体を動かせば、心が感じ始める!?
ネパールという国がどこにあるのかどんな国か知らなくても、ヒマラヤ山脈を知らない人はいないと思う。世界一の標高を誇るエベレストをはじめ、8000メートル級の山が連なる世界の屋根。ネパールは、その南側の麓、東西に細長くへばりつくように位置している。
人を寄せ付けない厳しさと神々しさ。ヒマラヤはその存在自体が圧倒的だ。何度見ても飽きないし、誰が見ても美しいと感じるに違いない。
でも、何日もかけて歩いてたどり着いた展望台から眺める朝日に輝くヒマラヤは、美しいという言葉では全然足りないのだ。
それは、私の心を震わせた。
気がついたら泣いていた。
風景を見て、涙を流す自分に驚いた。
感動して涙を流すなんて、いつぶりだろう?
3000段の階段を登るなどという暴挙に出た自分を呪いながら泣く泣く歩き続け、汗だくになり、筋肉痛になっても、誰に褒めらるわけでもなく、何らかの報酬が得られるわけでもない。
でも、自分なりに自分の限界に挑戦した自分を、よく頑張ったと褒めてあげよう、その時、素直にそう思えた。
この絶景は、自分の手(というか足?)で掴んだ風景だ。
そう心から思えた時、心の中で何かしこりのようになっていたものが、シュワっとお風呂に入れた「バブ」のように溶けていく感じがあった。
そして、心が緩むと同時に、体の変な緊張感もほぐれていって、涙腺まで緩んでしまった、そんな感じだった。
そっか、ず〜っと私は泣きたかったのかもしれない。
そんな気持ちさえ押さえつけていたのかもしれない。
体を動かすことで、心がほぐれ、それが体をほぐしていく。
その開放感と、目の前の壮大な絶景が合わさって、『感じる』ことを思い出した瞬間だったとも言える。
美しいものを美しいと感じられるって、当たり前のようでいて、つい忘れてしまいがちなのかもしれない。
美しいものは心をほぐし、ほぐれた心は美しさを感じられる。
はて、ニワトリが先かタマゴが先かのような話になってきたが、最近美しさを感じてないなと思ったら、ちょっと心をほぐした方がいいし、心がこわばってきたなと思ったら、自分が美しいと思うものに触れるように心がけた方がいいのかなと思う今日この頃なのである。
【text by Chikako from Nepal 】
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