高い音、低い音の充実へ通ずるリップスラーの話
素晴らしい音楽家のマスタークラスを聴講させていただいたり、日本中様々なところで僕自身がレッスンをさせていただく中で受講者の方が悩まれていることで一番多くでるのが
リップスラー
でした。幅の広いものでは3〜4オクターブ、狭いものなら3度のスラーでの跳躍は聞き手に回った際のその美しさはぜひ取り入れたい奏法の1つです。
今日はそのリップスラーに特化した記事。
動画版
こんな素晴らしい本もあります。
1、リップスラーとは?
リップスラー、英語にするとLip Slur。ピアノは鍵盤を叩いて音を出します、叩く鍵盤を変えれば違う音がなるのは常識です。しかし、金管楽器では同じ運指で音を変えるテクニックの1つがこのリップスラーです。
これをもう少し詳しく説明すると、音の成り立ちから解説が必要です。
・肺から押し出された息というかもはや風が
・唇を振動させ
・その振動が楽器を共鳴させ
その共鳴音が楽器の音というわけです。
演奏方法の中にタンギングというものがあります。
このタンギングを舌を突いたり動かすことによって口の中を通る”風”を区切ったり形を変えさせることによって唇の振動を変え、楽器から出る音色や音の輪郭を変えて表現の幅を広げます。↓タンギングについてはこちら
リップスラーは音程を変える際に息の速さを変えて唇の振動数を変え楽器の共鳴する音を変える技です。
つまり弦楽器が弓をかえさずに音を変えるかのように滑らかに音を上下に変える奏法をスラー、そして運指も変えずそのまま上や下の倍音へ音を移行させる技がリップスラーと呼ばれています。
タンギングをしたり、ピストンやロータリーを動かしての音の移行は比較的簡単なのに対し、なぜリップスラーはとても難しく感じる人が多いのでしょうか?
それを紐解いていきます。
2、リップスラーの原理
はじめに運指を変えず、音の移行時にタンギングもせず音を変えていく奏法をリップスラーと書きました。これはそうなのですが、言葉からくる印象で誤解している人も多いようです。
Lip Slurで唇スラー、スラーの意味は続けて演奏するということで、
唇を使って音を区切らず演奏すると思いがちです。
確かにそう、だって唇が振動してその振動が楽器を共鳴させるのが原理だから
でもこのLip Slurだと唇を操作したらここでいうリップスラーができそうなイメージが湧きませんか?知識を持った上でそう思うのなら大丈夫なのですが、そうでない場合、わずかに動かせる唇の筋肉で唇自体を動かしたり、結果的に顔全体を動かしてしまったり、首の前後左右、上下運動など顔を動かすことによって文字通り唇を連動させ吹こうとする場合が多くみられます。
試しにリップスラーをする際に唇を動かそうとして吹いてみてください。また顔を上下左右、前後に色々動かして吹いてみてください。限界がきませんか?というか唇ごと動いてしまってマウスピースにひっかかり振動が止まりませんか?
そこで冷静になって考えてみます。金管楽器の音は唇の振動によって作られます。
その唇の振動数や振動の仕方を変えているのは息で作られた風です。
つまり風が音を変えていると言ってもいいかもしれません。
風が強い日に鯉のぼりはバタバタと羽ばたきます=これが高音域
風が弱い日は緩やかに揺らぎます=これが低音域
理科の授業で音波とかみた時に高い音ほど線同士の幅が狭く細かく、低い音の時は逆でした。
さて、これらを踏まえこの風をどうにかしたらリップスラーはうまくいきそうです。
例えばこの風の速さや量を変えるにはどうしたらいいでしょうか?
自分の息を速くしたり、遅くしたり、量を多くしたり減らしたり
これらを突発的に行ったり、徐々に行う時に身体がどういう風に動いているか認識してみます。
まず息を速く出してみようとすると
・勝手に口の中が狭くなります。
・息を止めた時に硬くなるお腹の付近を硬くしながら吹くともっと早い息がでます。その周りの呼吸筋も連動します。
・⚠︎母音がウの時のハ行、つまりフの形でフ+ユでフュゥのような口の形=舌が上がっている状態でやるともっと速くなる(それぞれ身体の大きさが違うのと同じでこれは完全に人によります。)
こうすると息が速くなります。もし身体が痛くなったらやり過ぎか違う部分に力が入っているだけです。(僕は肩に力が入りやすいです)
逆に遅くしたければ呼吸筋や息を止めた時に硬くなるやつ(腹直筋かな)以外、上の逆をやればいいです。
・口内を広くし
・舌を下げる
呼吸筋や息を止めた時に硬くなる筋肉(腹直筋?)や他周辺の呼吸筋をゆるめると第一に
・一定の量の息を保ちながら吐けない=風の速度を保てない
ということになり、静かにため息をついているような感じになって超低音域のペダル音でさえなりません。
これがわかるとリップスラーが少し見えてきます。
1, リップスラーで音が変わる原理は唇の振動数が変わるから
2, 唇の振動数を変えるには唇を振動させる風の速さを変える
3, 風の速さを変えるには口内の面積や舌、息を吐き出す時に動く横隔膜を動かす筋肉の動きが必要
