歳を重ねると、人に優しくなるのか、厳しくなるのか (『破果』ク・ビョンモ著、小山内園子訳)
こんにちは。
ポッドキャスト「真夜中の読書会〜おしゃべりな図書室」のスクリプト公開・第4回は、韓国小説『破果』をご紹介した2023年1月14日放送回です。
この小説、1月の時点で「2023年のベストブック」と宣言してまして、今もその思いは変わらないです。60代女殺し屋が主人公の韓国ノワールの大傑作です!
新人の教育係がツラい
今夜のお便りご紹介します。ペンネーム@アッコアコさんから頂きました。
ありがとうございます。
と頂きました。
ありがとうございます。なるほど。キレキャラじゃなくたってキレたくもなりますよね。
こちらの本、どっかで絶対紹介しようって思ってたんです。アッコアコさんのメッセージを読んで、ぜひアッコあこさんにぜひ読んでほしい!と思って、ご紹介できて嬉しいです。
今夜の勝手に貸出カードは、クビョンモさん著、小山内園子さん訳の『破果』にしました。破れる果実と書いて”はか”です。
これはもうめちゃくちゃ面白かった。今年のベストブックです。まだ1月だけどベストって言っちゃって大丈夫かな。いや、いいと思うわ。
60代の女殺し屋の話です。帯には「ノワール×おばあちゃん」とあり、老女の手元、真っ赤なネイルをしたそして怪我をしてるっぽい手元のアップの写真で、めちゃくちゃインパクトがあります。電車の中や美容室で出したらギョッとされると思う。
どうしてこの本をアッコアコさんにおすすめしたいと思ったのかは、今日の後半にお話します。まずはどんな小説なのか、ご紹介していきます。
独特の文章運びとド派手なアクションシーン
『破果(はか)』の主人公は、爪角。(爪の角と書いてチョガクと読みます)は、60代の女性で、プロの殺し屋。その道45年の、超凄腕。ご婦人版ファブルですね。
テイストはダークですが、ちょっとコミカルな部分もありつつ、スリリング。「ファブル」って言ったけど、漫画みたい。でもね、決して読みやすいタイプの小説ではないです。
訳者のあとがきで小山内園子さんが著者のク・ビョンモさんは「読みやすくてわかりやすい文章にあえて距離をとる作家」と説明されてるんですけど。ほんとそう。一気読みできる感じじゃないんですよ。その読みにくさを残してリーダビリティを落とさない小山内さんの訳が素晴らしいんです。
ちょっと読んでみましょう。
冒頭の電車の中のシーン、爪角がどんな女性なのか、どんな身なりで街に馴染んでいるかっていう描写の部分です。
っていうどっちでもないって話なんですよ、爪角はね。
ステレオタイプな韓国のおばあさん像をいくつか提示して、彼女はどのタイプでもなくて、教養があって尊敬されうる年長者、一般的な中産階級の老人であると解説する。
こういうふうに、わざとすごく寄り道して辿り着くみたいな書き方が随所にみられます。あと1文がとても長い。
見た目は上品なご婦人で、キレッキレの殺し屋の爪角さんなんですけど、歳を重ねたせいでかつての精彩は欠いています。
そこがこの小説の面白いところです。拳銃の腕が落ちたとかそういうことじゃなくて、お仕事(つまり殺し)に向かう途中で人を助けちゃったりとか、犬を飼い始めたり、どれだけ苦痛少なく殺せるか考えるようになったりとか、たぶん若い時はまったくなかった、優しさみたいなのが出ちゃって。そのせいで危ない目に遭います。
韓ドラ実写化を熱望される『破果』
この本のクライマックスは、最後の30ページくらい。ちょっと詳しく喋ってしまうので、読んでから聞きたい人はここで止めてくださいね。
ラスト30ページくらいで、女の子が人質に取られている廃墟に爪角が一人で乗り込んで行きます。そこに何人敵がいるのか、どこから出てくるのかわからない。次々屈強な男性が襲ってくるんだけど、爪角負けてない。めっちゃ強いんですよ。
ド派手なアクションシーンをこんなふうにテキストだけで、ワクワクさせる見せ方ができるんだってすごく感動しました。
『破果』を「実写化してほしい」って熱望する声が韓国でもあがっているそうで。ヒロイン・爪角を誰がやるのか。爪角の若いころを誰がやるかって妄想するだけで楽しい。韓国ドラマ業界なら、相当な完成度でこのアクションシーンとダークな世界観を仕上げてくれるはず!と期待しちゃいます。(私の願望は、爪角はイェ・スジョンさんにやってもらいたい)
↓イェ・スジョンさんはこの人(映画『69歳』ドラマ『マイン(mine)』など)
アッコアコさんのお悩みから離れちゃいました。
なんでこの本を紹介したかったかっていうと、爪角がネイルサロンに行くシーンがあるんですよ。ここも超大事なシーンだから、読んでから聞きたい人は後にとっておいてほしい。
ネイルサロンに最近入ったばかりの22歳の新人が爪角の担当をすることになります。彼女はまさにアッコアコさんの後輩みたいな感じで、下働きを嫌がって権利を主張してくるタイプの子なのね。
で、爪角にも失礼な対応ぶりをしてイラつかせるとこがあるんだけど。
都会のサロン慣れしてないおばあさんに見えて(ものすごい殺し屋だから気をつけてって)読者のこっちは超ドキドキします。そんなシーンから、今日は神フレーズをご紹介して終わりたいと思います。
終始、爪角に失礼な態度をとっていた新人ちゃんが、爪角のネイル代のお会計を勝手に半額にしてしまい、先輩から詰められるんですね。
でもそれには理由があってーー。
スキルやセンスより大事な能力に気づくとき
彼女がなぜ半額にしたのかっていうと、爪角は片手の指がないんです。だから10本じゃなくて5本だったから。「私の判断は間違ってないですよね」って新人ちゃんは泣くんですよ。
このシーン、なんか思いがけずすごく泣けたんですよね。このあと、店長が彼女になんていうかは読まれる方にとっておきます。
私、インスタの美容師さんのアカウントで、カットしたお客さんのビフォーアフターを見せるリールにすごくハマってて。
殺し屋と美容師を同列で語るのはいかがなものかと思いますけど、失敗が許されない重責を担うって意味では、トップクラスの職業ですよね。自分の手で他人の容姿を変えちゃうんだから。
その新人さんもリールとか作るのは上手かもしれないですね。
その子も、お客さんに喜んでもらうとか、常連のお客さんをがっかりさせないっていうプレッシャーに直面するうちに、下準備や、所作の丁寧さや、技術やセンスや能力以外のところがすごく大事ってことに気づくかもしれないですよね。勝手に自然に。アッコアコさんの言ってたことの意味が。
リクエストありがとうございました。
さて、そろそろお時間になってしまいました。「真夜中の読書会〜おしゃべりな図書室」では、みなさまからのお便りをもとに本や漫画、神フレーズをご紹介しています。お便りは、インスタグラム@batayomuからぜひお送りください。
それではまた水曜日の夜にお会いしましょう。
おやすみなさーい。おやすみー。
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