【日常茶飯事】週始めはソト朝ごはんいたしましょ♪
同じ毎日では飽きてしまうから(^^)
幸福も不幸も見方一つだと思いませんか?
幸福、喜び、楽しみ、感謝などのタネは、気をとめて見れば、いくらでも見つかるものです。
「空白について考えようとしてその人が立つ窓辺を思う」
(土岐友浩『Bootleg』より)
一方、不幸、不平、不満のタネも、探せば、かぎりなく見つかるものです。
いや、見方一つによって、同一のものやことが、喜びのタネにも、不平のそれにもなりうるのだと思います。
たとえば、
「逆境はごめんだ」
とする心と、
「逆境こそがありがたいのだ」
とする見方がありうるように。
また、平凡を不満とする心と、
「平凡即幸福」
とする見方とが、ともにありうるように。
幸福も不幸も、探せばたくさんあるのでしょう。
「一両で走る電車を風と呼ぶそう決めたひとりの多数決」
(鈴木晴香『夜にあやまってくれ』より)
また、考えようによっては、幸福にも、不幸にもなり得ることも多いのだと思います。
「幸せはたくさんある」
と思える人は、幸せになりやすいんでしょうね(^^)
例えば、一つの幸せにとらわれていると、他の幸せになかなか気づけません。
その幸せが得られない限り、幸せになれません。
その幸せをあきらめた時、絶望してしまうかもしれません。
だからこそ、幸せは、たくさんあると思えれば、いろんな幸せに気づきやすいはずです。
一つの幸せが得られなくても、他の幸せを探すことができるはずです。
一つの幸せを失うことがあっても、まだ、他の幸せが残っていることがわかると思います。
「アマノジャク男爵が避暑惑星に飼う美しい手をした生き物」
(高柳蕗子『ユモレスク』より)
「幸せはたくさんある」
と頭でわかるのと、心でわかるのは違うのかもしれません。
「幸せはたくさんある」
と心から思え、いろんな幸せを感じて、生活できたらいいのではないでしょうか。
そう、かのイギリスの劇作家・詩人であるシェークスピアも
「世の中には幸福も不幸もない。
ただ、考え方でどうにでもなるのだ」
と言っていましたよね。
現実世界には、幸せも不幸もありません。
幸不幸は、人の心の中にあります。
その人が、どう思うかによります。
それは、その人の考え方によるところが大きいのでしょう。
「ローム層にしずかな記憶抱く街で八万台の複写機光る」
(小野田光『蝶は地下鉄をぬけて』より)
不幸な時に、考え方だけで、幸せになれる人は少ないけど、特に、不幸でない時には、考え方を変えることで、幸せと思える可能性がある人はけっこういると思います。
同じ状況にいても、その人の考え方によって、心の中の感じ方(幸不幸)は、けっこう違うのではないでしょうか。
少しでも、幸せになれる考え方を心がけることができたら、と思います。
そう、
「ものは考えよう」
なんですよね(^^)
物事は、考え方ひとつで、よくも悪くも解釈できるものです。
物事を、どう思うか、どう感じるかは、自分の考え方によってけっこう変わります。
将来についても、考え方によって、いいようにも、悪いようにも考えられます。
現在、自分が幸せかどうかも、考え方によって変わるのではないでしょうか。
「夏山をつぎつぎに行く雲の影どの雲というかげではなくて」
(池本一郎『樟葉』より)
おいしい朝ごはんで新たな週をのりきろう↑↑
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