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車椅子で念願のあの場所へ
今日は文が長くなる、と前置き。
京都府には色々な観光地がそろっている。日本人はもちろん海外の人たちにとっても古(いにしえ)の都に心酔するためにはうってつけの場所である。
京都には様々な個人的な明るい思い出があって、住んだこともないのに土地勘が完璧になりつつあるくらい頻繁に訪れる街になっている。私の中では日本で唯一好きな場所といったら過言だろうか、まだ見ぬ日本はたくさんあるし。
と云ってもやはり京都、楽しい。
神社参拝と人に会うため、近頃は病院受診のために何度か来るようになったここで暮らすことをいつのまにか考えている。バリアフリーなんてあってないようなものではあるが、それでもこの街が好きだ。
東京で生まれ育ちアメリカに逃避したのに、一番日本らしい場所を好むのは少し不思議な気もする。結局和の心には逆らえない日本人なのだと自覚する機会にもなっている。
今回私が何度も行ってみたかったが縁のなかった場所がたまたま近くにあることを知った。滞在先のホテルから夕飯を買いに行く名目で向かった場所、丸善。
梶井基次郎の『檸檬』にも出てくる有名なあの場所である。
書店と文具屋が地下に存在するだけで、通りからみてもそれが丸善であることもわからないし、なんなら高級ブティックがグランドフロアに並んでいるからなんとも言い難い”お堅め”な雰囲気が漂っている。服装、失敗した。
そんなことは帰りに気付くくらい浮かれていた私は数十分前疼痛で発狂しそうだったことすらも一度精神の外に放り投げてその場所を噛みしめていた。アドレナリンかなんだかわからないが、興奮と感動ってすごい。
エレベーターも書棚もまるで理想。本を愛し続ける人たちが集う場所として、本を敬う店構えに圧倒される。謂わば読書家のテーマパーク、否、天国。
洋書から理系・文系、さらには楽譜まで揃っていて、喫茶店もついているこの場所、言葉にならないほど美しい。
そして品ぞろえが完璧である。
人文思想、社会学・哲学・民俗学などが好きで外に出るときはふらふらと書店に行くのだが、ここは東京片田舎のそれとはくらべものにならない(そらそうだ)圧倒的蔵書数。
オンラインでしか見たことのないような本が所狭しと並んでいる。片っ端から読みたい!。
背の高い書架に寄り添うように足台が幾つか並んでいて、これに立って上の本を取れるようになりたい、なんて思う。でもそこに「もう取れないかもしれない」という後悔に近い絶望がない。
ひとり車椅子で徘徊していたから書棚上部の本には勿論手が届かない。でも、全然悔しくない。
これが不思議で、いつもなら文句を垂れそうになる場面なのに「下の方にも面白そうなものが沢山ある!」と、とにかくすべてが良い方向にしか思考できなくなっていた。
歩きながら誰かと本屋を旅するのももちろん楽しいけれど、こうしてひとり新しい場所で新しい感覚をかみしめて自分だけのものにする、こんな贅沢がまた人生に残っていたなんて、あの瞬間私は世界のだれよりも幸せだった。
背の低い車椅子で雑踏をかき分けるのは骨の折れる生活だし、歩ける人たちが行う活動はできない。情報が過度に不足しているから入りたい店や行きたい街は事前に調べても行き当たりばったりで「行ける」か「行けない」かが決まる。だから何事も楽しみにしないという心の自己防衛を持つようになって久しい。
この街も多分に漏れずそんな難関がたくさんある。
でも、まだ「行ける」場所で存分に楽しめる心は残っていた。
コンビニひとつすら駅前に立ち並ぶものには入れないことが多々ある生活でも、行きたかった所、歩き回りたかった丸善がそんなバリアを構えずにそこにたっていてくれたことが何よりも嬉しくて、幸せだった。
新幹線に乗ることを忘れてたくさん本を買ってしまいそうになったが4冊にとどめた。いつかここに定住する日が来る。ならば楽しみはそれまで取っておく。
車椅子を動かすスティックが右手だけでは操作しにくいほど筋肉が痛みしびれてきて、それを周りに悟られないように左手だけで本を取り書架の近くで何度か小休憩を取る。右手がつまらなさそうに垂れて悲鳴をあげているがそんなことも気にならない。ホテルまでの帰り道をどうしようなんてことすら考えていなかったと思う。座位を保つ、首を回すことがしんどくても、それでも気持ちだけは前向きでそこに並ぶ本を眺めていた。
今の私にとってどんな高価なブランドバッグより丸善で買ったロゴ入りのレジ袋のほうが価値のあるもので、なんだか大げさだけれど本を入れる時には絶対使いたい。
途中から書いている日が翌日になってしまったので追記できることだが、今日も体力があればゆっくり回りたい。ほかの本屋が立ち並ぶ寺町の方にも足を延ばせたらなんて思っている。
本当に、楽しかった。