポレートブランディングにおけるデザインの重要性

コーポレートブランディングにおけるデザインは、企業の本質を視覚的に表現する重要な要素です。B&Hでブランドデザインを統括する富田は、コーポレートブランディングにおけるデザインの重要性について次のように語ります。

コーポレートブランディングにおけるデザインは、人に置き換えると、たとえば服を選んで着たり、化粧をしたりするようなものだと考えています。つまり、企業の人格をどう表現し、ステークホルダーにどう見せていくかという役割を担っているということです。
ただし、これは単なる外見だけの話ではありません。企業の理念や価値観、文化までも含めて表現することが重要です。言葉だけでは伝えきれない企業の本質を、視覚的に、そして直感的に伝えること。それがデザインの役割ではないでしょうか」

こうした複雑な課題に取り組むのが、コーポレートブランディングにおけるデザインです。B&Hでは企業のアイデンティティを構成する「真・善・美」を理解し、それをクリエイティブへと落とし込むことを実践しています。

アートディレクターは、戦略とクリエイティブをどちらも深く理解したうえで橋渡しとしての役割を担うことに加え、コーポレートデザインは最終的なアウトプットの選択肢が、グラフィック、Web、映像など幅広く、様々なクリエイティブ領域をディレクションする能力も求められます

Digital Garage(以下、デジタルガレージ)のプロジェクトについて、富田は次のように振り返ります。

「デジタルガレージは日本で最初のホームページを手がけたことに始まり、“インターネット時代の『コンテクスト』を創っていく会社”として設立。現在はフィンテックやweb3などの事業を展開しており、創業以来先駆的な事業を展開してきました。その功績を知っている方も多くいると思いますが、やってきたことの素晴らしさ、事業の面白さを、さらに深く、広く届けたいと考えました。
今回デジタルガレージのコーポレートブランディングを手がけるにあたって目指したのは、多様なステークホルダーに事業や魅力が直感的かつ分かりやすく伝わるよう、ハイコンテクストとローコンテクストな情報を織り交ぜながら表現することです。
デザイナーとしては、“クリエイティブを飛ばす(クリエイティブとして面白いものをつくる)”ことを常々考えているものですが、前提として大事なのはクリエイティブがその企業のアイデンティティを反映したものであること。そして、伝えるべきことがきちんと伝わるものであることです。
クリエイターにとっては時に葛藤もあるプロセスですが、企業として表現するものとクリエイティビティを両立できるよう、デジタルガレージの皆さんと相談しながら進めていきました」

「New 1960's」をもとに進めたコーポレートデザイン試行錯誤の変遷

デジタルガレージのコーポレートデザインの核心となったのが、ビジュアルアイデンティティとして定義した「New 1960's」です。

「このコンセプトは、デジタルガレージ代表の林郁さん、共同創業者の伊藤穰一さんも影響を受けた1960年代のシリコンバレーの工学・技術運動や、反体制・ヒッピー文化にインスピレーションを得たもの。当時の革新的かつ野心的な精神を、現代のテクノロジー企業であるデジタルガレージの文脈に落とし込むことを試みました」

1960年代は、冷戦下での政治的緊張、公民権運動、環境保護活動、フェミニズム運動など、社会の大きな変革期でした。この時代のカウンターカルチャーは、音楽、アート、デザインに多大な影響を与え、サイケデリックロックやサイケデリックデザインなど、独特の文化を生み出しています。デジタルガレージのデザインでは、この時代の精神と、デジタルガレージが行う現在のテクノロジーの革新を融合することを目指したのです。

現在のコーポレートデザインに辿り着くまでには、「New 1960's」のビジュアルアイデンティティにひもづく複数のデザインプロトタイプを作成。デザインプロトタイプの提案内容やその回数はクライアントや案件の性質によって異なりますが、デザイン要件の自由度が一定数あったこと、事業内容などもふまえ、未来志向での制作と相性が良かったことから、実際に採用されたデザインに至るまで複数提案することになりました。

まず最初のデザインプロトタイプでは、「Tech for The Earth」をデザインコンセプトとして提案。デジタルガレージの事業の根幹に「地球のためのテクノロジー」があると解釈し、スティーブ・ジョブズも多大な影響を受けた60年代刊行のカタログ『Whole Earth Catalog』になぞらえたコンセプトです。60年代の雰囲気を反映したタイポグラフィやグラフィックを採用し、アウトローな要素も積極的に取り入れました。サイケデリックデザインの影響を受けた極彩色の活用が印象的なデザインです。

