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丹麦語独習覚書 ④ 赤いトヨタ
外国語を学習していて、自国にまつわるものが登場したら、まずはびっくりする、けどほっとするし、うれしくなります。
↓は、デンマーク語のオンライン辞書 Den danske ordbog の例文のひとつです。
Hvis var bilen? –
Det var da hans egen. En næsten ny rød Toyota.
ん?
Toyota……?
えッ!トヨタ?
わーい、
デンマーク語だけど、世界のトヨタだッ!
しかも、rød = 赤い!
そして、ny = 新しい……つまり、新車!
トヨタ車が、プリウスとか、クラウンとか、マークⅡとかの個々の車名でなく、
Toyota
とメーカー名で呼ばれているところが、海外っぽさ満載でわくわくします。
われわれ日本人どうしの会話では……
「あれ、トヨタ、どうしたん?」
「いま、車検。この日産は代車」
「さすが三菱!」
「たしかに、うちのマツダとは走りが違う!」
……とは、まずいいませんよね。
たとえば、トヨタ車だったらカローラ、日産車だったらマーチ、三菱車だったらランエボ、マツダ車ならデミオ、と車名で呼ぶのがふつうです。
それに、さっきの会話、車名がわかってはじめて、いわんとすることがリアルに伝わってくるような感じがしませんか?
メーカー名でいわれると、庶民の足から高級車、スポーツ仕様にいたるまで、それに最近では福祉車両もあるから、各メーカーのラインナップ全部がごちゃっとイメージされて、何を指してそういっているのかがイメージできないんですよね。
もし、日本国内でメーカー名を使って会話するとしたら……
「こんどは、ホンダに買い替えようよ」
「うーん……私は今とおなじ、スバルがいいかなぁ」
……こんなのなら、ありかもしれませんよね(スバルは、正確にはメーカー名ではないけど)。
だけど、気をつけたいのは、この会話のなかのホンダもスバルも、買い替え候補になっているクルマ自体を指すのではなく、「ホンダ、もしくは、スバルのあつかう自動車全体」をふんわりと指している、ということ。たとえば、アコードやレガシーといった車名で呼ばれている自動車を、直接指しているわけではなさそうなのです。
「こんどは、ホンダ」といいつつ、フィットとシビックとで激しく迷っているのかもしれないし。
「今とおなじスバル」といいつつ、サンバーからインプレッサへ、あるいは、フォレスター、はたまた、ステラに乗り替えようと目論んでるのかもしれない。
あくまでも、意識されているのは「会社の名前」としてであり、「クルマの名前」として、ではないんです。
やはり、日本で、
メーカー名 = クルマの名前
となるのは、ベンツやフェラーリといった外車。
だから、「ny rød Toyota (新しい赤いトヨタ)」という表現ひとつで、
デンマークでは、
トヨタは外車!(∩´∀`)∩ワーイ
っていうのが、ひしひしと伝わってきます。
・◇・◇・◇・
さて。
最初の例文にもどって。
Hvis var bilen? –
Det var da hans egen. En næsten ny rød Toyota.
これを、訳してみたいとおもいます。
とりあえず、Google翻訳をかけると、こうなります。
車だったら?―
それは彼自身のものでした。ほぼ新しい赤いトヨタ。
うーん……
わからんでもないけど、やっぱり、わけがわかりません。
こんなことになった原因は、
hvis には、英語の if と whose の2つの意味がある
せいです。
Google翻訳さんッたら、hvis の意味を、if だと取り違えているらしいんですね。
そうそう。最近、Google翻訳をべつに英語でかけてもいいんだ、ってことに気がついたんですよ!
で、ためしに英語でかけてみました。
If was the car? −
It was then his own. An almost new red Toyota.
するとたしかに。
if と勘違いしなすっている……(^_^;)
だけど、2番目の文が、his own と回答していることからわかるように、hvis が問題にしているのは「車の所有者」です。
だから、hvis は whoseで訳さないといけません。
それにくわえて、
var = 英語の was
bilen → bil + en = the car
(デンマーク語では、英語の the にあたる表現を、語尾変化で表します)
hans ……は「ハンス(男性の名前)」でなくて、英語の his
en = 英語の a
ぐらいがわかっていたら……
Hvis var bilen? –
→ そのクルマは誰のものだったのか?
Det var da hans egen. En næsten ny rød Toyota.
→ それは、彼自身の物だった。ほぼ新車の赤いトヨタは。
……こんな感じで訳していいんじゃないでしょうか。
だけど、わたくし。
ここでふと、アタマがストップしてしまいましたわよん!
ちゃんと訳せたぞ!
だけど、意味がまったくわからん!(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
って。
なぜなら、日本人には……ていうか、日本人だからこそ、
トヨタ = クルマの名前
っていう感覚がまったくない。
だから、ほぼ新車の赤いトヨタ、と聞いてもなにも情景が思い浮かばないし、そう聞いたときに外国人が感じるであろう感情も、皆目見当がつかない。
まるで、空をつかむような感じがします。
もしこれが、たとえば、ほぼ新車の赤いヴィッツ、だったら……まったく違和感なく受け止められるし、映像もすっとうかんでくるのですが。
さらにいうなら、ほぼ新車の真っ赤なポルシェ、だったら、ビンビン伝わってくるものがあるんですけど。
そして、ほぼ新車の赤いフェラーリ、にいたっては、ふつふつと湧き上がってくる高揚感は、たぶん世界共通!