またピアノでCの音を鳴らしその音をさらに頭の中でイメージしながら別の音を口笛で鳴らそうとするとかなり難しい、というかほぼ不可能なのと一緒で原理は上のものですが、リップスラーで変えたい音のイメージ(ソルフェージュ)は一番大切です。これはジャンプする時にどこにジャンプしたいのか見たりイメージをしないとそこへは飛べないのと同じです。脳が曖昧だと身体はうまく動けません。
素晴らしい食材と料理器具を渡されても完成予想図が無いとそこへたどり着けません。そこにさらにレシピと料理器具の使い方まで知ってたらなんとか似たようなものにはなりそうですよね?これはリップスラーも同じです。
・演奏したい理想のスラーでの演奏をイメージ
・やってみる。
・できればOK、そうでなければ方法や原理を学ぶ
・繰り返しやってみる
・方法とイメージが結びつき成功する
・成功体験を増やす
・いつでもできるようになる
こんな感じです。
ちなみにリップスラーを含めた跳躍系のスラーでの練習を総称してFlexibilityなんて読んだりします。フレキシビリティ=柔軟性のトレーニングのことです。
原理の次はなぜ、他の双方に比べて難しく感じる人が多いのかの話です。
3、階段と跳び箱
さて上にも書きましたがリップスラーや跳躍の練習をする際にうまくいかない原因の1つに飛んだ先の目標地点を見誤っている場合があると書きました。
↓著者
これはどういうことかというと、リップスラーだ!跳躍だ!と思うと多くの場合、実はそんなに遠くない三度(ドからミ)の跳躍をものすごい遠くに感じてしまい1オクターブや2オクターブ上に行くぐらいのイメージを持ってしまいます。それにより
・身体を硬直させてしまう(多くの場合跳躍を外した経験からの軽いトラウマからくる)
・顔や首を音が上行するなら上へ、下なら下へ動かして演奏しようとする=唇がMPと顔(歯の外側)の間で挟まり振動しなくなる。
・チューバを押し出したり引き過ぎたりし過ぎて唇を圧迫しわざわざ振動させにくくしてしまう
・ただ単に呼吸筋の伸び縮みのみの動きだけを繰り返し風の速さは多少変わるけど音が変わらない
・自分が高いor低いと感じる音域になると途端に身体がこわばったり極端に口や顔、首、身体全体を動かして演奏しようとする
こんなことが起きます。
これは跳び箱と似ていて、どこかに飛び箱があるのは分かっているのですが助走をかけ飛び出して行っても飛び箱自体が透明で見えなかったり跳び箱の先が奈落だったら怖くなったりします。そんな中万一飛べたとしてもその後の着地は転びそうです。
ではどうしたら良いかと言うと「跳び箱の位置の把握」「着地点の位置の把握」、つまり
・リップスラーで演奏する音たちの認識
・その音の間の広さや狭さの認識
によって解決できます。
まず半音階を使ってある倍音の間=リップスラーで演奏できる音の間にいくつ音が入っているか、どのくらいの広さなのか調べます。
例えばこのような倍音表(著作権FREE)
第二倍音(以後Ⅱ)から第三倍音(以後Ⅲ)へリップスラーで上がったり下がったりするとします。
そして何かスムーズに行かない、そう言った場合の方法です。
まずⅡからⅢまで半音階で上がります。ゆっくりで構いませんので何度も上り下りを繰り返します。
上で書いたように音が高くなるにつれ唇の振動数を上げる必要があるので息の速さをクレッシェンドをするように速くしていきます。
大切なのはなんのために行っているかです。
いくつか注意点を書きますのでそれを意識しながら繰り返します。
・例えば三回繰り返すのであればその三回の間、息は吸わない(アンブシュアを変える機会を与えない)
・頭の中で演奏している音をイメージ=歌いながら演奏する
・とにかくスムーズに息も音も指も演奏する
・途中の9小節目、11小節目などの音同士の距離が離れ始めても上記の事を注意する
・音の間が突っかかる場合は
←歌ってみる
←マウスピースで演奏してみる(音が鳴らない人もいるのでやらなくてもOK)
←リズムを変えてみる(スキップリズムにしたり=付点八分+十六分音符)
←極端にクレッシェンドを行なってみる
←上記の身体の余計な動きはないか確かめる(鏡でではなく録画が理想的=演奏と確認作業を分けるため=口や脳の休憩もできる)
何度か行なっているとリップスラーで跳躍する倍音の距離が測れるようになりよりスムーズに演奏ができるようになってきます。
また理想の音がなった時に自分の身体がどのような働きをしているかを何度も確認し繰り返しましょう。それが自分自身とその時使っているチューバ+マウスピースにとって良い奏法です。
まとめ
方法や理論をたくさん書きましたがこれはあくまで
今の僕にとって理解しやすい方法をより噛み砕いて書いたものです
この通りやってうまくいったら僕とウマが合うでしょう。そうでなければ他の素晴らしい奏者たちの方法も研究するべきです。
また〇〇をしたから100%△△がうまく!といかないのが楽器です。
人生と同じですね、なぜかというと自分という肉体も日々変化していますし精神状態もそうです。
なので理論や方法は知識として蓄えておいてその日その瞬間の自分の理想の音に達するためにその蓄えた色々な知識の引き出しを使い対自分専用奏法を生み出すべきです。
何はともあれみなさんの演奏生活に少しでも役に立ちますように
ご読了ありがとうございました。