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「夏」だからこそ……敢えてゲーム

 「お盆」という死者をとむらうための期間と、「終戦の日」が奇しくも重なる国に生まれ、あるいは、住むものだからこそ、プレイしたいし、してほしいゲームを。

 どちらも有料ゲームなのですが、ずーっと気になってて。
 こんな季節だから思いきって買っちゃいました。


① This War of Mine

 ポーランドのゲームですが、日本語版があります。
 かなりの鬱ゲーです……_| ̄|○ il||li

 もし戦争が起こったら、私たちのほとんどが、司令官として軍隊を指揮することもなく、射撃や撃墜のエースとして活躍することもなく、

 一般市民として、戦火のもと、逃げ惑い、生き延びねばならなくなります。

 有り得べき戦争体験として、切実にリアルな体験ができるのが、この This War of Mine です。

 とにかく、物資もなく、夜陰に紛れて廃墟でモノをあさり、自力で生存に役立つ道具を作り、ときに強盗に襲撃されながら、それでもとにかくサバイバルせねばならない。食料と水、燃料の確保が大変で、命に直結するアイテムは、物々交換においてもシビアな要求をされる。そして、空腹が酷くなり、疲労がかさむごとに、登場人物の気持ちも落ち込み、鬱になる……そんなゲームです。

 正直、うつ病人の自分がやるようなゲームではありません。
 要領がつかめるまで何度かリセットをくりかえしながら、1週間くらいはなんとかサバイバルできたのですが、仲間のひとりが物資を集めに行った路上にて銃撃で死亡し、けっこーメンタルをやられてしまって。最終的には、早々にアンストしました。
 繰り返せば慣れるし、物資の確保やアイテム製造のコツもつかめてくるので、やりこみさえすれば不足の中でもモノをつくる楽しみが見いだせるだろうし、生き延びられる人数も期間も増えてくると思います。
 だけど、もしほんとうに戦争に巻き込まれたら……ゲーム内で行ったどの行為も、試行できるのは1回こっきりです。モノクロだけどリアルな画像で繰り広げられる世界だけに、何か行動したり、消費したり、選択と決断をするたびに、

 これがほんとうならば、この1回だけ

 ということの重さがずっしりのしかかってきます。


 これまでこの「夏」というシーズンは、「忘れないために語り継ぐ」季節でした。
 だけど、戦争体験者が高齢化しどんどん数を減じているいま、新しい活動として、「仮想の空間で体験してみる」という引き継ぎ方を考えてみることも必要なのかもしれません。

 This War of Mine は映画1回分程度の価格で、かなりお高めの有料ゲームです。だけど、たしかに、映画1回分、いや、それ以上に匹敵するほどの良質な体験ができることは間違いありません。


② おわかれのほし

 人工知能や戦争により荒廃した世界で繰り広げられる「ひとりぼっち惑星」シリーズで知られる、ところにょりさんのゲーム。このゲームもまた、人間の存在の絶えた(と思われる)、終末的な世界で繰り広げられる物語です。

 「自分たちは人間だ」と信じている機械たちの住む村、その村の「最後の子どもである機械」が主人公です。ですが、すでにすべての機械は死に絶え、村のあちこちで死体となって停止しています。
 主人公は彼らの体を借り、残された記憶を読み取り、必要なアイテムを探してやり残したことを代わりにやり遂げ、おわかれの場所まで連れていきます。若干の謎解きをしながら、自分たちは人間だと信じていた機械たちの弔いをひたすら繰り返すのがこのゲームです。

 購入前は、死をあつかうセンシティブな内容だからあえて有料にしてプレーヤーを選んでいるのか、とおもってましたが、そうではありませんでした。この「おわかれのほし」は、有料にするしかないほど、手の込んだ、作り込まれたゲームです。
 死んだ機械たちの記憶は、それぞれが短編小説ででもあるかのように、重く、豊穣です。それらの物語が、「ひとりぼっち惑星」シリーズでくりかえし用いられている、

 すべてひらがなで、一語一語区切る

 という書法で記されています。その独特さがあたかも、文語文に翻訳し記された詩集「海潮音」を読んでいるような心持ちにさせます。

 今年のお盆は義父の初盆で、それだけにこのゲームの趣きも深いです。
 亡くなった直後は精神的にもやぶれかぶれになっていて、「私、転がります。」みたいな死を茶化したゲームでしか遊べませんでした。

 いや、これはこれで意外とやり込み要素があって、面白いゲームだったんだけど……。
 半年以上の時間をかけて、義父の死を受け入れることができるようになったいま、やっと、ちゃんとお弔いをしたい、という気持ちにもなってきました。いわば、まだこころのなかでは勝手に生かしていた義父を、こころのなかでも死者の列に加える、という儀式を行うことができるようになってきた、ということなのでしょう。だから、茶化して斜めに死を受け流すようなゲームではなく、

 まっすぐに死を取り上げたゲーム

 を、いま、必要としているのでしょう。

 義父が亡くなって以来、宗教というものが発明されてこの世に存続している有り難味を感じないことはありません。なにせ、「宗教なんて……( ̄ー ̄)ニヤニヤ」だった夫が、すっかり仏壇とお経のひとになってるくらいで。仏教で指定されている祭祀行為が夫の救いになっているのはたしかです。私も、親しいひとの死を受け入れるためのシステムや思想が、ワンセットとしてお寺から提供してもらえる、しかも、お寺には誰でもアクセスできるし、意識的にケアにつながろうとしていたわけではないのに、お葬式を頼むことで、実は知らぬ間にメンタルのケアにアクセス出来ているんだ、というのは、人類の叡智で、ものすごい意義のある社会システムなんじゃないか、と考えています。

 だけど、これからは宗教の存在感は下がる一方なのでしょうね。そんなすき間を、この「おわかれのほし」のようなゲームによるシミュレーションが埋めていく……それが人類社会の新しい未来なのかもしれません。




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五百蔵ぷぷぷッこ / 140字のもの書き / Espansiva の中の人
いま、病気で家にいるので、長い記事がかけてます。 だけど、収入がありません。お金をもらえると、すこし元気になります。 健康になって仕事を始めたら、収入には困りませんが、ものを書く余裕がなくなるかと思うと、ふくざつな心境です。

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