「負の感情をポジティブに再定義する」説明書
もくじ
1.再定義をする意味【導入】
2.なぜ負の感情をターゲットにしたか?【目的】
3.再定義を再定義してほしい【発展】
1.再定義をする意味【導入】
再定義とは読んで字のごとく、すでに定義されているものを新しくもう一度定義し直すことである。
ほとんどの事象にはすでに「良い」「悪い」をはじめとするイメージ・先入観が付いていて、普通に暮らしているといつの間にか僕たちの中に根付いている。「勉強は良いことだ」とか、「遊びまわるのは悪いことだ」とか、「毎日12時間働くのは不幸なことだ」とか……。感じ方は人それぞれだが、なんとなくのイメージはこんな感じだろう。
でも、本当にそうだろうか?
勉強をすることそのものが必ず「良いこと」なのだろうか?
遊びまわることは常に「悪いこと」なのだろうか?
12時間労働している人は皆「不幸」なのだろうか?
そんなはずはない。
例えば労働そのものを楽しくてやっている人ならば、何時間働いていようがその人は自分を不幸だなんて思っているはずがないし、実際幸せだろう。
「世間一般」という正体不明の巨大勢力が作り上げた固定観念の枠にきっちりはまろうとすると、かえって窮屈でしんどくなる。
物事に対する評価基準は、何も考えずにいても世間に用意してもらえる。大体の「良い・悪い」や「幸せ・不幸せ」は、世間的になんとなく決まっている。つまるところ何を大事にするかという判断の基準を他人に委ねるということだが、これは思考しなくていいぶんラクにみえる一方で、結局あとで割を食うことがほとんどだと思う。
先入観やイメージ、既存の価値観を疑うこと、そして自分自身で評価を決めることは、自分の人生を幸せに生きていく上で絶対に必要なことだと思う。
再定義とは、そういう行為だ。
すでに一般的に「悪い」ものだと思われている感情に対して、ポジティブな意味付けを試みる。それによって、自分にとって「良い」ものだと思える出来事の幅を拡げられる。そういうことを共有できればと思う。
2.なぜ負の感情をターゲットにしたか?【目的】
再定義は、実は昨今様々な分野でなされている。
「○○の在り方が変わる」とか、本のタイトルで「○○2.0」とかよく耳にするが、これは要するに「○○に対する価値観をアップデートする」ということだ。アップデートするということは、言い方を変えれば再定義するということ。
時代の移り変わりに伴って、様々なものが新しい意味を持ち始めていて、それに気付いた人たちが、例えば「お金」という概念を再定義したり、「働き方」という概念を再定義したりしている。
僕は「負の感情」に対する価値観のアップデートを提案したい。
それを選んだのにはいくつか理由がある。
まず第一に、負の感情は万人が持ち得るものだということ。
負の感情を持ったことがないという人はいない。誰もが胸のうちに抱えている。そしてそれを何とかしたいと願っている。自分自身の感情の取り扱いにまったく興味がない、という人はいないだろう。
そして第二に、感情は人生の根幹に関わるものだということ。
どういった感情でいるかによって、その時間の幸福度は決まる。金があるからといって幸福であるとは限らないが、楽しいと感じている時間は間違いなく幸福だ。より多くの種類の感情をプラスに捉えることができれば、それだけ幸福度は高まりやすい。自分の捉え方1つでマイナスをプラスに変えられるのであれば、やらないのはもったいない。
最後に、その人の自他肯定感に直結すること。
自他への肯定感は、より住みよい社会を実現するにあたって必要なことだと考えている。そしてその自他肯定感を育むためには、負の感情と向き合うことは効果的だ。それまで単なるマイナスだった感情がプラスに転換されれば、その差分は心の余裕になる。余裕とは、自他肯定を強めるのに必要な1つの条件だ。
なお、負の感情をポジティブに再定義するにあたって、現実逃避は絶対にしない。ただ無根拠に前向きなことを言っていても意味がない。そんなものはただの綺麗事だし、現実に根差していない。その場限りの応急処置が必要なことも多々あって、多くの人はそういう風にして傷ついた心を癒している。でも、ダメージを負ってそれを癒して、またダメージを負って……という繰り返しは、心に傷跡を残し続けることでもある。
僕が伝えたいのは、負の感情を自分の解釈でプラスにして現実世界に活かす方法だ。盲目的なただの精神論にならないよう、しっかりと現実を直視した上で負の感情の本質を考えていきたいと思う。
だから基本的には論理的な考察に基づいて話をしていく。そして、実際にどう行動するのが良いのかという僕なりの指針までお伝えできればと思う。
楽観的に、かつ現実主義で、負の感情を捉え直す。
僕が「楽観的リアリスト」と名前に添えているのも、このためだ。
3.再定義を再定義してほしい【発展】
「負の感情を再定義する」と銘打ってはいるが、新しい定義をそのまま受け入れてほしいというわけでも実はない。
僕がしているのは、単なる1つの解釈の仕方の提示だ。
「一見嫌なものに見えても、こういう捉え方をしたら価値あるものにできたよ」という、自分なりの実践例を挙げているに過ぎない。
読んでくれる方々には、ひとりひとりそれぞれ違った解釈の仕方があると思う。だから、ここで書いていることをそのまま鵜呑みにしないでほしい。ここで僕が提示した新しい定義を、自分自身の再定義で上書きしてみてほしい。ここに書いてあることは、自分なりに意味付けするきっかけや参考程度に使っていただけると本望だ。1.でも書いたように、自分自身で考えて意味づけるということにこそ意味があるのだから。
でも、そのプロセスを踏んだうえで僕の解釈の仕方、定義づけと同意見だ!と思ってくれる方がいたら、それは本当に嬉しいし有難いことだなあと思う。ぜひ実践してみてほしい。
逆に「俺はこういう解釈にたどり着いたぜ!」という方がいれば、めちゃめちゃ聴いてみたいなと思うので、それもぜひ教えてほしい。
というわけで、「負の感情をポジティブに再定義する」というテーマでnoteを書いていきたいと思う。
第1弾で取り扱ったのは、”劣等感”。
実際にどのように再定義をしたのか、ぜひ見ていってほしい。
※ 何か「題材にしてほしい!」という感情があれば、ぜひこのnoteのコメント欄に書いて教えてください! なかなか消化できなくて困っている感情、特に深い意味はないけど意見を聴いてみたいという感情、なんでもOKです。自分なりの解釈の仕方で再定義をしてみたいと思います。