第二十一回:デザイン・オブジェクトとしての文庫本/その2
川崎大助『スタイルなのかカウンシル』
Text & Photo : Daisuke Kawasaki
ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。「音楽誌には絶対に載らない」音楽の話、その周辺の話など
むかしの文庫本には、カヴァーに写真ではなく、イラストレーションがフィーチャーされているものが多くある。なかでもとくに、抽象表現に近い絵に妙味がある、場合がある。上に挙げた文庫シリーズ、60年代初頭の創元推理文庫のカヴァーにおけるタッチは、まさにモダニズム・デザインだ。特色を使った多色刷りで、透過効果を狙うなど、面白い。装画は左の『マルタの鷹』は日下弘さん、右の『七つのダイヤル』は田中一光さんだった。アガサ・クリスティが「クリスチィ」と表記されていた時代の産物だ。
この傾向、デザインのアイデアがそのまま表紙全体を支配する方法論の先駆けとなったのは、たとえば、シャーロック・ホームズのシリーズを含む、新潮文庫のコナン・ドイルもののような傾向だったのかもしれない。(最近改訳されたものではない)往年の延原謙さんの名訳の名調子と、どことなくソール・バス調のこのカヴァー・アートとは、僕のなかで、切っても切れないものとして関連している。
イラストやデザインではなく、抽象画といえば、やはり早川書房の「ポケミス」ことハヤカワ・ポケット・ミステリのシリーズだ。文庫本ではなく、海外のペーパーバックをそのまま日本語世界に持ってきたようなサイズの表紙には、近年デザインが変更されるまでは、上の画像のようなペインティングがいつもフィーチャーされていた。洋画家の勝呂忠さんの作品だった。カヴァーのこの「絵」の奥行きが、本文の翻訳ミステリやクライム・ノヴェルに幾重もの陰翳を与えていたことは間違いない。
このポケミスのカヴァー・デザインに、ちょうど「レコード・ジャケットのような」感覚を僕は見る。といっても、ロックではない。ジャズからイージー・リスニングに至る、60年代前半までのポピュラー音楽の王道にも通じる、洒脱なるマナーが標準装備されているように感じるのだ。新潮文庫のドイルもの、それから創元推理文庫のグラフィックも「音楽的」だったと思う。こちらのほうは具体的に、たとえばイノック・ライトのコマンド(Command)・レコーズあたりからの影響は、大きかったのではないか。とくにコマンド初期作のデザインは、バウハウスにて教鞭を取っていたヨゼフ・アルバースが手がけていたことでも名高い。ここらへんにも、一脈通じるものだったように思える。
しかし日本の単行本(いわゆる四六版サイズのもの)のカヴァー・デザインからは、ほとんどの場合僕は、レコード・ジャケットに近い要素を感知することはない。どうやら文庫本やペーパーバックのほうが「音楽的」というか、「市販されているレコード的」なのだと、自分のなかで位置付けられているのだろう。印象的に最も近いのは、やはりシングル盤だろうか。7インチ、45などと呼ばれるあの小さな円盤と廉価版の小説パッケージには、形而上的な領域において、共通項がなにかと多いのかもしれない。
だからというか、70年代に入ると、創元推理文庫がぐっとファンキーになる。「殺人機械」シリーズは、ソウル音楽調かつポップアート調だ(カンフー調でもある)。
79年あたりになると文庫本もカラー写真をフィーチャーしたものが増えてくるのだが(片岡義男さんの「赤背」シリーズもこの流れのなかにある)、すると創元推理はすぐに「外国人美女と銃」となるところが、じつに味わい深い。
そんな70年代ものも、こうして並べてみると、やはりとても音楽的になる。正しくポピュラー文化の華として、娯楽小説が世にあった時代の香りが立ちのぼってくる。