遥かなるオルゴール #青ブラ文学部
「なんでも、小さなオルゴールを貰ったらしいのよ」
晩酌中の妻が言った。
先日13歳になった中学生の娘の話だ。
「それがどうもボーイフレンドからっぽいの。かわいいでしょ?」
赤ワインを飲みながら嬉々として喋っている。
ボーイフレンド?
父親の私としてはその言葉にひっかかったが、実はオルゴールという単語にも興味が湧いていた。
「へぇ、オルゴールねぇ」
動揺と興味を悟られないよう、私も缶チューハイに口をつけた。
「ベッドの横に置いてあって私にも触らせてくれないのよ」
なぜだか妻は上機嫌だ。
実は私も中学生の頃、好きな子にオルゴールをプレゼントしたことがある。
そのことを妻に話そうかと思ったが止めた。今更やきもちを妬く間柄でもないが、上機嫌の今の妻にそのことを弄られるのが嫌だった。
サザンオールスターズの『真夏の果実』が流れるオルゴールだった。
1990年発表のこの曲が私は好きで、好きな子にもこの曲を知ってもらいたい。できれば同じ気持ちになってもらいたいと、オルゴールをプレゼントした記憶がある。自分の好きなものをプレゼントする気持ちは分かるが、同じ気持ちになってもらいたいなんて押しつけがましいなと今では思う。それだけ私も若かったのだなと甘酸っぱい気持ちになった。
1990年、その年の「日本レコード大賞」を私は楽しみに待っていた。今よりずっとレコード大賞に権威のあった時代だ。
私はもちろん『真夏の果実』の受賞を期待したが、『おどるポンポコリン』がその年は受賞した。私はひどく残念がったのを覚えている。『おどるポンポコリン』は確かに国民的な大ヒットを飛ばしたが、歴史に残す名曲なら(何度も言うが、レコード大賞は権威があったのだ)『真夏の果実』だろうと子供ながらに思っていた。
「わたしも中学生の時、彼氏からプレゼント貰ったなー。なに貰ったか忘れちゃったけど」
酔いがまわったのか妻がそんなことを言い出した。
「わたしはね、手編みのマフラーをあげたんだよね。編み方が分からなくて母に手伝ってもらったの。なんか懐かしいねー」
「なに貰ったか忘れちゃうもんかね?」
私は当時の彼氏を少し気の毒に思って、そのことを妻に訊いた。
「うん、なんだっけなー。あなたは中学の時彼女いたんだっけ?」
悪びれることなく妻は私に訊き返す。
「中学の時は彼女いなかったよ」
私は事実を返答するとともに、オルゴールの話はしなくてよかったと改めて思った。
私があげた『真夏の果実』のオルゴールを、あの子は娘ぐらい大事にしてくれたのだろうか。今となっては確かめようもないが。
娘にオルゴールをあげたボーイフレンドのことを想う。
なんの曲が流れるオルゴールだろう。すごく気になる。娘に直接聞くわけにはいかないか。
まぁ、悪い奴ではなさそうだ。
もちろん、曲によってはだが。
(了)
今回はこちらの企画に参加させていただきました。
山根さん、今回も宜しくお願い致します。