「四畳半タイムマシーンブルース」を読む
私の大好きな森見登美彦の新刊「四畳半タイムマシーンブルース」が相変わらずいい。久々に森見作品を読んだが、やっぱりいい。湘南新宿線の端から端まで乗りながら、買ったばかりの単行本を携え、終始ほくそえむ。こんな夏も悪くはない。
前文、森見さんっぽい文体で書いてみようと試みたが無理でした。あのワードチョイスや文体、言葉遣い、見事なまでに僕には浸透してくる。ジョージオーウェルの「1984」の中に、「言葉を統制すればその思想時代、思考自体が消えていく」的なセリフが(たしか)あった気がする。同じ内容を描くにも、それを表現する言葉が違うだけで浮かび上がる風景はまったく別のものになりますね。だからこそ言葉選びは慎重に。
何せ、この作品は本筋のストーリーは「サマータイムマシーンブルース」という上田誠原案の作品となっている。いわば物語のストーリー自体の大半は「サマータイムマシンブルース」に沿って作られている。僕はその作品を見たことがなかったのでアマプラで映画版を観たが、これもまたよかった。若かりし瑛太や上野樹里や真木よう子やムロツヨシが見れる。2005年の作品だ。この年代の映画やドラマ見てみると、大体若かりし瑛太が出てる。瑛太すごい。
ということで話のストーリーは割愛するが、今回は森見作品として生み出されたこの新作についてつらつら書いていこうと思う。
まず、舞台は名作「四畳半神話大系」である。僕はこの作品をこよなく愛している。まず、この世界の話を再び読めただけで感慨深い。相変わらの怠惰な日々を送る主人公「私」、主の悪友・小津、その師匠・樋口、樋口の同級生の歯科助手・羽貫さん、その他映画サークル「みそぎ」の面々、そして黒髪の乙女・明石さん。このキャラクターたちが変わらず健在なのが嬉しい。初めて四畳半を読んだのは実は大学生の時で、結構遅いのだが、当初は私への投影や共感が強いのが特徴的だった。だが今作は全体として各登場人物が生きている。タイムマシンものでいろんな時間系列をいっったりきたり試行錯誤するので、その特性もあるが(元々舞台作品だし)、全体を鑑賞している気分になる。そもそも話の入りが時代劇を撮影するところから始まるので、主人公視点の話というよりは俯瞰して全体を見る作品だという著者の意図的なつくりもあるのかもしれない。いずれにせよそれによって今まで以上に各キャラクターが生き生きと描かれている。とはいえ、文章の作りとしては前作と変わらず主人公視点中心で書かれているのがすごい。
作品の中でメインテーマとなっているのは「時間」について。SF系の王道である。森見作品も基本ファンタジーなので、この手の作品とは相性がいい。僕はこのストーリー自体にシンプルに「いいなあ」と思ってしまった。作中には「時間は一冊の本のよう」というセリフが出てくる。映画版にはなかったセリフだ。森見先生なりの「サマータイムマシンブルース」の解釈だと捉えている。あらすじは割愛するが、とにかく過去を変えてはいけないとする主人公と、とにかく自由勝手に過去世界でもやってしまう小津や師匠たちという感じで話は進むのだが、それも結局は辻褄合う感じになるんです。時間は本のように決まっていて、だから変える変えないなんてそもそも存在しない。私たちは1ページ目から読み進めることしかできないから、時間が進んでいるように感じるのだと。いやでも、何もかも決まっているとしたら、未来への希望も挑戦も自由もへったくれもないじゃないか。そう思ってしまいます。ふつうここまではよくある話ではあるんです。でもこの後の「でも未来のことは何も知らない。だからこそ自由では。」というセリフがあることでグッと救われます。結局すべては決まっている「予定説」的な世界にもしかしたら住んでいるのかも知らない。けど、私たちは100年後も10年後も1年後も明日も1秒後も、何が起きる分かっていない。わからなければ何をしても自由なのだと。
森見先生の作品は青春を舞台に、人間の可能性や選択肢といった「自由」をテーマにしているものが多いです。そこには過去や未来を考えるがゆえに苦悩する人間の姿がしっかりと描かれています。正直、切っても切れないものだと思っています。また、「君は何にだってなれる!」みたいな前向きすぎるメッセージよりは、そり生活に即したメッセージを送っています。「可能性という言葉を無限定に使ってはならない」四畳半神話での一番好きな樋口師匠のセリフです。ただ、ここでも大事なのは現実見て生きろってことでもないことです。現状の足元にどれだけ向き合えるか、そしてその中でどれだけ自由に当たって砕けることができるのか。樋口というのは好きなキャラクターで、結構こういう達観したセリフを言うんですけど、実は一番自由に封じ込められたキャラクターにも見えてしまうのが憎めないです。
結局、何が言いたかったかと言うと、月並みだが、落ち込んだ人を肯定し、悩める人の背中を押し、くじけた人にはそっと寄り添い、行き過ぎた人にはきちんと戒める。そんな救いがこの物語にはあると思います。常に肯定と批判を同時に提示される。だからこそ信用できるんです。そんなことを自分も常に忘れずにしていきたいです。すべてはこの言葉に。
「僕なりの愛ですわい」
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