労働の歴史(2023年11月22日)
※2023年11月22日に開催したイベントのレポートです。
今の日本経済について、どのように感じるでしょうか?
あがる物価に、あがらぬ賃金。なんとなくの不安感や閉塞感など、ほの暗いイメージを抱く方は多いかも。
しかしそんな日本にも、かつて「ナンバーワン」と呼ばれた時代があったのです。
高度経済成長期のただ中であった60年代後半、日本はGDPにおいて、仏・英・西独を3年間でごぼう抜き。一気に世界第2位へ躍り出ました。
なぜ、その栄光は失われたのか。いったい日本経済の何が変わってしまったのか?
正解は、「何も変わっていない」。むしろ変わらなかったことが、問題だったのです。
話し手は村上賀厚さん。ロイターやフォードなど有名外資企業で人事責任者を経験し、ビジネススクールの講師、執筆、さらには政界への出馬と、さまざまな立場から日本の労働に向き合ってきたスペシャリストです。
「どうして毎日頑張って働いているのに、お金が増えないの?」
「GDP世界3位のはずなのに、なぜ最近の日本は『貧しい』と言われているの?」
今回は、こんな疑問をもつ方にとってまさに必見の内容。
村上さんと一緒に、戦中~現在にいたるまでの日本の経済、企業システムの歴史をたどりながら、いまわたしたちが労働者として直面する問題について考えてみます。
一時代を築いた、日本独自の企業システム
村上さんが教えてくれた、アメリカで出版された2つの書籍。
79年刊行の『Japan as No1 : Lessons for America』では、高度な数学力や読書量、優秀な官僚制度と財界を鍵として作られた日本の経済成長を評価。
そして90年の『Made in America』は、過去数年間の米社会の反省として、以下のような内容を実践すべきだと書いています。
・個人競争よりチームワーク重視
・基礎研究よりも製造技術に投資
・KAIZENがもたらす労使協調
「日本で考えたら、当たり前のこと。だけど、当時のアメリカでは実践されていなかったんです」
そう、高度経済成長を支えたのは、他国と異なるユニークな日本の企業システムでした。
そのキーワードは、株式持ち合いや護送船団方式によって生み出される”安定”。
また、日本の、特に大企業で見られる労使関係も、世界基準からみると異質なものです。
「日本的経営の三種の神器は、『終身雇用』『年功序列』『企業内労働組合』。労使協調は社員にとっては安心感につながり、経営にとっては長期に安定したノウハウ蓄積と技術向上を可能にしたんですね」
「企業と労働者は苦楽を共にする関係。企業の発展と労働者の幸福が同心円上にある、と言われていました」
足並みを揃えて安定を求める。いかにも”日本ぽさ”を感じます。
しかしこのシステム、実は日本の文化的土壌から自然とつくられたわけではありませんでした。
原型は、日中戦争下の国家総動員法にはじまる「官・労・資」三位一体の総力戦体制、それによる労働の流動性の制限。
労働者は国・企業のために働き、国・企業は労働者の生活を保証する、という関係が構築されたのです。
戦時下ならではの価値観と思えますが、それが戦後も、大企業を中心に長期雇用の慣行として残った訳とは?
「労使協調の安定的経営は、工業社会にフィットしていたんです。ところが今は情報化社会。なので、めでたし!めでたし!…とはならなかったのは、今の状況をみればわかりますね」
そう、高度経済成長期もバブルも今は昔の話。90年代生まれの筆者は、人生の中で日本経済の好調を体感したことがほとんどありません。
目覚ましい成長から一転、日本が「衰退途上国」と言われるまでになった要因は何だったのでしょうか?