【1回目のデザインプロトタイプ】

タイポグラフィデザイン

このプロトタイプは大胆な提案であったものの、デジタルガレージの企業文化や歴史からジャンプアップした案であったことから、本来持っているアイデンティティと革新的なデザインとのバランスを調整する必要がありました

そこで、2回目のデザインプロトタイプは、デジタルガレージの歴史をふまえ、これまでのロゴやムードを活かしながら、アウトローな要素を抑え、未来への期待感を表現することに焦点を当てています。カラーパレットには地球のランドスケープをモチーフにしたパターンを採用し、グローバルな視点と技術革新の両面を表現しました。

【2回目のデザインプロトタイプ】

ランドスケープからブランドカラーの使用範囲を策定

60年代のカルチャーや精神を現代のコーポレートデザインに取り入れるという挑戦的な試みは、2回のスタディを経てブラッシュアップされていきました。

最終的なコーポレートデザインは、デジタルガレージがこれまで築いてきた革新的精神と、これから紡いでいく未来のテクノロジーを結びつけるかたちへと辿り着くことができました。タイポグラフィは60年代の雰囲気を残しつつ、現代的な洗練さが加えられます。同時に、カラーパレットはランドスケープのイメージを残しながら仕上げています。多様な事業や面白さを表現しつつ、ユーザビリティと美意識の両立を図ったことも、ポイントの一つです。

実際のデジタルガレージのコーポレートサイト、そして制作物をまとめたリール動画を、ぜひご覧ください。

そして、デジタルガレージのアイデンティティを伝えるために力を入れたものの一つが、ブランドムービーです。

インターネット黎明期から先頭に立ち続けてきたデジタルガレージのこれまでの活動と先進性、パーパスである『持続可能な社会に向けた“新しいコンテクスト”をデザインし、テクノロジーで社会実装する』をハイコンテクストに表現することを目指しました。実写撮影と3DCGを融合させることで、企業活動と未来志向のビジョンを表現しています」

さらに、IRサイトやオリジナルコンテンツを掲載するPortal、テック人材の採用を目的としたTech人材サイトなど、複数のサイトにわたってデザインに一貫性を持たせることも重要な課題でした。各サイトの目的や対象ユーザーは異なりますが、デジタルガレージというブランドとして一貫性を保ったデザインが構築されています。

Portal, IRサイト
Tech人材サイト

ビジュアルアイデンティティを明確に構築したことにより、各種メディアへの展開は一貫性を持って進めることができました。

また、今回策定したブランドデザインを継続的に運用することを目指し、企業全体のブランドデザインガイドラインも制作しています。


デジタル時代におけるアートディレクションの可能性

デジタルガレージのプロジェクトは、富田にとってデジタル時代におけるアートディレクションの可能性についてあらためて見つめ直す機会でもありました。

「デジタル技術の進化により、表現の幅が大きく広がっています。以前と比べ、デジタル表現に関するソフトウェアの変化やスキルの習得スピードが上がっていますし、アートディレクターは常に新しい技術や表現方法をキャッチアップしていく必要があるのではないかと考えています」

今回のプロジェクトのアウトプットはWebサイトがメインでしたが、例えば空間コンピューティングのような新技術が、今後新たな選択肢としてさまざまな場面で活用されるようになっていくかもしれません。空間全体がインターフェイスになると、ブランド体験はより立体的で没入感のあるものになります。しかし、ディレクター自身がその技術を体験していなければ、その可能性にすら気づくことができないのです。

一方で、アートディレクションの本質的な役割を常に考え続けることも肝要だといいます。

時代が変わっても、人が好むもの、大切にしている思想を理解し、表現することがアートディレクションの核心だと私は思います。新しい技術はあくまでもツールであり、それをどう使うかが重要です。デジタル技術の進化により、実現できる表現の幅が広がり、ビジネスの可能性も拡大しています。しかし、その中で企業の本質をいかに表現するか、それがコーポレートブランディングにおけるアートディレクションの真髄であり、今後も変わらない重要な役割ではないでしょうか。
また、今回のデジタルガレージもそうでしたが、さまざまな専門性を持つクリエイターとの協働は不可欠。アートディレクターには、異なる分野の専門家をまとめ上げ、一貫したビジョンのもとでプロジェクトを進める能力も必要だと考えています」

