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いつかのメリークリスマス #シロクマ文芸部
6400字程度の短編小説です。
お時間のある時にでもゆっくり読んでいただけたら幸いです。
よろしくお願い致します。
マフラーにニット帽、それに手袋までして防寒対策に抜かりはない。寒いのは苦手だ。痩せ型の自分は贅肉が少ないので、それも関係してるのかもしれない。
玄関前の鏡で身なりを確認する。モスグリーンのモッズコートとワインレッドのマフラーがクリスマスカラーになっており、今日という日にはふさわしいだろうと納得し、編み上げのブーツを履いて家を出た。
待ち合わせの10分前に駅に着いた。改札で彼女を待つ。待つ間、人々をぼっーと眺める。クリスマスということもあってかカップルに目が行くが、老若男女さまざまな人の流れがあった。普段と変わらない駅構内、だと思う。普段の駅の人の流れというのを僕はあまり知らない。
少しして彼女がやってきた。僕を見つけて手を振っている。昨日よりも表情は柔らかく、笑顔も見せている。
「お待たせ、遅刻じゃないよね? 映画が始まっちゃうよ、行こう」
そう言って彼女は僕の二の腕に手を絡ませた。
「昨日はごめんね、会えなくて。仕事を早く切り上げるつもりだったんだけど、トラブルがあって残業になっちゃった。怒ってる?」上目遣いで彼女は僕に訊ねる。
「ううん、怒ってないよ。それより映画楽しみだね」
そう答えて、映画館に着いた。
映画はクリスマスが舞台のアクション映画だった。非番の刑事がクリスマスの日に事件に巻き込まれ、一人で事件を解決するというものだ。シリーズものらしく、今回は『ザ・ファイナル』と副題があった。主人公の「なんてこった、また今年もか」という台詞で観客から笑いが起きた。僕は前作を観たことがなかったのだが、それでも充分楽しめた。
映画が終わりショッピングモールを二人で冷やかした後、予約してあるイタリアンレストランに向かった。
自分の名前を告げて案内された席に着く。
今日はここで彼女と喧嘩になる予定なのかと僕は思った。
2024年の大晦日、こたつに入り日本酒を飲みながら僕は紅白歌合戦を観ていた。ほとんど知らない歌手ばかりだったが、他のテレビや動画を観るより大晦日らしいと思い、観るともなしに日本酒を煽った。
『ゆく年くる年』が始まり、今年も終わるのかという心持ちになった頃にはだいぶ酔っ払っていた。
しばらくして彼女からLINEがあった。「今年もよろしくね。初詣は一月二日に行こう、元旦はゆっくりしてね」とメッセージがあった。返信をしようと文字を打ち込んでいると「お酒、飲み過ぎないでね」とメッセージが続いた。僕は正直、お酒に関して今日に限ってはもう遅いと思いながらもメッセージを返した。
酒もだいぶ回り、うつらうつらとしてきた。テレビはつけっぱなしだったが、僕はそのままこたつで眠ってしまった。
目を覚ますと自分のベッドだった。無意識のうちに自分で移動したんだろうと理解した。二日酔いで頭が痛かったが年明けだし、しっかり起きようと枕元のスマホで時間を確認した。11:27と表示されており、もう昼かと思ったが日付が12月31日になっている。一瞬、頭が混乱した。スマホの故障かと思い色々といじってみる。ない。昨晩のLINEのメッセージがない。「一月二日に初詣行こうね、飲み過ぎないでね」のメッセージがない。最後のメッセージは12月30日の「おやすみ」になっている。
僕は起き上がりテレビをつけた。お昼のニュースがやっており、日付は12月31日と出ている。僕はますます混乱した。夢、だったのか……? いや、夢にしては鮮明すぎる。酔ってはいたが実感がある。こたつの上を確認する。ある! 飲みかけの日本酒がある! 確かに昨日、僕はここで日本酒を飲んでいたではないか。
