教育を選択する ということ
こんばんは😃お久しぶりの投稿です。
つらぬき楽園、ちょっと人生の旅に出ているここ最近です。
次男も来年には1年生。
子どもたちの教育。
どんな土地で、どんな教育がいいのだろう?
学区だからとか、用意されたものではなく、納得して選び取っていきたいという思いがずっとありました。
それでも、引っ越すのは簡単じゃないし、選択するにはそれなりの覚悟がいるとも思っていました。
そんな時に。就学時検診の始まるこの時期に。
偶然にもこれまで住んできた土地を離れることになり、教育をどうしていくのか、本当にゼロから選択しなければいけない状況が今目の前にあります。
一歩外に出てみると、視点は大きく変わるもの。
これまで、難しいと思って無意識に諦めてきたことが、選択肢として輝き出します。
長男は、どんな場所であれ公教育機関(通常級)に毎日通うことはやはり望まず、親としても自主学校は納得の形。
長男と私がいて、活動する場が「つらぬき楽園」であることは今後も変わりません。
一方次男は、長男とはまた違った特性があり、長男ほどの突出ではないものの、通常級の環境やアプローチが次男にとって最善かと考えるととても悩ましい。
わたし自身、長男を通して学校とのやり取りなどに疲弊したこともあり、次男もオルタナティブスクールも視野に入れていましたが、目の前の次男の様子を見ていると、それもまた親のエゴなのかもしれないと感じて悩みます。
次男はその環境に過共感しやすい面もあるからこそ、教育のアプローチ方法に賛同できる場を選びたいという親の思いは長男の時より大きいということに気付きました。
2人の子どもたち、どちらの希望も叶い、親としても納得の選択をすること。
これはなかなか難しいと思ってきましたが、妥協もせず諦めず、納得の選択ができる場があると信じて行動していこうと思います。
教育を選択する ということ。
今ある状況や環境と、目の前の息子の望みと、息子の特性と、選択を決断する親としての責任。
このバランスに正解もなければ、誰しにも当てはまるルートはないのだと体感する日々。
大切なのは、自分たちはどうしたいのか。最終的にはそこに尽きるのだと思います。
そして、
公教育に選択肢が増え、教育を選択する、というその行為自体のハードルがもっと下がること。
教育を選択する全ての人が、納得の選択肢に出会えること。
そんな日本になっていくといいなとも思います。
というわけで、教育をまさに今選択している当事者の声としてこの記事を残します。
まずは私が、納得の選択を!
迷った時こそ体を動かして、感じることを大切に選び取っていきたいと思います。