デジタル時代のアートディレクションは、技術や表現方法の進化と、人間の本質的な価値観をつなぐ役割を担っています。新たな表現手法を駆使しつつ、企業の核心を捉え、クリエイティブを通して伝える。そこには、企業と社会のコミュニケーションのあり方そのものを変革する可能性があると言えます。

アートディレクターは、この変革の最前線に立つ存在として、これまで以上に重要な役割を担っていくことになるでしょう。デジタルの波に乗りながらも、人々の心に響く本質的な価値を見失わない。そんなバランス感覚こそが、これからのコーポレートブランディングの成否を分ける鍵となるのではないでしょうか。

【プロフィール】 富田良祐 
2014年からB&Hに参加し、「Rinnai」「Earthboat」「FIL」「Maison Cacao」「FDM」「Nesting」など数多くの案件にてアートディレクション、UIデザイン、グラフィックデザイン、パッケージデザイン、プロダクトデザイン、フォトグラフィの分野で活躍。「Awwwards」「CSS Design Awards」「FWA」「Good Design Award」「Red Dot Design Award」「iF Design Award」などの賞を獲得。国内外のメディアにも掲載。
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ブランド戦略やCI制作、理念策定、映像制作、プロダクトデザイン、建築、店舗・オフィス設計、WEBデザインに関してお困りのことがございましたら、下記よりお気軽にご相談ください。

グラフィック:富田 良祐
編集・執筆:徳山 夏生

デジタルガレージ Creative Credit
B&H Inc.
Genki Imamura Brand Director, Strategic Planning
Ryosuke Tomita Art Director, Designer, Movie Director
Chika Takahashi Director, Project Manager
Rintaro Hori Direction for Tech Career
Kentaro Kanayama Direction Support
Midori Saito Designer, Movie Director Assistant
Kaho Nagao Designer
Mitsugu Takahashi Designer
Motoki Umetsu CG Designer
Ayumi Ando Editorial Director
Stefano Cometta Photographer
Ai Ushijima Production Manager, Movie Casting

Brand Movie Production
Yansu Kim Producer, Cinematographer, CG Producer (YOIN inc.)
Mina Takada Production Manager (BOND inc.)
Junko Murakami Production Manager
Takaaki Seto Production Manager
Syuya Shimode Production Manager
Yutaka Adachi Cam 1st (WAKABA.Film inc.)
Yuta Miura Cam 2nd (WAKABA.Film inc.)
Fuka Tomei Cam 2nd
Hiroki Tanaka Key grip (Diego inc.)
Rika Matsumori Assistant grip (Diego inc.)
Ayumu Sato Lighting Director
Keita Hayashi Lighting Chief  
Chikara Otani Lighting Assistant
Manabu Kudo Lighting Assistant
Tomohiro Tsukeoka Lighting Assistant
Yoshikazu Ishikawa Prop (Weed.s inc.)
Keiichiro Niwano Editer (BOND inc.)
Shinichi Endo CG Director (YOIN inc.)
Kenji Izumikawa Effect Artist
Shinya Takemura Music
Kazuo Suga Driver (CORD inc.)
Mayuka Otsuka Main Cast
Nozomu Hashimoto Cast
Grace Cast
Kevin Ryo Cast
Ryan Drees Narator
Nobuyuki Ida Stylist
Akemi Ezashi Hair Make
Osamu Haga Colorist (ARTONE FLIM inc.)
Hayate Sugi Colorist Assistant (ARTONE FLIM inc.)
Jannie Ynzon Colorist Assistant (ARTONE FLIM inc.)
Kosuke Ito MA Mixer (Technicaland inc.)
Kosuke Kameda MA Assistant (Technicaland inc.)
Yoshiaki Kato Post Production Manager (Technicaland inc.)
Yuki Tejima Copy Editing

Tech Career Website
GARDEN EIGHT
Misato Daikuhara Designer
Kenta Toshikura Developer

qomunelab co.,ltd.
Mitsuyoshi Kobori Producer
Takuya Sugawara Director
Shinya Kitamura Cinematographer
Takaatsu Kaku Camera Assistant