「失われた30年」…世界の変化に残された日本
「失われた30年」といえば、バブル崩壊後の90年代初頭から現在までの日本経済の低迷ぶりを指す言葉。
その分岐点は、すでに1985年時点にあったと話す村上さん。
85年といえば、バブルのきっかけとなった”プラザ合意”ですが、この年、一冊の書籍が世に出されました。
堺屋太一の『知価革命』です。
その内容は、従来の工業化社会は終焉を迎え、今後は知恵が価値を生む知価社会がはじまる…というもの。
新しい時代の到来には、環境の変化に応じた対策のアップデートが必要ですが、日本の企業システム、そして経済政策はそれに適応していきませんでした。
過去踏襲型のKAIZENの繰り返し、安定を重視する日本的雇用システム。これらがもたらした成功体験こそが、逆に足かせとなったのです。
工業化社会で培った過去の蓄積から、Innovation=知価重視に移るべきだったのに。
成長産業への人材流動化を促進すべきだったのに。
グローバル対応をスピーディに進めるため、現地主義にすべきだったのに。
成長産業の育成に注力する経済政策をとるべきだったのに…
迎えるべき転換を、日本経済はスルーしてきてしまいました。
<h2>いま、日本経済が置かれている状況は</h2>
バブル崩壊以降の30年間、低迷し続けるGDP。2023年にはドイツに抜かれると予測が出ています。
「何がヤバいかというと、ドイツの人口は日本の3分の2しかないんですよ。その国に抜かれるってどういうことやねん、という話なんです」
生産性の低さは、ひとり当たり・時間当たりGDPの国際比較でも浮き彫りに。
バブルど真ん中の1989年、日本企業が上位を独占した時価総額ランキングでは、国内トップのトヨタですら39位に甘んじています。
そして、貿易立国だったはずなのに、貿易収支は赤字…
「大きなポイントは、デジタル赤字。AmazonやGoogleに頼るから赤字になるんです。円安で儲かるかと思ったら、その期待も外れた」
数え上げるとどんどんやるせない気持ちになる、日本経済の現在地。
この状況を打破するには企業力を取り戻す必要がある、と村上さん。
そのために国は、減税・税と社会保障の一体改革・規制改革・日銀の金融緩和といった経済政策をとってきました。
ではその結果、労働者の置かれる環境は潤ったでしょうか?
答えは、わたしたちが今抱えている実感そのものにあらわれているでしょう。
企業や富裕層の負担を減らす減税措置には、社会全体のお金のめぐりをよくする「トリクルダウン」の効果が期待されるものです。
が、実情は、企業は設備投資や人件費にお金を回さず、内部留保拡大。富裕層への優遇も社会全体への経済効果をもたらしているとはいえません。
それどころか、法人税・所得税減税の代わりに引き上げられた消費税や、手取り額の減少傾向は、いわゆる”ふつう”の経済状況にある人々の生活を蝕んでいます。
そしていまや、6.5人にひとりの子どもが貧困状態にあるという事実。
トリクルダウンはおこらず、富裕層と貧困層の格差は広がってしまいました。
どうしたらいいの?教えて、村上さん!
政治に期待できないなか、労働力を売って生きる我々はどうしたらよいのでしょうか?
「ふたつの抵抗手段があるんです。VoiceとExit。Voiceは声をあげて、抵抗すること。Exitは、出ていくことです」
Voiceの代表例は、ストライキ。海外では実際に労働者のストによる賃上げが成功しています。
しかし、日本での半日以上のストライキは、1975年の5,179件から22年には33件と激減しているように、労働運動は極めて低調です。
「Voiceは一人では困難。だけど頼みの組合は、与党寄りなんですね」
なるほど…個人として状況改善をするには、Exitの実践が必要というわけです。
村上さん直伝の初・中級編のExit Optionはまず、資本主義に乗った資産の運用。そして、自分のエンプロイヤビリティ=転職力をアップさせること。
ほかにも、
・当座(2年分)のお金をもつ
・生活レベルを転職価格にあわせ、残りは貯金
・経済的合理性を考え、家を買わない・住宅ローンの早期返済をしないなどの選択をする
・流動性資産をもち、自己投資にまわす
など。
賢く資産を使うことと、どこでも通用するような力を自分にもたせることが大切だとわかります。
そしてさらに中・上級編では、個人としてのVoice、声をあげることも併用しようと村上さん。
具体的には、遣り甲斐や責任感の搾取をされないために、
・会社の体制をそもそも論で考える
・社内規定はフル活用する
・待遇に声をあげる
などを実践。
ここでもExitの選択肢をとれるように、自分の市場価値は高めておくのが吉です。
最後に村上さんが教えてくれたのは、「苦しくてもやって欲しくないこと」。
「会社や同僚、上司、部下の悪口を言うこと。それより、エンプロイアビリティのネタを探しましょう」
「弱い人を叩くこと。これは資本の思う坪です」
「追い詰めるな、働きすぎるな。過労死の英語は、Karoushiです。英語には概念すらない。責任感と遣り甲斐を搾取されてはいけません」