うつでダウンして、バンブル無双した女の休職生活。#8
ひたすら届く心配の声
「休職していた」と言うと、人はまず申し訳なさそうな顔をする。
どんな辛いことがあったのか、聞いて良いのか分からない表情を浮かべつつ、何て声をかけて良いか分からないから狼狽える人もいる。
休職をする前は私もそうだったかもしれない。
だが、休職してからと言うもの、そうやって気を遣ってくれる人に「そんなに言葉を選んで話さなくても大丈夫ですよ」と一言いたくなる。
休職が決まり、それを一部の周囲(例えば家族、親友、仲の良い同期、友人)に伝えると続々と心配と背中を撫でるような優しいメッセージが届いた。
「私もこんなことがあって◯◯したことがあるから大丈夫」
「俺も〜しちゃって会社行けなくなったことあるよ」
「こんなことがあって、◯年もこれが出来なかったの
だからメリッサちゃんも仕事を休む時があっても大丈夫だよ」
実家の両親も休職手続きが無事に済んだことを伝えると、まずは安心した様子だった。「ゆっくり先のことを考えなさい」「いつでも帰っておいで」と言ってくれた。
今時、うつになったからと言って心が弱いとか、その本人を理解できないといったような声をかける人は1人もいない。
もちろん、メンタル疾患の人を100%理解することは難しいし、慮る努力を周囲に押し付けるものでは無い。
それでも、こうして自分に少しでも優しく声をかけてくれる、かけようとしてくれる人がいることがとてもありがたかった。
同時に、みんな言わないだけで大変な思いをしてきたんだなと思うことも多かった。
この時私は、自己開示の大切さを学んだ気がした。
うつになりやすい人の傾向はインターネットで調べれば、わんさか出てくるけれど、絶対に勘違いしないでもらいたいのは一概にメンタルが弱い人がなる病気とかそういう簡単な話ではない。
逆に言えば、誰でも運が悪ければ風邪のようになり得る病気だ。
(これはYouTubeでひろゆきが言っていて共感した言葉をそのまま引用した。)
けれども私は元々、メンタルが強いとは言い切れない。
言いたいことも言える方だし、気が弱い方ではないと思う。緊張してガクガク震えたり、お腹が痛くなった経験もない。
でも、人に叱られるのが大の苦手で、マイナスなことを言われるとかなり傷つく。その場では笑っていても、1人家で泣いたりすることもある。ネガティブな事象に自分からは積極的に気が付かないけれど、気づくとずっと気にしてしまう。そんなタイプ。
だから様々な悩み事、または恋愛の相談等をされることは得意でも、することが意外と出来ない人間だった。
「メリッサってよく喋るけど、意外と自分の話はしないよね」
そう言われてハッとしたことがある。
何か事象に対して自分の意見は言えても、自分に起こったこと、その時どんな気持ちになったとかそういうことは言えない自分がいた。
相手にどう受け取られるのか、自分がいないところでどんな話をされるのか心の奥底で気になってしまう。
決してプライドが高い訳ではない。自分の身の上を曝け出すことのメリットよりデメリットを過去の経験などから強く感じていた。
だから、私が「うつになって休職することになった」と周囲に話すと、なぜかみんな嬉しそうに(?)、優しく声をかけてくれた。
「メリッサが自分にこんなデリケートなことを話してくれた!」という喜びがあったのだろう。
あぁ、もう少し自分の話をしてもみんなに嫌われないんだなぁと感じた出来事だった。
「医者は薬に頼るくせに、薬のことをよく知らない」
休職してから1週間ほど経った金曜日の夜、私は中目黒にいた。
前々から行きたいと思っていたご飯屋さんの予約を取り、私を含む友人3人でディナーをいただく予定が入っていた。
そしてその時、私はわざわざバッグにお薬手帳を忍ばせ足を運んだ。
その日会った友人の1人は、薬剤師として勤務している。
「休職することになった」と2人に話をした後、どんな薬を飲んでいるか彼女に知らせることで、私が今どんな状況にいるのか把握しやすいと思ったから、手帳をわざわざ見せてみた。
さすが薬剤師。手帳を見てすぐに「あれとこれに効く薬を服用してるんだね〜」と察しがついた様子だった。
もう1人の友人もメンタルでお休みした訳ではないものの、一時期無職だった期間があるため、仕事をしない時間の使い方や仕事をしていない人に対する理解がとても寛容な人物だった。
「休んで正解だよ!!!」と2人とも元気に優しく声をかけてくれた。
この時忘れられないのが、薬剤師の友人の言葉だった。
お薬手帳を見て、「何か分からないことがあったらいつでも相談してね」と言ってくれた。
「医者は症状が出ると、み〜んな薬で解決しようとするの。
でもそうやって解決しようとするくせに薬のことを全然理解してない医者が大勢いるの。だから薬のことで悩んだら薬剤師に聞くと良いんだよ。」
それは少しばかり目から鱗の情報だった。
確かに、お医者さんは体にどんな症状が起こったか、と言うことばかり聞いてくる。そしてそれに合わせて薬を変えたり増やしたりして「様子を見ましょう」と言うのが定石だ。
でも、薬効を知っていても薬の全てを理解している訳ではない。
むしろ、薬のスペシャリストは薬剤師で、"薬について"分からないことは医者以上に聞く相手がいるようだ。
ただ薬をピックして、袋に詰めて、お会計をする白衣を着た人たちじゃない。もっと質問責めにしていいし、薬の扱いについて聞いてくれた方がありがたいと言うのだ。
また後で書くことになるが、この薬剤師の友人には後々もっとお世話になる出来事が起こる。伊達に国家資格を名乗っていない。
これからどんな風に過ごしていくか、全く考えていないと伝えると、
「そんなもんで良いんだよ、ゆっくり休みな」
と、2人とも励ましてくれた。
お互いに将来の心配事や、悩み、もやもやしたこと、あの時こんなことがあったと笑い合ってご飯を食べられた。
久々に美味しいと感じられた夕食だった。
お店を出て、家に帰る途中、私はとてもスッキリした気分だった。
思い切っていろんなことを友人に話せた開放感と、感謝の気持ち。
でも心の中のほんの30%くらい、こんなんで休んじゃって良いのかなという罪悪感も拭えなかったのは確かだった。
メリッサ