自分の鼓動が早くなっているのがわかる。そしてすごく混乱している。彼女に電話しよう。昨日の、いや今日になるのか? とにかく自分の記憶が正しいのかを確認したい。でも、何て説明する? いや、ありのままを説明するしかない。やっぱり夢だったのか? 頭が痛い。二日酔いだけではない感じの頭痛がする。少し横になろう。落ち着こう。そう思ってベッドに横たわる。目を瞑る。いつの間にか眠っていた。
目が覚めて、僕はすぐにスマホを確認した。
6:50、日付は12月30日になっていた。
窓の外は晴れているが、冬の朝の寒気は部屋の中まで侵入していた。スマホの中身を確認する。やはり30日以降の記録がない。ここで言う以降とは僕にとっての過去なのだが。メッセージだけじゃなく、写真も無くなっている。記憶を整理してみる。
12月30日、僕は彼女に会っている。
12月25日のクリスマス、僕らはレストランで喧嘩をした。ワインを飲み過ぎて酔っ払った僕もだいぶ悪かったが、内容はとるに足らない痴話喧嘩のようなものだった。怒った彼女はレストランを一人出て行き、その日は連絡がつかなかった。
翌12月26日、彼女から別れ話があった。僕は謝って別れたくはないと懇願したが、彼女は「しばらく距離を置こう」と別れる姿勢を崩さなかった。
その日の夜も、次の日の朝も僕は謝罪と別れたくはないという旨のメッセージを送ったが、既読すらつかなかった。僕はさすがにしつこいな思い、今は距離を置いた方が良いという彼女の意見を尊重してメッセージを送るのを止めた。そしてその後も反省を続けた。
12月29日、彼女から「反省してる?」とメッセージがあった。僕は「あれからずっと反省してるし、飯も喉を通らない」と、大袈裟でなく本当のことを返信した。すると彼女から「明日会って少し話をしよう」と返ってきた。
12月30日、僕は彼女のアパートに向かい話し合いの結果仲直りをした。
「お詫びに美味しいものでもご馳走してよね」という彼女の言葉に従い、六本木にある有名なステーキ店にその場で電話をして空席を確認すると「今から向かいます」と二人で向かった。
びっくりするぐらい値段が高かったそのお店は、それに見合うほどの料理が出てきて彼女はとても満足していた。お店を出てから東京タワーをバックに二人で写真を撮った。
その写真がない。メッセージも29日の「明日会って少し話をしよう」という彼女からのメッセージが最後になっている。
相変わらず頭は混乱しているが、自分の中で整理してみようと今回は少し冷静な部分もあった。風呂を沸かして熱い湯に浸かり、久しぶりにちゃんと食事もとった。
今、これも夢の中かもしれないという仮説はさておき、これまでの状況を自分なりに整理してみた。
・どうやら、自分は時間を逆行している。
・眠ると時間が逆行する。
・戻る時間がランダムなのか、眠った時間の分だけ戻るのかは分からない。
・逆行した分の自分から見ての過去(今から未来)の記録は残らない。
・ただし、自分の記憶には残っている。
・逆行する前の記憶や記録は残っている。
上記を確認した上で、新たな問いも残る。
・今日より以前の記憶は確かなのか。
・その出来事は今日という日も起こるのか。
・起こるべき出来事を自分が変えたらどうなるのか。
・自分は未来には戻れない(進めない)のか。
・また眠ると過去(昨日)になるのか。
この問いに対しては、この後いくつか確認することができる。
もし、スマホに残っている記録と自分の記憶が確かならば、今日彼女と会って仲直りをするはずだ。そのための連絡が彼女から来る。
そんな考えと仮説をまとめていたら、案の定スマホが鳴った。
「今日、16時に私の家に来れる?」
彼女からのメッセージだった。
やはり、記憶も記録も正しい。今日という日は僕にとって彼女と会って仲直りする一日なのだ。
10分前に彼女のアパートに到着した。
ここに来るまでにいくつかの迷いがあった。ひとつは彼女に今起こっていることを打ち明けようかというもの。もうひとつは、記憶のまま仲直りをして今日という日を終えれば未来に戻れるんじゃないかという願望。そんなことを考えている時、強烈な眠気に一度襲われた。ダメだ、今眠るわけにはいかないと眠気に押し勝ってここに着いた。
