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今の私の仕事について

先日少し久ぶりに会った友人たちに

「アサコさん、今仕事ってどうなってるの?
 ヨガも整体も、やってんの?これからはやるの?」

と、聞かれた。

もともと私のヨガレッスンを受けてみたい、と連絡をくれたことが関係の始まりで
その後ヨガも、整体を始めてからもクライアントさんとしてずっと継続してレッスンを受け続けてくれて、たくさんのお友達を紹介してくれたり、
そしてプライベートでも仲良くさせてもらってるふたり。

私が今年の2月に突然活動止めます、と言ったら
いいと思うよ、1か月と言わずアサコさんの好きなだけ止まってみたらいいと思う。その決断はきっと間違ってない。
と私が気付いていない何かまで悟ったように広く大きな気持ちで受け止めてくれた、ふたり。

二人は申し合わせたように同じことを違う場面で私に言ってくれたのが
今思えば面白いなと思うんだけど

そんな二人とコロナ禍の云々以来、はじめて会って色々話をした。

そこで聞かれたのが、あなた仕事はどうなった?ということ。


どうなったんだろう。

聞かれて改めて考える。今の自分に問い合わせてみる。


イヤになって止めたわけじゃない、
今十分過ぎるくらい止まってみて、でもなかなか重い腰は上がってこないけど
少しずつ大事なことが見えてきたし、伝えたいことも山ほどできた。
ただ今は少し自分のほうにようやく向き始めた時間を大事にしたいから
積極的に人を集めるエネルギーまでは出てきてないけど、請われたら喜んでやる。

そんな感じ。それが今の私の、仕事に対する気持ち。


半年前、それまで何かに追われるように、
自分の本心かどうかを考えることもなく、もうそれがどこかも分からないけど
周りの期待に応えたくて走り続けてる自分に、疲弊感と歪さを感じた瞬間
「止まりたい。」
無性にそう思った。

誰かが期待してくれてるから止まれない、
そんな自分の勝手な思い込みと裏腹に、私の止まりたい欲はすんなりと受け容れられ

そうして潔く止まったように見せかけて、そんな潔さを褒めてもらったりもしたけど、でも最初はどこか焦ってた。全然カッコよく止まったわけじゃなかった。

その後、コロナで否が応でも自分の仕事より家族に目を向ける必要性が出てきて
そうしてようやく自分の今立つべき位置や、やっておきたいことが頭ではなく肌で感じられるような気がしてる。

コロナ禍で改めて自分の体に向かう時間が多く取れるようになって
改めて自分の体を見つめたら、改善したいところだらけ。

前はそんな自分のことは見て見ぬふりして、まあ大方できてる、と看過し
自分のことよりひとのお節介ばかりしてた。

ようやく少しずつ、自分のネガティブな部分を愛おしいという気持ちをもって受け容れられるようになってきて
自分の体を見つめてケアすることを通して、今までただただたくさんの「点」だった情報や知識が線となって繋がりはじめ、ますます面白くなってきた。


ヨガをインストラクションしながら、同じ時空間の中でお互いの呼吸や体の調子を一緒に高めていく感覚も、

私のことを信じてきてくれた大事なひとの体を一緒に答え合わせするように整えて、ほっと緩んだ笑顔を見られる瞬間も、

大好き。

体は資本。
元気な体は、すべての資本。

大事なひとを抱きしめたり、
大好きなひとに心ときめかせたり
自分の居場所を過ごしやすく整えたり、
気持ちが豊かになるような食事を作ったり、食べたり
胸がいっぱいになるような景色を見るために自分の力でそこまで向かったり
自分を高められるような仕事や活動をエネルギッシュにこなしたり

人が人として生きるのに資本となるものが、元気な体。

そんな資本となる部分に、ほんの少しでも携われることがきっと、
私にとって幸せなんだと思う。

だから突然労働欲に駆られ、
ヨガを一緒にやりたくなったり、
会ったひとの体を整えたくなったりする。

自分でも、そろそろ動きたいのか?と思ってみたりするけど、でもなかなか大きな声で「また再開します!」と言えないのはきっと、一旦止まったからこその怖さや躊躇に加えて同じことを繰り返したくない気持ち。

というのが、もうひとつ強く思うのは、そんなすべての資本である体ってのは、長い目で見て常に、コツコツと慈しみ、尊び、自分が一番の責任者であるべきだ、ということ。

姿勢や体型の崩れだとか、腰痛や肩こりといった日々感じる不調を改善したいとか、ダイエットしたいとか、脚やウェストが細くなりたいとか
そういうのって長年少しずつ自分で蓄積してきた体の使い方や扱い方のちょっとしたズレや歪さの結果で、必要になったもの、気になりだしたこと。

そのズレや歪さを認識して、その蓄積してしまった年数と同じくらいかけて解消していく、ぐらいの気持ちでコツコツと是正していくしかないんじゃないかなと、私は思ってる。

でも例えば40年かけて太くなった脚を40年かけて細くするって気が遠くなる作業だし心折れがち、
だからそこにちょっとしたエッセンスとなる正しい知識を加えることで1年くらいで変えていきたいよね、みたいなことをするのが私の仕事でありたいし

でもそんなエッセンスも、即効性を求めすぎたり、自分の体なのにどこか周りに責任転嫁してしまったり依存し過ぎたりすると、まるで意味のないものになってしまう。

そのジレンマに疲れてしまったところもきっと、活動を一旦止めたくなって理由のひとつなんだと、今は分かる。

だから次やるからには、元気な体がすべての資本、という基本軸のもと
一緒にお互いの体調と、はたまた大きく言ってしまえば人生の厚みや豊かさを高めていけるようなことがしたいなと、今は漠然と思ってる。

自分にとって大ヒット的な具体策がまだ出てこないのだけど。


大した活動もせず、大口ばかりたたいてないで動きなさい。
と言われそうな話だけど

こうして止まって自分の思うがまま気ままに過ごす嫁に文句ひとつ言わず見守ってくれる旦那さんに厚く感謝しながら

そしてときどきあなたに会いたいから、とわざわざ連絡してきてくださるクライアントさんの体を一緒に整えながら

粛々と自分の仕事への欲望に向き合う毎日です。
それがきっと、今の私の仕事なんだと信じて。

何度も言いますが、私はヨガも整体も大好きです。
だから、今のこんなスタンスでも受け入れてくださる方はご連絡ください。
喜んでヨガと整体、ご一緒させていただきます。
(どうなってんの?仕事頼んでいいの?と思ってるひと結構いると思うよ。
 と、先述した友人に言われたので、そんな方がいてくれたら幸いだなと、書いておきます。)



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