みんな、森に行っちゃうんだよな
私は多感な子供の頃、パラレルワールドが存在することを信じていた。もうひとつの世界があって、そこにも「私」が存在していて、ここにいる「私」とは違う人生を生きているのだと...それは今になって思えば、自分の人生には何かしらの不都合があって、もうひとつの世界では私は幸せで何不自由のない生活をおくっているのだと思い込むことで自分を慰めていたのではないかと思う。
そんなパラレルワールドを舞台にした「森へ行きましょう・川上弘美」を読了した。とてもおもしろくて、複雑な作品だった。
1966年、清志と雪子の夫婦の間に女の子が生まれる。名前は留津。パラレルワールドで同時に清志と雪子の間に女の子が生まれる。名前はルツ。ふたりの女性の60才になるまでの人生を時系列に描いている。同じ人と出会い同じ人と関わって行く中で、その時の選択やその時の気持ちで留津とルツは少しずつ違った人生を歩むようになる。
ふたりの女性の人生はものすごく個性的でも突拍子がないことが起きることもないのだが、それぞれの心境の変化や、物事に対する考え方などが手にとるように描かれていて、読み進めるうちにまるで自分もこのふたりの関係者でもあるかのように、どうなってしまうのだろうと気が気ではない心境に陥る。タイトルが「森へ行きましょう」となっているが、物語の主人公より先に読者が森に迷ってしまいそうな感じだ。私はその気が気ではない迷いがとても心地よくて最後まで一気に読むことができた。
人生って森みたいなものなんじゃないかな。
みんな、森に行っちゃうんだな。
人生っていうのは1本2本の道で出来ているのではなく、森の木々のように枝がたくさん分かれてて、その枝の先にもまだ細い枝があって、どんどん細部に渡って複雑に絡み合っている。その森で誰もが迷い、それでも決断の連続ではあるけれど、それがおもしろいと思えれば人生は楽しいものとなるのではないか...と思った。私には私のあなたにはあなたの、彼には彼の彼女には彼女の、アイツにはアイツのそれぞれの森がある。
子供の頃、信じていたパラレルワールドとは違う意味でパラレルワールドがあればいいなと思う。もしその世界を垣間見ることができるのならもうひとりの私に聞いてみたい。
「そっちはどんな感じ?」と...