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日本人作家のおすすめ短編小説 10選

短編小説と長編小説、どちらが優れているかなどという議論はナンセンスです。
そこには切り口の違いがあり、どちらにもそれぞれの良さがあります。こんなこと読書好きの皆様に改めて言うほどのことではないのですが。

最近の私は、よく短編小説を読んでいます。
というのも、自分でも小説を書いてみるようになり、いきなり長編にチャレンジする度胸も技量もないので、まずは短編の小説を何作か執筆しました。
読むだけの頃はあまり意識しなかったのですが、実際に自分で書いてみるとまぁ難しい。プロの作家の方々はどうやって書いているのだろうと「研究、分析」の視点でも読むようになりました。

言わずもがな、プロの作家というのは素晴らしいです。
勉強というのは不思議なもので、学べば学ぶほど自分の足りないところが露呈する感覚があり、でもそれが面白くてやめられない。

そんな短編小説を今回は10冊ほど紹介したいと思います。



『箱庭図書館』 乙一




こちらの短編集は読者の方にボツ原稿をおくってもらって、それを乙一さんが手直しリメイクをするというコンセプトです。

僕は小説のアイデアがなかなかおもいつかない人間なのです。だからアイデアを読者に募ってみましょう、そうしたら仕事します、小説書けます、という話を編集者にしたところ、このような企画がスタートしたというわけです。

あとがきより


なんとも大胆な企画。
元のボツ作品を読んでいないので比較はしていないのですが、全6編さすがの水準、色んな味付けで楽しめる一冊でした。

個人的には『ホワイト・ステップ』が見事の一言。
コメディタッチの『コンビニ日和!』
青くてイタイ『青春絶縁体』
ファンタジーからホラー要素までたくさんの世界観をみせながらも、それぞれが少しだけ繋がっていて連作短編集としての楽しみ方もできる作品。

今回、短編小説を選ぶうえで気がついたのですが、私は連作短編というジャンルが好きなようです。
各々で独立している物語なのに、繋がりがあったり時間軸を変えてキャラクターが少しだけ登場したり。
そんな瞬間に興奮を覚えるのです。


『光媒の花』 道尾秀介



2010年刊行、こちらの作品も連作短編小説です。
2008年、120万部売り上げている『向日葵の咲かない夏』で私は作者を知り、その後も(全部ではないですが)追いかけている作家の一人です。

ミステリー作家のイメージが強い作者ですが、こちらはどちらかというと純文学に近い印象でした。
ストーリーもさることながら、とにかく文章が美しい。
美しく感じる文章って、技術もありますがわりと相性だと思うんですよね。
歌手でいうと、歌唱力ではなく声質が好き、みたいな。
もちろんプロの皆様はどちらも標準を超えているわけで、その上で感じる好き嫌いかなと。
とにかく、本作は美しい文章で溢れていました。
いつかこんな文章を書いてみたい!!


『一人称単数』 村上春樹



今更御大について私から語る余白などないように思いますが、短編集ならこちらの作品を選びました。
理由としては、表題作の「一人称単数」があまりにも好きだからですね。どこがどう好きかと言語化することが出来ないくらい余韻が残った作品です。

有名作家をおすすめするのはどうかとも思いましたが、同じ時代に生まれた以上無視できない(もしくは、無視してはいけない)存在だと個人的には思っています。
自分の文体を確立するって思っているより難しいことで、それを確立した稀有な存在だというのは間違いありません。


『さいはての彼女』 原田マハ



昔は兄である原田宗典氏の小説やエッセイをよく読んでいましたが、今では妹のマハさんの方が有名になりました。
兄の短編なら「優しくって少しばか」を推しますが、今回はこちらの作品を紹介します。

4編の話を収めている短編集ですが、表題作からいきなり良いです。
ネタバレをしないようにしますが、書き出し部分を引用します。

 羽田空港の出発ロビーは、夏の帰省客で通勤ラッシュの新宿駅並みの混雑ぶりだった。
ルイ・ヴィトンのキャリーケースを手荷物検査機の上に載せようとしたが、ぱんぱんに膨れ上がって持ち上がらない。
 私は大声を出した。「ちょっと。ぼうっとしてないで手伝ってくださいよ。飛行機出ちゃうでしょっ」
 カウンターの内側に立っていた手荷物検査官が、あわてて荷物を引っ張り上げる。最初っから手伝えっつ ーの、と聞こえるようにつぶやいて、小走りに沖縄行きのゲートに向かう。

『さいはての彼女』


いかがでしょう。
冒頭のこの部分だけで登場人物の性格、人柄が伺えます。
下手に言葉で説明するのではなく、一つのやりとりだけで人物の情報を引き出す。
お手本にしたい描写だなと思いました。


