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小説『琴線ノート』第7話「モンスター」

「七色スマイルの作曲者ですめちゃくちゃいい歌ですね」

まさか作曲者本人からコメントが来るなんて
思ってもいなかった
しかも私の歌をいいと言ってくれている

その後のコメント欄は作曲者本人登場で
軽いお祭り状態で相変わらず
私の事はほったらかしだったけど
初めて歌の投稿に意味を感じたような気がして
深夜なのに目が冴え渡った

すぐにコメントに返信しようと
何度も書いては消しを繰り返したけど
よく考えてみればこの曲の編曲者は私の父な訳で
父の仕事仲間に勝手にコメント返すのには
なんだか断りが必要な気がして結局打てない

でもどんな人なのか調べるくらいはいいかと
お名前を検索してみた

小川奏多 26歳 東京都出身 作曲家

思ったより若いしむしろ父より私の方が
全然年齢が近いじゃないか
作曲一覧には「七色スマイル」しか載っておらず
“バンド活動の後に作曲家として活動“という
情報しかなくて全く想像ができなかった

諦めて冷蔵庫に飲み物を取りに行くと
晩酌の真っ最中の父がいたので聞いてみた

「小川奏多って人どんな人?」

父は首を傾げながら答える
「小川奏多?誰それ?」

出た 人の名前覚えないやつ
CDのジャケットを差し出して続ける
「えっ?七色スマイルの作曲してる人らしいけど」

「あーはいはい。字面で見れば分かるわ
“多く奏でる”で奏多だろ?
でも面と向かって会った事はないんだよ
この現場は作曲者と顔を合わせることが少なくてさ

それにまだかなり若いみたいだな
俺の知り合いが面倒見ててスパルタで教えてるみたい
まだまだだけどガッツがあるって言ってたわ」

若手の作曲家さんだったんだ
確かにベテランはSNSでコメントなんてしないかと
合点がいった

私がなぜその小川奏多という人の事を聞いたのか
疑問にも思ってない父はニヤリとしながら言う

「でもそれくらいの年頃の作曲家は怖いぞ〜
将来への危機感なんか全く持ち合わせていないし
決まらなきゃ一銭にもならないのに
次々と作曲して貪欲に提案してくるモンスターばかりだ
何十曲も作曲して一曲決まるかとかの世界なのにな」

てっきり作曲って依頼があってするものだと思ったけど
その後父から若手はコンペ形式に曲を提案して
決めてもらうということを教えてもらった

最後に父はこう言った
「でも奴らは絶対プロになってやるって真剣なんだよ」

それ以上聞くと父の思い出話が始りそうで
眠いふりをして自室にエスケープした

ダラダラとカバー動画を投稿してたのもなんとなくで
父に見透かされて“空っぽ“と言われた
でも話を聞いているだけで父の言う“若手作曲家“の
貪欲さに心を揺さぶられるものがあった
何か夢中になるエネルギーのようなものを感じた

「出来るかな、私にも、作曲」
無意識に心の声が口に出た

そのエネルギーに触れてみたい
翌日私は勇気を持って小川奏多という若手作曲家へ
コメントを返した

「コメントありがとうございます
唐突で申し訳ないんですけど

私に作曲を教えてくれませんか?」

次回へ続く

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