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うつでダウンして、バンブル無双した女の休職生活。#1

「お母さん、私うつかもしれない」

「もっしもーし、どうしたのー?」
久々に、といっても1ヶ月ぶりくらいに連絡を取る母の声は午前9時過ぎだというのに明るかった。私の頭の中と反比例して明るかった。

"うつかもしれない"と、会社の非常階段で誰にも聞かれないようにコソコソと、だけど堪えきれない涙を流しながら母に電話をした。
母はとても優しい人だ。そして、メンタル疾患に少しなりとも知識があり、そこら辺の人よりは理解が深い。

「さっさと病院を予約して、診てもらいなさい。ついでに、休職することも視野に入れてお医者さんに相談するのよ。」

自分が休職するなんて、会社に勤めてからこの数年間、考えたことが無かった。でもそれもいいかもしれないと思い始めた。
そのくらい、私の心は切羽詰まっていた。

4日間眠れないと起こること

すぐに精神科病院に連絡を取った。
電話に出る事務のお姉さんの声はとても穏やか。それだけでも安心できるような声色だった。

「あいにく予約がいっぱいで、次の日曜日になりますがよろしいでしょうか?」

その言葉に、また戦慄する。
月曜から4日眠れていない。今日は木曜日。あと3日、この苦痛に耐えられるのか。
仕方がないので承諾する。
これしか方法はない、というか今の私の頭に出来る最良の選択肢はそれしかない。だけど私の心臓は動悸が止まらなかった。

睡眠が極端に取れなくなると起こること。
おそらくそれは人によって違う。
私の場合は著しい疲労感、倦怠感、集中力の低下、そして食欲の低下だった。

私は食べ物に目がない。
行きたいお店はいつもチェックしているし、「お店どこ行く?」と聞かれたら自分の食べログアプリのリストの中から即座に気になるお店を弾き出す。
ご飯は私の生活の中で優先順位が高いのだ。
その分、常日頃こと体型に関しては「3kg痩せたい」「〜kgになってみたい」と言ったり、目標を掲げていた。

だが、ここ4日は食欲が全くない。食べなければ頭も働かないと分かっていながら口にするもの全てが美味しくないと感じてしまう。
もちろんいつものように、お弁当を作る余裕なんてない。
だからコンビニで買ったサンドイッチを口に詰め込むが、半分も喉を通らない。「ごめんなさい」と思いながら残りの分をデスク横のゴミ箱に捨てて、また自己嫌悪に陥った。

だけど、体は生きようとする。

こんな時にでも、エネルギーを少しでも供給しようと無意識に私が手を伸ばすのは共有スペースに置いてあった小袋のお菓子たちだ。
しかもとっても甘いもの。
同期が数年前、忙しかった時にアルフォートしか口にしなかったから太ったと聞いてひどくバカにしたことがあった。「あんたの体はアルフォートで出来上がったんだね、1番のブルボンの株主かもよ?」なんて冗談を言っていた。

今ならその気持ちが分かる。アルフォート、カントリーマーム、神戸ショコラ、キットカット、ハッピーターン。
甘くて手軽に口に入れられるものなら何でも手に取った。
しょっぱいものが好きな私が、こんなに甘いものを口にするなんて異常極まりなかった。

それでも体重は減っていく。
真っ暗なデスクトップに反射する自分のフェイスラインがどんどんシャープになっていることが見てとれた。
「なんかビジュ良くなったかな?」と、その時だけは少し心の中で笑っていた。

心が泣いていても、会社では吐き出せない

恐らくあの4日間、会社の誰一人として私の異変に気がついた人はいないはずだ。
なぜなら私が、終日笑顔で振る舞っていたから。

OJTに来ていた新人に対しても笑顔で指導をする。先輩に声を掛けられれば談笑し、少しでも頭が働くようにとトイレで歯を磨いていた時に一緒になった法務部の先輩にも「最近、天気が良いですね」なんて笑っていた。

ただ、偶然エレベーターで一緒になった仲の良い同期の中の1人だけには、少し本音が漏れた。

「メリッサ、元気?」
「う〜ん、そうでもない。今度話すね。(笑)」

会社という組織では、噂はあっという間に広がる。
良い噂も、悪い噂もなんでも耳に入ってくる。
特に人事部に所属する私は、恐らく会社の中でもより多く色んな話を聞いていた1人かもしれない。

だから、「メリッサさんが元気ないらしい」「何があったのかな」「あの先輩厳しいもんね〜」「彼氏と別れたとか?」と噂される未来を想像すると面倒でなぜか怖くて仕方が無かった。
正常に考えられる今なら、人はそんなに自分に関心を持っていないことは分かるのだけれど。

眠れなくなって4日目の午前10時、母に電話をした後、私は決心して室長を呼び出した。

"2人だけで話したいことがある"、と伝えれば誰もいないであろう玄関ロビーに行こうと提案され、腰を下ろした。
これから私が伝えることなど露知らず、室長はその大きな体を椅子に預けて私に「どうしたの?」と微笑んでいた。

「比喩でなく、今にも死にそうなんです」

室長のメガネの奥の目が大きくなったあの瞬間を、私は今でも覚えている。


メリッサ



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