『なめらかな世界と、その敵』 伴名練




正直、日本のSF作家は有名どころを除きあまり通って来ませんでしたが、できれば最近のものを読んでみようと手に取った本です。

全6篇収録。色々な世界を見せてくれます。
特に最後の「ひかりより速く、ゆるやかに」が好きです。
軽いあらすじくらいならと思いましたが、設定自体が面白いので控えます。是非、前情報なしに読んでもらいたい作品です。
発想力や想像力を養うには、たくさんの物語に触れたり、if(もし)を考えることなんだと思いました。


『思い出トランプ』 向田邦子




テレビドラマの脚本家としては言うまでもなく、エッセイの名手としても有名です。恥ずかしながら私はまだ向田さんのエッセイを読んだことがないのですが、この短篇集から手に取ってみました。

直木賞を受賞した「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」の短編を含む本作。
シナリオライターなので会話文が上手なのかと読んでみたら、いやいや地の文はそれ以上に上手い。
そして何より、40年以上も前の作品なのに全く古臭く感じない。普遍性のようなものを帯びた作品です。

作品の評価軸というのはいくつかあると思いますが、ひとつに「時代を越える」というのがあります。この作品はまさにそれを感じた小説です。


『名探偵のままでいて』 小西マサテル



ミステリー小説はさすがに短編より長編の方が有利な気がしますが、いやいや、本作は短編でもしっかり成立しています。
幻視や記憶障害といった症状が現れるレビー小体型認知症を患い、介護を受けながら暮らしている祖父に、孫娘の楓が身の回りで生じた謎について話して聞かせるという、いわゆる安楽椅子探偵ミステリー。

作中でも古典ミステリーの名作がたびたび登場しており、作者のミステリー愛が伺えます。
ハリィ・ケメルマン 『9マイルには遠すぎる』
ロバート・F・ヤング 『たんぽぽ娘』
ディクスン・カー 『四つの凶器』
ヒラリー・ウォー 『事件当日は雨』
ウィリアム・アイリッシュ 『幻の女』

このような作品からのオマージュとも受け取れる構成に思わずニヤッとしてしまう。肝心の内容の方も申し分がない。
単なる謎解きだけではなく、しっかりと人間が描かれている。

作中での祖父は言う、
「世の中で起こるすべての出来事は物語なんだ」と。


『ふがいない僕は空を見た』 窪美澄



全5編による連作小説。
『女による女のためのR-18文学賞』受賞作ということで、私が本書を読んだきっかけは、その性的描写が目当てだったことを覚えている。
たしかに性的な描写も顕著であったが、それ以上に心に残るものがあるなというのが当時の感想だった。

今回レビューを書くのに再読してみたが、再読なのに途中で「これを読み終えるのがもったいない」という感情に襲われた。
読ませる文体であった。
解説の重松清さんの言葉を借りれば「読み手をつかまえて物語の中に引き込む握力が強い」

小説というのは答えを与えるものではなくて、ヒントだったり問いを投げかけるものなんだなと、改めて思った。


『月まで三キロ』 伊予原 新



理系作家による短編小説集。
科学の知識やエッセンスが散りばめられているが、文系を自認している私でも振り落とされない程度のものだったし、なにより文学作品として純粋に楽しめた。

表題作『月まで三キロ』では、自殺願望がある男とタクシードライバーの回想と会話で物語を紡ぐ。月まで三キロの場所で二人の人生が交錯するストーリー。
程よい余韻と、作中の二人が見ている月に思いを馳せた。

その他の作品もよくまとまっていた。物語を堪能しながら理系の知識も吸収できる。奥深い読書体験を楽しめた短編集であった。


『酒に溺れた人魚姫、海の仲間を食い散らかす』 酒村ゆっけ




ファンタジーと呼んでいいのかも迷う、不思議な物語。
時にそれは口紅であったり飼い猫だったり花であったり。
それらの視点から人間が描かれる。彼らが関わる人間たちは、どこか影があったり癖がある。基本的に救いはなく、観察の物語とも言える。

内容はさておき、正直に言うとあまり好きな文体ではなかった。平坦というか、リズムを感じられなかったからだ。
だが、発想力は自分にはないものを感じた。
全部が全部、自分の感性とドンピシャな作家は少ない。この部分に惹かれたという読書の仕方があってもいいなと思った。




おわりに

今回、日本人作家という括りで紹介しましたが、明治〜昭和初期のいわゆる純文学作品は省きました。
一つに私自身があまり詳しくないというのもありますが、短編小説ということで気軽に読めて尚且つ色々なジャンルになるよう選んでみました。

この中から気になったものを読んでみるきっかけになれば嬉しいです。
冒頭にも書きましたが、短編には短編ならではの良さがあると思います。
短く切り取られた世界のその後を想像してみたり。登場人物の感情や選択に共鳴したり、自分と重ねたり。
小説には答えなどなく、多様な解釈の余地を楽しむものだと最近はよく思います。

これからもたくさんの物語を読んでいきたいです。
そして素敵な作品に出会えたら、また紹介したいと思います。


ではでは。

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