もし眠ってしまい、昨日(29日)にでもなったら仮説が検証できないではないかと。
16時ちょうどになったのでチャイムを鳴らすと、彼女が出てきて部屋へと招き入れた。
「どう?反省した?」
彼女の第一声だった。
「うん、反省した。今日も謝ろうと思って来た」僕は元気のない声で答えたし、実際に元気がなかった。
「そう、私も言い過ぎたかなと思ってたんだ」
彼女はため息をつくように、そして少し微笑みながらそう言った。
このままいけば予定通り仲直り出来るだろうと僕は思った。だが同時に、今起きていることを打ち明けたいという衝動にも駆られた。
「あのさ、この話とは少し関係ないんだけどさ……」
僕は今起きていることを話し始めた。
大晦日、こたつで紅白を観ていたこと。年が明けて君とメッセージのやりとりをした後眠ったら31日に戻っていたこと。その日は混乱したまま眠ったら今日(30日)という日にまた戻ったこと。だから、今日仲直りすることも知っていたし、この後ステーキ屋に行くことも知っていること。
ありのままに僕は喋っていた。
「大丈夫?」
彼女の顔を確認すると、怒っているとも悲しんでいるとも取れる表情をしていた。
「それで私は今の話をどこまで信じればいいわけ? もし、本気で今の話をしてるんだとしたら、一緒に病院に行こう? ねぇ、本気で言ってるの?」
「うん、本気で言ってるし、本当のことなんだ」
僕は覚悟を決めてそう宣言した。
「だとしたら、一緒に病院に行こう。ねぇ、今、保険証持ってる?」今度の彼女は完全に怒っている語気と表情だった。
「……ごめん、今の話は忘れて」僕はつぶやくように下を向きながらそう言った。
「あのね、この場は喧嘩した二人がその後話し合いをしようって場なの。それなのに、そんな作り話をして気を引こうとしたり、話しを逸らそうとするなら帰って」
怒っている自分を抑えるように、落ち着いた口調でゆっくりと彼女は言った。
「ごめん」僕はもう一度謝って「今日は帰るよ」と付け加えた。
「今日はじゃなくて、もう二度と連絡してこないで。私からもしないから」
玄関へと向かう僕の背中に、彼女は最後そんな言葉を浴びせた。
アパートを出た直後、やってしまったと僕は思った。わかっていたことじゃないか、理解される訳がないって。それでも打ち明けたい衝動が抑えられなかったのだ。
背中を丸めたまま自分の家に着くと、どっと疲れがやってきた。このまま眠ってしまおうと思った。目が覚めて昨日になっていても構わない。そうなれば今日のことは無かったことになるんだろう? そんな気持ちで目を閉じた。
案の定、目が覚めると12月29日だった。
時刻は朝の9時半、スマホを確認しても今より未来の記録はなかった。
また戻ってしまったと思うと同時に、僕が体験した昨日(12月30日)というのはどこへ行ったのだろうという疑問が湧いた。しばらく考えてみたけど答えは出ないので、昨日起きたことを記憶の中で反芻していた。
昨日彼女が言ったように病院に行ってみようかと思った。でも、病院といはいえ信じてくれる訳があるまい。いや、未来のことを話せば信じてもらえるかも知れない。例えば今日起きたニュースや株価などを記憶する。そして眠り昨日に行った僕がそれを話せばいい。次の日にそれが起きれば少しは信じてもらえるはずだ。そう思いテレビをつけてニュースのチャンネルに合わせているところで「次の日になれば」という単語が去来した。
僕が今日のニュースを覚えて昨日に行き、病院で今日のニュースを話す。次の日になれば本当にその通りになって、話しを信じてもらえる。でも、僕が眠ってしまったら次の日は来ないのではないか? 昨日に向かった僕は次の日に起こることを確認できないのでは? 次の日を確認するのは誰なんだ? また頭が混乱してきた。とりあえず食事を取ろうとキッチンに向かったところでスマホが鳴った。
「反省してる?」