そうそう。
赤い乗り物といえば、燃える男の赤いトラクター、もはずせないですよねッ……でも、年がバレちゃう。
懐かしの昭和のCMです。子ども心に、けっこう好きでした。
ただ、こうやって、辞書の例文としてトヨタが出てくるってことは、
デンマークではトヨタに対し、
国民的に共有できるなんらかのイメージが存在している、
ってことです。
これだけは、はっきりとわかります。
そうなんだけど、問題は、
「そのイメージはどんなやねん? さっぱりわからん!」
……っちゅうことです。
・◇・◇・◇・
これまで「とりあえず辞書は、Den danske ordbog をGoogle翻訳して使えばいいや〜♪」と、気楽に考えてデンマーク語をやってきましたが、今回の赤いトヨタのように、辞書の文言を日本語に移すことはできても、「行間が読めない」、というか「行間が埋められない」感じがすることは、わりとしばしばあります。
そんなときはしかたないので、
外国人が広辞苑を読んだらたぶんこんな感じ……(@_@;)
と思ってやりすごしてます。
Google翻訳は言葉どうしを置き換えることはできても、その言葉の背後にあるあれやこれやを、とうてい、映し出すことはできません。
そして、おそらくはそれが、「赤いトヨタの行間が埋められない」感じがしたことの原因です。
こんなふうな、「言葉の背後にあるあれやこれや」のことを、
スキーマ
と呼ぶそうです。
スキーマ、というのは、↓の記事によると、
「ある事柄についての枠組みとなる知識」だそうです。
言葉についていえば、意味や文法的な事項だけではなく、その言葉の使用される文脈や類義語の使い分け等の暗黙の知識も指すそうです。
つまり、自分が「赤いトヨタ」で困惑してしまったのは、まさしく、
トヨタという言葉が海外でもつスキーマが
わからなかったから
なのです。
困っていたときに、この記事があつらえたように流れてきて、まさしく目からウロコでした。
だから、どう考えても、スキーマは、生の外国語にふれて体得するしかないのですよね。
海外の人からしたら、この記事の前半にえんえんとかいた、「日本国内での日本車についてのスキーマ」なんて、日本に住んでみるまでわからないわけですから。
逆に、
自分たち日本人が広辞苑をなに不自由なく使用できるのは、
日本語についてのスキーマをもっているから
と考えると、なにか不思議な気がしてきます。
たんに書かれたことを読むだけでは、辞書の意味するところを十分に把握することはできない。
辞書 + その言語につてのスキーマ、でやっと辞書としての機能を十全にはたせるわけです。
外国語を学ぶには、スキーマも込みつつ翻訳や解説された、母国語で書かれた辞書やテキストが必要、ということを、この赤いトヨタの一件でつよく感じました。
たとえば、語学アプリ Duolingoですが、デンマーク語については日本語版の教材がないので、英語版で学ばないといけません。Duolingo 自体はよくできたアプリで重宝していますが、いかんせん、こっちは英文法はわかっていても、「各英単語のスキーマ」なんてほぼないので、デンマーク語の意味も半信半疑でしかアタマに入ってこないんですね。
だから気がついたら、意味を考えずに「英語→デンマーク語」もしくは「デンマーク語→英語」を置き換えるだけの、「単語置き換えゲーム」になってしまってて……あぁ、もったいない。
もうひとつの語学アプリ Mondly は、デンマーク語を日本語で勉強できるのですが、どう考えても可笑しい日本語がついてたりするので……むしろ、Mondly で日本語を学ぶのはあまりおすすめできない、というのが実感です(だから、デンマーク語にも一抹の不安が拭えない……)。
どうしても日本語学習につかいたいなら、日本語に堪能な人に、不自然なところを指摘してもらいながらでないと、アブナイです。
だけど日本人にとったら、「日本人にとっては、この言い回しは不自然」「日本人は、こんなときはひらがなで書く」といった、日本語のスキーマ力を向上させる、いい教材になるかもしれません。
こうなると、単語の意味をイラストで把握していくアプリ Dropsは、なかなかいいセンをいっている、といえそうです(たまに、間違っているところもありますが)。
語学アプリを作るみなさんには、翻訳ソフトに頼りきるのでなく、ネイティブの監修をつけて、「スキーマもあるていど学習できる」よう、ぜひとも配慮してほしいと思います。
と、同時に、外国語で書かれた辞書を使うと、「やっぱり外国は異国」ということをストレートに感じることができるので、これはこれで得難い経験になります。
また、英語の先生は、英語を歌や映画で勉強することをプッシュしがちですが、「スキーマを会得する」ためには、これがいちばんの近道かもしれません。
自分は、デンマーク語の歌の歌詞を訳すためにデンマーク語を勉強していますが、よいメロディは、文字だけでは伝わらない隙き間を埋めてくれる、とも考えられますよね。
・◇・◇・◇・
さいごになりますが。
スキーマ ←→ 隙き間
って、なんかいい感じです。
言葉どうしのつながりの隙き間に埋もれている暗黙知。
いわゆる行間、という隙き間にただよう暗黙知。
それがスキーマ。
まさかおたがい、「同音でかつ縁が無きにしもあらず」な言葉が外国にあった、だなんて、ゆめにも思ってなかっただろうなぁ。
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