そうだ、今日は12月29日。
26日の別れ話以降、彼女から最初のコンタクトだ。これに対して僕は「あれからずっと反省してるし、飯も喉を通らない」と返すのだ。それで次の日に会うことになり二人は仲直りをするのだった。
だが、それも無くなってしまった。僕が変な話をしてしまったばっかりにまた喧嘩別れになってしまった。いや、それもまだ起きていない。だって12月30日は未来の話だ。だとしたら、僕が今日何をしたって全ては無意味ではないのか? そんな考えがよぎるとまた頭がおかしくなりそうだった。
頭がぐしゃぐしゃのまま、そのメッセージに僕は「そっちこそ反省してる?」と返信した。すぐに既読がつき「なにそれ、もう知らない!」と返事があった。すぐさまやってしまったと思い「ごめん、嘘だよ、反省してます」とメッセージを送ったが、もう既読はつかなかった。
もう、どうでもいいよ! そんな気持ちでキッチンへ向かい適当に料理をして、大晦日に飲む予定の日本酒を冷蔵庫から取り出した。大晦日では飲みきれなかった四合瓶の日本酒を二本、一気に飲み切って更に家にあるお酒を片っ端から開けていった。そして、意識が朦朧として気絶するように眠った。
クリスマスの朝、出かける前に決めていたことがあった。この状況が変わらなくても、一日一日を精一杯に過ごそうということだ。何をやっても未来には戻れないかもしれない。それでも過去をやり直すことができる。それならば、やり直せる過去は全部変えてしまおうと思った。今日で言えば、レストランで喧嘩をしない。それを変えることに意味があろうとなかろうと、そうやって生きていこうと決めた。
玄関前の鏡で身なりを確認する。モスグリーンのモッズコートとワインレッドのマフラーがクリスマスカラーになっており、今日という日にはふさわしいだろうと納得し、編み上げのブーツを履いて家を出た。
イタリアンのコースはアンティパストから始まった。定番のカプレーゼはチーズの白、トマトの赤、バジルの緑がイタリアの国旗の色になっているが、今夜はクリスマスカラーを彷彿させてそれも嬉しい。
僕は彼女とシャンパンで乾杯をした。
ポルチーニ茸のクリームパスタが運ばれる頃にはシャンパンが空になり、おかわりをどうするか彼女が訊ねてきたが僕はソフトドリンクでいいと断った。本来ならここから僕が赤ワインをボトルで頼み、酔っ払って痴話喧嘩に発展する流れだった。
彼女は「飲まないの?」と、不思議そうにしていた。僕は「うん、純粋に料理を楽しみたいから」と嘘をついた。
メイン料理が終わり、デザートが運ばれて来る前にプレゼント交換をした。何をあげて、何をもらったかは内緒にしておく。締めのドルチェは彼女がティラミスを、僕はジェラートを選んだ。一口食べて交換した。どちらも美味しくて幸せだった。
お店を出た後、彼女が「今日全然飲んでないから、うち来て飲み直さない?」と言った。これは過去にはなかったイベントだ。
「いいね!」二つ返事で僕は答えた。
「あ、今甘いもの食べたばっかりだけど、家にクリスマスケーキもあるよ」と、彼女が笑いながら言って舌を出した。
今度は僕が彼女の二の腕に手を絡ませて、彼女の家へと向かった。
散々飲んで笑って25日の夜を過ごし、彼女のベッドで一緒に寝た。背中を向けて眠ってしまった彼女を背後から抱きしめながら、僕が眠ったらまた前日になっている気がした。でも、それでも構わないと思った。彼女は次の日へと向かっていて、彼女を待っている26日に別れ話は存在しないと確信していたから。そう思ったら僕もなんだか安心して、穏やかな気持ちで目を閉じた。
(了)
今回はこちらの企画に参加させていただきました。
久しぶりに小説を書きました。
とても楽しかったですが、とても疲れました。
でも、心地よい疲れでした。
ここまで読んでいたただきありがとうございます。
よろしくお願いします。
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